ストーブ
 雑誌ルームを後にして、更なる戸別訪問を続けていると、ある手書きの看板に行き当たる。
 その看板や施設の工夫からから読み取れる、”無用の長物”と化した『廃墟高層アパート』の、行政による、涙ぐましい再利用の努力・尽力。

 実に興味深く、窺い知ることができた。 
電気メーター
 1階のポスト付近にあるラックは、そのほとんどが中身を取り出された状態だったが、これにはしっかりとメーターが残っていた。

 昔の刑事ドラマなどで、刑事が団地に容疑者を訪ねて行く時、よく玄関ドアの上にある電気メーターの動きで居留守を見極める場面があるが、それに比べたら、北海道電力の見回りの人は、わざわざ戸別に行く必要もなく、ここでざっと記録をすればよかったのだから、当時としては先進的なシステムだったのではないだろうか。



缶
 下の横脇には、へたうまデザイン系のオレンジ・エード。

 マンガっぽい絵柄なので果汁がうんぬん、といった表記の規定がこの頃あったのかは不明。



看板
 横たわる毛筆による手書きの看板。

 羽幌町と羽幌町スキー連盟によるものだが、これだけをみると、炭鉱が閉山となり、炭住として役目を終えたこの高層アパートの周囲のスペースを再利用するべく、町営スキー場の駐車場にでも使用されていた…と推測できる。
 
 現在は果てしなく深い自然で溢れる山の奥のまた奥、違和感ありまくりつつ、ひたすらにひっそりと、なんとも広漠たると佇む、廃墟アパート群。

 そんなところへ、若者のスキーヤー達が初期型のパジェロにでも乗って、押しかけていたというのか。



壁看板
 階段を登り、ここも1階から順に入ってやろうかと意気込んだその時、横の視界より見えたのが、この『築炭スキー場ヒュッテ利用の仕方』の看板。
 ヒュッテとは山小屋などの呼称に使われるが、どうやら、閉山後、この近くにあった『築炭スキー場』の宿泊施設として、このアパートが使用されていたようだ。

 もちろん、その頃の雰囲気は、サイレントヒルに出てきそうな、廃施設然とした”うら寂れた”建物ではなく、まだなんとかギリギリ見られるようなものだったに違いなかっただろう。


 あのお父さんの日曜大工風ベンチやテーブルは、やはり、ヒュッテ用の一式家具だったのかもしれない。



泥
 とりあえず窓は大開放状態で、床は枯れ葉と砂だらけ。



便座
 毛糸の手編みだろうか。オモテナシの部屋は何かが違う、フラワーデザインの便座カバー。



和式
 ヒュッテというからには、もうひとつトイレがあった。

 今までの戸別訪問では初めての和式便器。よく見ると、後付の壁である。床面は取ってつけたような、右の壁同様、簡易的なもの。



麻袋
 どでかい、何かがたんまりと詰まった、麻袋。
 ここ数十年、その押さえ板をどかした者はい無さそうで、例え違法な物品が入っていたとしても、また数十年、もしかしたら数百年、歴史の闇へと葬られることになる。



開いた
 闇どころか、ここいらにいくらでもある石炭だった。



石炭ストーブ
 山小屋としての使用らしく、強力そうな石炭ストーブが備え付けられていた。一般のアパートとしてなら、建築基準法の規制に引っかかりそう。
 周囲に家具を配置出来ないから、物欲を捨てたクリエイター系のおしゃれ部屋みたいな、がらんどうの部屋状態になり、この様はまさに山小屋。



ストーブと窓
 僕の周囲だけかもしれないが、スキーをやっている人を全く見なくなった。
 テレビや映画などのメディアが一体となっての、あの、スキーブームの押上げは一体、なんだったんだろう。

 広告代理店が煽りに煽ったその結果、燃えカスも残っていない状態になったが、当時はネットが無かったから、一般人が簡単に扇動に乗ってしまい、都合よく消費されるブームがいくつも起こってしまった。


 最近は『大人気過ぎて生産調整』や『お姉系タレント大絶賛』に、特に注意をして、冷静に物事を見るようにしている。



ハワイ
 東京より来た観光客が持ち込んだのか、東スポ。

 最近の景品では、ここまで豪勢なのはなさそうだ。



カレンダー
 ここのカレンダーも、羽幌炭鉱が閉山になった年の1970年。



三島由紀夫
 三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊駐屯地で割腹自殺をしたのが、1970年の11月25日。羽幌炭鉱の閉山が、1970年の12月。



明治
 ヒュッテ仕様の仕切り壁には、明治チョコのクラッシックカーとウメ星デンカのステッカー。



靴下
 臭ってきそうな軍手が未だ干したまま。



ザロパン
 ファッションもテクニックのひとつだ。

 BLUE IMPULSEというスキー服の広告。



拓銀
 経営破綻をした拓銀の社員も、このヒュッテを利用したかも。



米
 北海道の人は道外のことを内地と呼ぶが、それにしても内地米とは随分と範囲がデカ過ぎる。これはつまり、質の悪い業務用のブレンド米のことだろう。

 どうやら食事が提供されていたようだ。



ジュース缶
 客の残していった、HI-Cやコーヒーの缶が沢山転がっている。



窓枠
 築炭スキー場を堪能し、ヒュッテがあるからと案内をされた先が、この炭住アパートの一室。

 若者たちは羽幌の山の中で、どのような夢を、愚痴を、夜通し語り合ったのか。



押入れ
 羽幌ヒュッテを後にして、生活臭のある部屋へ。

 ヒュッテではあの石炭が水分を吸っていたのか、この部屋はカビだらけだ。



垂れ
 この垂れ下がりようからして、上の階では注意をしないと、突き破る可能性のあるということだ。



機雷管
 ベランダに大変物騒な物が…

 電気雷管とあるが、どうやら火薬や爆薬などを発破、点火させるものらしい。
 石炭の掘削で使用していたのを、作業員が家に持ち帰っていたのだろうか。



仏具
 仏壇を収める入れ物。

 本体が無くてほっとする。流石に持って行ってくれたようだ。
 一応、この入れ物も一緒にと、紐で縛ったまではよかったが、あまりにも重すぎたため、断念して置いていったのではないか。



ファンタオレンジ
 引越し作業を終えた後のぬるいファンタオレンジは、乾いた喉を潤してくれただろうか。


 部屋の状態は益々悪くなって行く。
 そこには、室内で稲作でもやっていたのかと思うぐらいの部屋まであったりと、その表情は都度変わっていき、刺激を受けまくり飽きさせない。
 が、相応に建物は深刻なダメージを受けているものばかりになり、廃墟アパートの散策には、更なる警戒と注意が必要になってくる。

 腰を骨折し、廃アパートの一室で野垂れ死にになる・・・・・・なんてことにならぬよう、用心して先へと進む    


つづく…

「密林部屋の赤い便座」 廃墟高層アパート戸別訪問、羽幌炭鉱跡.7

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