霞ケ丘団地 屋上
 霞ヶ丘アパートの治安維持組織ともいえる、高齢女性を頭(かしら)とした複数名の中年男性達の存在。その、”霞ヶ丘寝癖見廻組”とでも呼んだらいいのだろうか、彼等からの執拗な追跡をかわし、既に廃業となっている外苑マーケット裏への侵入に成功する。



霞ケ丘団地 外苑マーケット裏
 ダストシューター受け止め口の鉄扉がほんの少し開き気味。昭和40年前後に建設されたいわゆる団地には、大概このダストシューターが備わっているのを、今ままでの廃墟巡りでも数多く確認している。そして、その何れもが、当初より使用されていないのも同様の特徴。これも本来の使われ方ではなく、外苑マーケットの店舗専用のゴミ置き場にでも使用されていたのではないか。

 深い青の波打板に見覚えのあるネームが。



霞ケ丘団地 プラッシー
 いつものんで いつも元気!

 武田薬品のプラッシー。
 缶やペットボトル入りのジュースが普及するまでは、重い瓶入りのプラッシーを米屋の流通経路を使って玄関まで配送してくれた。酒屋や米屋、三河屋、などの配達人と話し込んでセールストークに飲まれてしまう主婦のいる家庭には、よくこのプラッシーが冷蔵庫に並んでいた。



霞ケ丘団地 外苑マーケット階段
 1階が外苑マーケットの店舗部分。薄暗い回廊を伝い階上へと行ってみる。



霞ケ丘団地 外苑マーケット上
 本来なら解体工事が大々的に始まっている頃。こちらの住人は全て退出している様子。この荒れようから、取り壊しが相当前から決まっていたため、メンテナンスはあまり行われていなかったようだ。

 罵声を浴びせられた高齢女性に、「部屋のサッシは取り替えられたのか、新しいですね」とたずねたところ「平成元年にやったきり!」とのこと。


 先日、NHKのにっぽん紀行で、ここ霞ヶ丘アパートの特集をしていた。住人達が長年住んだこの団地を、次々と引っ越していく光景を追っていくドキュメンタリー。あるお婆さんの整理品にあった8ミリビデオには、亡くなった旦那さんのナレーション入りで、代々木周辺の桜並木、花火大会の様子を伝える、夫婦ビデオ日記のような映像が残されいた。映像をみながら昔を懐かしみ涙するお婆さん、やがて彼女も、残りの住人全員も、1月の末には全退去し感動的なフィナーレ、大団円を迎えて、番組もラストシーン。既に引っ越した先から車椅子の老夫婦が会場周辺の工事の様子を見にやって来て、白壁に囲まれて更地になったスタジアム跡をじっと見つめる   

 特集の番組はこのように平和裏に終わったようにみえたが、現実は違っていた。僕が訪れたのは、車椅子の老夫婦が様子を見に来たラストシーンから1週間後ぐらいだろう。

 ちなみに、案内人の高橋克典は、番組冒頭で、工事中のスタジアム周辺をコートの襟を立てながら歩きつつ、二言三言述べた程度の出演だった。



霞ケ丘団地 外苑マーケット踊り場
 この荒みようから、取り壊し優先順位が早そうだなと、余計なことを考えつつ、来た道を戻る。



霞ケ丘団地 住居表示
 霞ヶ丘アパート周辺部を歩く。詳細な住居表示街区案内図。

 アパートの取り壊し理由が、溜まり場となる公園の必要性だということだが、仮にザハ案が通っていたとしたら、あんなトロンレガシーに出てくるような、25世紀みたいな建築物の横あたりに、老人ばかりの住む廃墟じみた団地があったとしたら、世界中から来る観光客はどう思うだろうか    リオデジャネイロのオリンピックでも多くのスラム街が取り壊されたり、改修をされて治安向上に努めていたりしたので、行政の考えることはどの国でも同じなのだろう。



霞ケ丘団地 冷凍庫
 見廻組の巡回に注意をしながら、再び団地敷地内へ。

 冷凍庫が捨ててある。釣り好きのご老人が、引っ越し荷物は最小限にと、これを機に海釣り人生を改めたと推測。



霞ケ丘団地 タクト
 野ざらしの「ホンダ タクト・フルマークカスタム」を発見。あまり酷使をされてヘタっている様子もない。1982年に発売だから、長期放置の逸品だ。



霞ケ丘団地 タクト後
 トリコロールのフランス国旗ステッカーが複数貼ってあるが、オーナーの趣味だろうか。



霞ケ丘団地 ベスパ
 すぐ横にはこれまた野ざらし、ベスパPX125 T5。同様にトリコローレのイタリア国旗ステッカー。1985年発売のスポーツバージョンベスパということなので、同じオーナーによる、同時期の複数所有によるものか。旦那がベスパ、嫁さんがタクトだったのかもしれない。



霞ケ丘団地 給水塔と空
 徒歩で周遊、回り込んで、この角度よりの給水塔。

 先ほどの高齢女性がやって来て、集会場のような建物内へと入って行く。初出の高齢男性を引き連れて。一言、「敷地内ですから!」と言い残す。口調は高圧的ではない。数分前に熱く話し込んだのに人懐っこさは微塵もなく、僕の顔は予想通り覚えられていないようで、初見のような対応だった。カメラは寸前で隠したこともあり穏やかな対応だったのかも。

 集会場の中で作戦会議でも開いているのだろうか。



霞ケ丘団地 タンス
 年代物の桐箪笥か、合板か。方々へ散っていった住人達。この重量感はさすがに置いていくことを選んで正解か。



霞ケ丘団地 取材
 テレビ局が撮影中。撮影許可は取っているのだろうか。場所的には敷地中央部より一番遠い部分。見廻組の巡回が一番手薄の位置でもある。あの高齢女性に見つかったら、怒声と吊し上げで大変なことになる。



霞ケ丘団地 片山
 住人らが残していった、半世紀の蓄積、昭和の蔵書。均整のとれた繊細な結び目。

 その中にあった、住人よりの贈り物ともいうべき一冊   


 以後、起こるであろう高齢女性とのトラブルに対し、去って行った住人が僕に「これ読んでから対応せよ」と、残していったと考えるのは、あまりにも飛躍し過ぎているか。



霞ケ丘団地 五島列島
 九州出身の住人だろうか。東京出身者が帰京して、「東京」と書かれた手提げ袋は買わないだろうから、単なる観光かも。



霞ケ丘団地 和解
 ブックオフでは、文字通り”1円”にもならないからと捨てられていった文庫本の山   

 その中に、見た瞬間に身震いするような一冊が・・・

和解 (新潮文庫)
志賀 直哉
新潮社
1949-12-07


    おまえは撮影をさせてもらっている身分なのだ。高齢女性は都から追い出される間際で、なんとか踏みとどまっている、言うなれば弱き立場でもある人。ここは和解でもして、なんなら、おまえが、うわべだけのNHKとは違う、”真実”のドキュメンタリーでも撮ったらどうなのか。それにはまず和解をせよ。そして、高齢女性の懐へと飛び込んでみろ   
 
 半世紀の重みを知る姿なき住人より、眼前に突き出されたともいうべき、一冊であった。



霞ケ丘団地 建物群
 冷やかし散策ではない。あの高齢女性が戦っているなら、僕も微力ながら強権力と対峙する必要があるのか、ないのか、まるで人事なのだろうか。

 何れにしろ、事の顛末を、僕には、詳細に見届ける必要がありそうで、またの再訪が近いうちに必ずやって来る    その時までには、切れやすいバッテリーのカメラを本体ごと買い換えて、万全の状態でのぞむ覚悟、環境を、作りあげておく必要がありそうだ。


終わり…

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