西新宿 ひろゆきハウス うさぎの間
 2ちゃんねるの管理人だった<ひろゆき>氏の、ダミーである自宅が存在するという情報を得、西新宿を訪れてかから、少しばかりの年月が経った。

 彼のアパートが今にも崩れ落ちそうなボロボロの状態だったのにも驚いたが、もっと衝撃だったのは、その周囲の特殊な環境の方。大都会西新宿に何故か広がる大草原、極めて狭隘な土地に並ぶ廃墟同然の木造家屋・・・

 今回、数年ぶりに、激変したに違いない”あの”<ひろゆきハウス>とその周辺を、再訪してみることにした   



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 前回   ひろゆきハウスに辿り着くべく、まず眼前に見えてきたのは、年月が経ち生い茂った木々と、草原。これが都会のビル街に突如現れるのだから、本当に驚いた。



西新宿 ひろゆきハウス 壁
 森のような茂みは勿論伐採されいる。もっと大型ビルに埋め尽くされていると思いきや、以外と手付かずの部分もある。白壁の間をのぞくと、野原のままだったりした。

 前はこの辺りにラーメン屋の屋台などが何十台も並んでいて、それを写真に撮っていたら、木造の潰れそうな家から出てきた、元締めだか監督者だか知らないが、かなり若いお兄さん(下手をすれば高校生)に、”ギロリ”と睨まれたということがあった。現在はその家の痕跡はこれっぽっちも無く、代わりに新しいスーパーがあった。



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 屋台はこの後方に並んでいた。この頃は都会の取り残された空白地帯で、ねこも自由に闊歩していた。



西新宿 ひろゆきハウス バイク
 ひろゆきハウスの裾野に張り巡らせられた、ラビリンスのような壁。風景が一変しているので、本当に迷いそうになるし、前回との答え合わせが難儀する。



西新宿 ひろゆきハウス 白壁
 デビッド・ボウイとは似ても似つかぬ、ひろゆき氏の温もりを再度求めて、迷路のような壁を辿りつつ、先にあったのは   



西新宿 ひろゆきハウス 淀橋町会
    くたびれた淀橋町会の掲示板。これは前回見逃していた物件。後方のビルは廃墟のような住宅だったし、周囲は草原だったりしたので、気にも留めなかったのも、無理はないだろう。



西新宿 ひろゆきハウス 淀橋町会の間
 特殊な昭和フィールドであった場所が、近代的なオフィスビル街に変貌してしまっているのに、何故か、まるで墓標のように敢えて残されているかのような、掲示板。

 北海道の廃屋や廃墟にはよく行くが、それと切っても切れないのが、<たくぎん>の痕跡。カレンダーだったり、メモ帳だったり、松山千春のポスターと並んで、馴染み深いブランドなのだが、それと、まさか西新宿の近代的なビル群の狭間で、バック・トゥ・ザ・フューチャー2の未来でもある今現在、巡りあうとは、奇跡的でもある。



西新宿 ひろゆきハウス 淀橋町会の後ろ



西新宿 ひろゆきハウス 淀橋町残った家
 古い住宅に残っていた住人達は家を取り壊され、ほとんどが何処かへ行ってしまったが、淀橋町会の掲示板対面に、ぽっかりと残された場所にだけ、新築の家が建っていた。淀橋町会掲示板のある場所はこの人の私有地だから、古過ぎる掲示板が不自然な残され方をしているのかもしれない。

 ただ、道でもない、公園でもない、”奇妙な間”も、背後にそのまま残されていた。



usagi
 ヨドバシカメラの名前の由来でもある、淀橋浄水場跡付近らしいというのは薄々わかっていたが、この”間”はその痕跡でもあったのか。当時から今まで、更地にならず残されているのは、土地の形状が特殊であり、利用価値が無いからだろうか。



西新宿 ひろゆきハウス うさぎの間
 周囲は激変したが、奇妙な間とうさぎは不変だった。



西新宿 ひろゆきハウス うさぎの間
 子供は何時しかいなくなり、伸びゆく摩天楼を見上げ続けていくしかない、うさぎ。



西新宿 アニマル
 ミュウツーみたいなのもあり。



アパート2
 間の行き着いた先は、昭和の寮のような建物だったが、当然今は取り壊されていて   



銭湯
 同様に、近所から風呂無し住宅が消えてしまった梅月湯の運命は・・・



西新宿銭湯
 クリーニング屋さんになっていた。



電柱
 前回、梅月湯からの光景   
 煤けたような古いモルタルの家屋があるが、



西新宿 ひろゆきハウス 電柱
 跡形もなくなっている。



hir5
 肝心のひろゆきハウスの存在は、無くなっているの当然として、あまりの環境の激変で場所の見当もつかず、今更ながら、たかだか数年前に、これがここに存在していたことが、信じられないというのが正直なところ。



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 もう、金輪際現出することのない、ひろゆきハウスの庭園ともいうべき、広大な草原を目に焼き付けて・・・・



おわり…


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