山楽荘 カラー棚
 死亡事故により、閉鎖となったのか、廃業となったのか、とにかく   薬膳旅館であった宿泊施設部分の暗い廊下を、強度を確かめつつ、そろりそろりと、進んで行く。

 中央に横たわるPOPなデザイン、推定70sの棚。



山楽荘 洋風部屋
 長い廊下の左右にある部屋の一つへ入ってみる。集中管理されたエアコンが備え付けで、一見洋風の部屋に見えるが、損壊が酷く、詳細はわからない状態。

 天井などの上方向の状態も悪く、内壁や木枠等が傷み槍のようにぶら下がっているので、工事現場で使用しているヘルメットを着用する。



山楽荘 中庭
 中庭へ行き来する観音開きドアでもあったのだろうか。こんな辺鄙な場所なのに、相当規模のでかかった宿泊施設だったことがうかがえる。

 駐車スペースも大きく、深夜の心霊スポット巡りには好都合の場所のようだが、彼等が荒らしまわった様子も卑猥なワードを散りばめたスプレー書きも無いことから、この崩壊具合は、長期の放置状態による自然災害が主たる原因だろう。



山楽荘 支配人より
 営業最終日、志半ばといえやりきった支配人   万感の意を込め、この看板を静かに床へと置く。去りゆく背中が段々と小さくなって行く   当時は女性歌手の引退の様子を真似たギャグが流行っていたので、もしかしたら、この不自然に配置された看板の理由は、案外、そんなところかもしれない。



山楽荘 グラビア
  雑誌のカラーグラビアのようだが、写真ではなくて絵。休日に旭川辺りへ繰り出そうと、薄給をなんとか貯めこんで、購入をした渾身のお洒落服。休みよはよ来いと、温存した服を時折みながら、悶々とする駆け出し従業員。ファッションの参考にするのは雑誌からだろうが、巻頭グラビアが絵となると、結構前の時代のようである。



山楽荘 和風部屋
  障子にふすまと、こちらは和風部屋。和洋の宿泊施設を擁した、名前は旅館ながら、中規模以上の大型ホテルだった。



山楽荘 窓枠 実は少し前から、男性達の話し声が聞こえてくる。建物の外と内から見回しても、視界には無い。会話内容からして、工事の作業員なのはわかる。時折、エンジン音が響き、その機械で何らかを崩している様子。我が身を隠しつつ、首をぐりぐり見やっても、姿は見えない。声量からして距離感があるから、『山楽荘』の敷地内では無いのは明らか。考えられるのは、背後にある山だろう。

 彼等に今僕がしている行為を咎められる筋合いは無いが、 見つけられて会話が生まれようならなにかと面倒くさいので、発見されぬよう、上部の障害物を避ける意味合いもついでにあることから、これより中腰状態で、廃墟散策を続けることにする。



山楽荘 ソファー
 工事夫達の野太い声がひときわ響き渡る場所。ソファーのある部屋。まるでいかがわしい行為をしているみたいで、人に見つからぬようにこっそりと・・・ 卑屈になり罪悪感さえ感じてくる。



山楽荘 格子床
 旅館のような、ホテルのようでもある、立派だったに違いない長い廊下。
 


山楽荘 三角屋根
 廊下の途切れたところより、改めて特徴的な屋根部分を眺める。『山楽荘』スピリッツを具現化したような、三角屋根。
 


山楽荘 草と廊下
 自然庭園でも取り入れたかのようになっている、まだまだ続く廊下。



山楽荘 習字
 また、部屋の並びがあったので、そのうちの一部屋へ。陽も当たらず真っ暗の中にあったのは、習字の教本。純粋な子供たちが書かされていた<ダム>の文字。<輝く原子力>や<年金余生>といったふうに、もしかしたら、都合の良い国策を、知らず知らずのうちに、洗脳されるかのように、子供の頃から、植え付けられていたのではないだろうかと、思わず我を振り返ってみる。



山楽荘 パイプ棚
 更に移動をすると、宿泊部屋でもなく、調理場でもないような空間、部屋。1990年ぐらいまでの独身男性の賃貸部屋になら、およそ8割方置かれていたに違いない、ビニール製の衣装ケース。どうしてこんなところに、しかも、こんなにまでぐんにゃりと変形をさせられて・・・

 宿泊施設にはそれぞれ備え付けのキャビネットがあるだろうから、住み込みの従業員の物だろうか。


 頭をあげその先を見ると   衣装ケースが変形をした本当の理由が判明する。



山楽荘 先へ
  誰がしつらえたか、死亡事故風呂への、階段となっていた   



つづく…

「デスラダーを回避した本当の理由」 死の浴場、薬膳旅館『山楽荘』.3

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