万字小学校 サル
 教室の床に散乱した品々の中にあった、苦悶の表情を浮かべる、おそらく「メガネザル」。

 手足の部分をよく見ると、指が長く、指先に肉趾(にくし)と呼ばれる丸いふくらみがある。本物のメガネザルと同様の特徴が見受けられる。

 突き出ているはずの三角の耳はもげてしまったのだろう。メガネザルの一番の特色でもある大きな眼がやけに小さいのは、剥製の制作過程において眼球は繰り抜いてガラス球を入れるから、製作者の再現性が著しく低かったのか、「田舎の小学校発注の物だから、適当なガラス玉が無かったけど、これでじゅうぶんっしょっ」みたいな、妥協の産物だったのか   

 

万字小学校 冷蔵庫
  独身の一人暮らしぐらいしか使わないようなシングルドアの冷蔵庫。今ではすっかり聞かれなくなったが、昔の小学校では宿直というのがあって、緊急時の連絡係りや警備のために、教師が交代で学校に寝泊まりをしていた。この冷蔵庫は、エアコンも無い時代の真夏の暑い夜に、泊まりの教師が冷えたビールで喉を潤すのに、欠かせない物であったに違いない。



万字小学校 たま
  どの教室や部屋も、もはやなんだったのかわからないほどの乱雑ぶりだが、「はやくよくなってね」の表示からすると、ここは保健室だろう。

 手洗い場にあった「コップをきれいにならべよう」と呼びかけていたコロピカドンも同様、ファンシーグッズ好きの若い女性の保健の先生による、心あたたまる優しい気遣いである。

 朧気な記憶ではこの「うちのタマ知りませんか?」もサンリオだと思っていたら、これは”ソニー・クリエイティブプロダクツ”。そういえば、ソニーのマイナーパソコン「SMC-777」というのがあって、当時としては飛び抜けたグラフィックのキャラクターゲームが発売されていたが、それがこの「うちのタマ知りませんか?」だ。松田聖子をデジタイズ(今で言うキャプチャー)した美麗なCGに「人々のHitBit」のキャッチコピーでCMをガンガンと流していた。店先ではNECのPCなんかを遥かに凌駕したグラフィックのDEMOを流していたから、食いつくようにヨダレもので眺めていた。





万字小学校 壁崩壊
 廊下の更に奥へ。崩落状態の窓と壁部分。獣達がやって来て荒らしたり住み着いたりすると、より一層やっかいなことになる。



万字小学校 戸
 雪降る季節には、吹雪にもさらされる教室。立ち寄りの一介の廃墟探索者の影響力では、どうすることもできず、ただ傍観するのみ。



万字小学校 ソファー
 窓際には、もてなしのソファー。この部屋は応接室か校長室か。あと、とにかく残留物が蒔かれた後、堆積でもしているかのように、ここへ集中してある。



万字小学校 赤
 目を遣ると、紙芝居の赤い靴。個人的に学校で紙芝居を見たという経験はないが、ここは北海道、山の中。雪で閉ざされた環境に於いて、室内行事を増やさざるを得ないという特殊な状況があっただろう。ビデオが普及していない時代なら、道徳の時間やインフルエンザ流行時の体育の時間に、紙芝居を読んで聞かせるということもあったのではないか。



万字小学校 楽団
 ウィーン少年合唱団の紙ジャケット。フィリップス製。気のせいか、前列ほど美少年ぶりが高いような気がする。

 AKB48よろしく、実力があっても太っていたりすると後列の端とかに据えられてしまうらしい。



万字小学校 スライド
 ウィーン少年楽団のジャケット近くにあった、性教育用のカラースライド。僕の小学校ではこのようなスライドを見たことは無いし、性教育の時間も無かった。高学年になった時、男子が教室に残されて女子生徒だけが別室へ行き、生理やもろもろレクチャーを受ける、というのはさすがに経験をしている。もっとも、当時は何をやっていたのか誰も説明してくれず、でもなんとなく雰囲気で感じ取っていたから、しつこく聞くと相当に嫌われるのがわかっていたため、深追いはしなかった。その全容がはっきりと判明をしたのは、10年後ぐらいだった。「あー、あの時、そうだったのか」と。



万字小学校 書類
 「万字の子」に並んで「とくしょっ子」というファイルがある。これは、先程みた赤カーペットの部屋、特殊学級用のファイルでなないだろうか。「とくしゅな子」だと下手をすれば差別用語になりかねないので、語尾を濁らせていると思われる。

 開校記念70周年までのファイルがかろうじて現存しているが、荒れ放題のこの有様に、時折やって来る卒業生も、愕然として呆然となり、思わず自分の名前をファイルより探してしまい、切り取って持って行くのではないだろうか。マイナンバー制度で個人情報の保護が強く叫ばれる昨今、卒業文集や、もしかして住所録までフリーで閲覧可能状態かもしれないという現状に、巣立っていった彼等も複雑な思いだろう



万字小学校 ストーリー
 紙芝居「赤い靴」の気になる続き。



万字小学校 H2
 平成2年3月25日、万字小学校閉校記念   



万字小学校 カップ
 黄金の優勝カップ。そのくすみ具合やリボンの色の退色から、万字小学校初期の頃の栄光の証しだったと思われるが、最後の校長、教職員一同、誰も関心を示さず、置き去りにされた様子。傍らには力尽き絶命をした蠅の亡骸・・・



万字小学校 シューベルト
 オーストリアの偉大な作曲家「フランツ・ペーター・シューベルト」の紙芝居。紙芝居の品揃えがやけに多種豊富だったのは、ある教師の意味ある方針か、それとも業者との単なる癒着だったのか。



万字小学校 鏡
 これをもって、校長先生かこの教室の担任が女性だったというのは早計か。アゼリア化粧品製、縦長の贅肉を削ぎ落とした無駄の無い機能的な形(シェイプ)    男性教師が取り付けた、ネクタイチェック用の壁鏡であったと推察。



万字小学校 図
 全く無縁の、人様の、廃墟小学校を、我が物顔で練り歩き終えた、疲労困憊、廃墟探索者   



万字小学校 体育
 万字の子らが積もる雪の中でも幼き青さのほとばしりを沸騰させていた体育館。現在では僅かながら生気がかすかに漂っているようで、町民が使用している形跡があるやなしや、正確なところは不明。


 この後、数十年前の雪辱だと、万字炭山駅跡へ向かう。

 なんでも屋さんはまだほぼ同じ建物で存在していた。

 営業中のようだ。

 壁面を確認したが、盗られたか外したか、オロナミンCのホーロー看板は無かった。中へ入り大声で店主を呼ぶ。反応は無し。気配も無し。

 折り返しの路線バスが停車中。バスの運転手が傍らにいたので、お店の事を聞いてみる。なんでも、昔からまだお婆さんが一人でやっていて、週末になると街中まで出向いて在庫の買い出しに行っているそうだ。

 バスが出発して更に30分、車の中で待機   

 一向に姿を見せる様子が無い店主。今がお婆さんなら、少年の頃の僕と対峙していれば、おばさんの姿がそこにはあったのだろう。

 次に来る時には、車椅子姿か、もしや孫が迎い入れてくれるのか。否、廃業をして建物自体が存在しないかもしれない。

 逢えないことがまた来る理由になる。


 ひと目も見たことがない幻の老婆に何故か寂寥感を抱きつつ、少年の頃に二の足で駆けた旧万字線跡沿いを、岩見沢方面へと、車で、アクセル気持ち吹かし気味で、走り抜けて行く   



終わり…

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