ボイラー2
 真実か否か、曰くつきの廃墟ドライブイン、丸豊。店内備品や不法投棄の物品が乱雑に死屍累々とそこら中に転がり散らばる、もう見慣れた廃墟風景。まずは、私的にはルーチンワーク化している、トイレ確認から。



アロマ
 カウンター横奥のトイレ区画の壁にあったのは、リースキン社の『アロマ』。名前からして、香りの出る機械か、脱臭機のようなものだろうか。少し前の北海道などは、大手企業が参入していない分野が沢山あり、このような酷似した名前のメーカーが色々と幅を利かせていた。

 押しに弱そうな丸豊御主人は、強引なセールスに押し切られて、さして必要とも思われない、アロマの機械、それも月額制のリースで、泣く泣くと契約してしまったに違いない。



シンク
 トイレ手前の洗面台は、塵芥がへばり付き堆積し、汚物入れのように。お湯は出なかったようだが、丸豊ファミリーの人々は、真冬など、あかぎれなどの症状は大丈夫だったろうか。ドライバーの人達も、氷水のような水道では、多少の手に付着した程度の飛沫なら、洗わなかったのではないか。

 冬の北海道では、凍結をふせぐため、寝る前に水道の水抜き作業といったものがあったりと、色々と手間がかかったりする。

    さて、扉を開け、覗いてみよう。



和式
 昭和の北海道のトイレなら珍しくもないくみ取り式の和式便器。

 注目したいのが、トイレットペーパーの芯。この頃、極端に細い芯のトイレットペーパーを北海道のトイレでよく見かけたのを憶えている。壁やロールカバーにステッカーが貼ってあり、『通常より×倍多く使える!』といった風なコピーが書かれていた。物理的にはそうなのだろうが、その特殊なサイズの細棒に対応した芯のトイレットペーパーは、スーパーなどで手に入らないだろうから、当然、細棒芯を開発したメーカー経由で、専用ペーパーを入手することになる。いわゆる、プリンターのインク商法ではなかったのだろうか。

 沢山巻かれているからお得と思ってみたものの、専用ペーパーがボッタクリ価格だったのか、やがてこの細穴トイレットペーパーを見る機会は減っていった。

 丸豊トイレにあった芯を見る限り、細棒トイレットペーパーの営業マンには首を縦に振らなかったようなので、アロマ機器をリース契約したからといって、押しに弱いと推測したのは、早計だったかもしれない。



ボイラー
 ここでもまた、廃墟ボイラー”あるある”に、遭遇する。

 廃墟や廃屋で見かける廃ボイラーからは、ほぼ、筒部分が抜き取られている。おそらく、取り外しやすく、鉄くず屋で高値で買い取ってくれるからだろう。侵入者の小遣い稼ぎになっている様子。

 トイレの洗面所では冷水だったかもしれないが、温水が丸豊ファミリー、及び店内設備に提供されていたことを確認し、次はドライブイン丸豊の心臓部、厨房内へと。



器類
 どんぶりや小鉢の底に画かれた、渦のようなものをご覧頂けただろうか。

 『丸豊』の”丸”にかけているに違いない、御主人こだわりの、『ドライブイン丸豊』渦巻き状コーポレイトデザイン。絵柄。器類のデザインにまで厳選に厳選を重ねた御主人。

 そして丸豊の悲劇的な結末   

 奥に見えるは・・・
 


丸いす
  ここにも尋常ではない、丸豊オーナー御主人のこだわりが。配色からすれば、奥の丸椅子が奥様、こちらが御主人のものだろうか。これはもう、”ドライブイン丸豊の玉座”ともいうべき、二つの花柄デザインの丸椅子。お客が途切れた時など、腰を休めるために使用されていたのだろう、厨房内の椅子二つ、夫婦椅子。

 名前が丸ならば、器類も丸。椅子の形もデザインの花も丸   入り口にあった電飾塔を思い出して欲しい。あの象徴的な『丸豊』印の花丸電飾ネオン。

確固たる信念を貫き通し、取り組んでいたドライブイン経営。それを一瞬にして奪っていったという、息子のしでかしたこととは・・・

 高度経済成長で庶民にも車が保有できるようになり、モータリゼーションの波が北海道の片隅まで押し寄せ、そこかしこにドライブインが出現するようになる。丸豊もその一つだったのだろう。食い物屋群雄割拠のようなものがあり、ドライブ地図にまで表記がある『ドライブイン丸豊』は、ある一定程度の成功を収めていたに違いない。

 成功者の証しと言ってもいいのかもしれない、この『丸豊の玉座』に座し、厨房より店を仕切る父親。

 「いつかは息子に譲り、座らせたい・・・・・・」

 ”栗沢町のドライブイン王”のような存在にまで上り詰めた御主人、まさか、突然、不意に   首を切られるようなことになるとは、誰が想像しただろうか。しかも、『丸豊の玉座』を継ぐことが確実だった、実の息子によって   

 丸豊家の興亡史を解くべく、廃墟散策者が痕跡を求めて、更に深みへと、入り込む。



ポンプ
 厨房内の手洗い場もお湯が無い。どきつい色の石鹸液が入っていたことが窺える、これまた丸タンク。丸豊御主人のこだわりには、際限がない。
 


席
 丸豊玉座からの眺め。輝いていたあの日。そして、数十年後。誰が想像しただろうか。



バス
 お風呂を確認。何故かバスタブにも丸豊椅子が。もしかして、座りながらシャワーを浴びるのが習慣だったとか。



化粧室
 洋式トイレもあった。これは、和式便器を外して載せるタイプ。保温便座が完備など、丸豊オーナーのお客様愛を感じさせる。



便座
 割れている便座。心霊スポット目当ての侵入者達によって壊されたのではないのだろうか。日本のトイレ施設は、品質は勿論、使う側も丁寧なので、通常、このような壊れ方はまず無いだろう。

 途上国ならまだしも、ヨーロッパや特にロシアなどの便座は、ことごとく破壊されているか、壊れているだけならまだましで、便座そのものが無かったりするのが殆どだ。ヨーロッパの人に言わせると、他人の座った便座に触れるのは、ありえないらしく、常に腰を浮かした空気椅子状態だと言う。

 僕がバックパッカーとしてヨーロッパやロシアへ行った時は、ロシアなどはほぼ100%便座が無く、空気椅子状態で用を足した。椎名誠のエッセイでも同様のことが書かれていて、仲間の一人がスチロール製の便座を作製して、それを常に持ち歩いていたほどだ。

 それらを考えると、丸豊御主人の愛情あふれる、温もり便座サービスは、お客様第一の哲学が見て取れる、素晴らしい、おもてなしの心ではないだろうか。



1991カレンダー
 1991年のカレンダー。平成3年。湾岸戦争が勃発。スマップがCDデビュー。ソビエト連邦崩壊。ドライブイン丸豊ファミリー、突然の失踪、か?



芳香剤
 機械のアロマに加え、丸ボールタイプの芳香剤も。つくずく、丸と香りに執着心のある人だ。



ガラス窓
 ここから先は、丸豊の意外な副業が判明したり、ご婦人にもスポットライトが当てられる。御主人の性癖や息子の犯行へと至るような趣味の存在だったり、彼の部屋と子供時代のコレクションなど・・・


 『ドライブイン丸豊』の闇はまだまだ、入り口の手前部分にしか到達していないようにも見える   

 
 つづく…

「加速する息子」 廃墟、『ドライブイン丸豊』の闇.3

こんな記事も読まれています