正面
 なんでも、ここを経営していた家族の息子さんが、人身事故で相手方を死亡させてしまったという。程なくして、お店からは灯りが消え、以降、住居も兼ねていた店内に、家族達の姿が目撃されることはなかったいう話だ。

 『ドライブイン丸豊』の場所は、北海道の岩見沢から国道234号を南下してすぐにある、空知郡の栗沢町。自然崩壊か、やりたい放題の侵入者によるものか、荒んだお店は外周部、店内も同様に、ひどい有様。

 そこでは、散見される数多い残留物の中から、にわかには信じがたかった家族にまつわる話が、やはり事実だったのではないかと窺える、ある”物”を発見する。店主の意外な趣味や、奥様渾身の造形作品なども。丹念に探索検証活動をすることで、『丸豊』闇の歴史に深く切り込んで行き、先住者家族の”実際の所は”という疑問に、何かしら名誉を回復できるような答えを”少し”でも見つけられたらと、思う次第である。



側面
 店前は大型トラックが何台も駐められるような広大な砂利スペース。控えめに端の方へ車をとめ、徒歩で建物の側面へと回り込む。手入れをされていない草は伸び放題だ。



ぬいぐるみ
 草葉の陰ともいうべき場所には、死後硬直しているかのように、仰向けで四肢をピンと張ったままの、クマのぬいぐるみ。肌地は毛布のようで、服はコーデュロイだろうか。家族の所有物だったとしたら、事故を起こした息子以外に、娘の存在があったのか。



倉庫
 ほぼ全てのガラスは割られている。簡易式倉庫は屋根と壁だけを残すのみ。



裏側
 よく見ると建物外装の飾りの太枠部分は、水色で塗られている。ただ、上部分は年月による劣化、色あせにより、下地が表出し煤色へと。



まるとよ
 かつては、空知の闇夜に燦然と妖しい光を放ち、数多くのドライバー達を引き寄せていた、丸豊の電飾看板塔。真紅に映える白色、荒々しい太字毛筆体『丸豊』の円周には、原色黄色の電球が敷き詰められていて、その発光時の艶やかだったに違いないだろう光景は、一家が訳有りで去って行ってしまった現状とは、あまりにも対照的。



外塔
 少し古めの地図なら、『R 丸豊』の文字が確認できる。それなりの結果を出していたドライブインの、悲劇的な結末。虚実か誠か。都市伝説ならぬ、尾ひれはひれが付いた”栗沢町伝説”ともいうべき、人々の噂によって醸造され、見えぬ答えを説明するため、場しのぎ的に繰り出された、傍観者による、無責任な物語か   
 
 廃墟散策者が、今、丸豊ヒストリーの、敷居を跨ぐ・・・



縦カウンター
 案の定の荒れ果てた店内。廃墟化したお店を訪れて都度思うのは、僕は旅行客として、その昔
ここへやって来たことがなかっただろうか    ということ。

 扉を開けると、おそらく丸豊のご主人はカウンター前に立ち、笑顔にて出迎えてくれただろう。「いらっしゃい!おひとり様ですね。座敷もありますよ」お言葉に甘えて、ブーツを脱ぎ、座敷に上がり腰を下ろす。脱いだヘルメットは、横の座布団の上に置く。奥様がお水を運んで来てくれて、例の息子はカウンターの奥で食器洗いを黙々としている・・・・・・

 そんな光景が過去になかったか、薄らいだ記憶となんとか照合してみたが、一度見たら鮮烈な印象を残す『丸豊電飾塔』も同様、全く記憶には残っていないみたいだ。間違いなく、初訪問だろう。

 初入店ということも判明し、早速、丸豊の失われた数十年を検証すべく、店内徘徊を開始する   

 

カウンター
 誰が何のために置いたか、カウンターの上の古タイヤ。



テレビ
 1970年代の家具調テレビ。横の東芝製ヒーターとコーディネートされているのか。不法投棄ではなさそう。



ロッテ
 丸豊のご子息も時々パクって食べたとか食べなかったとか、ロッテのアイス用冷凍庫。



縦テーブル
 長距離ドライバー安息の地、ドライブインのお座敷が、見るも無残な姿に。



割れガラス
 心霊スポットとしてここへ訪れた若者達は、学校や職場で蓄積したストレスを、ぶち撒けるように発散し、ガラスや壁を破壊していくのか。その棍棒を振り回し、奇声をあげながら荒れ狂う姿が、容易に想像できてしまう。

 見慣れた廃墟での光景を確認し、カウンター前を通り、トイレの方へ。



電灯
 トイレのドア前にて、上を見上げる。

 先見の明があった、エコロジーな丸豊ご主人。消費電力が控えめな、蛍光灯電球のパルックボールだろうか。蛍光灯電球には違いなく見えるが、ナショナル製にしては少し作りが粗雑そうにも感じる。

 
 さて、『ドライブイン丸豊』における第一の山場、トイレへと、踏み込んで行く・・・

 
つづく…

「丸豊の玉座」 廃墟、『ドライブイン丸豊』の闇.2

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