みゆき-37
 プチセレブ少し未満の人達が集う、閑静で、でも退屈そうな住宅街に、今では気まずそうに佇む、廃墟と化したストアー兼アパートの「みゆき」。

 見回りチェックを行ったところ、裏庭があったので、のぞかせてもらうことに・・・



みゆき-31
 もう、21世紀のネオ東京の時代が、訪れようかとしている時期なのに、いまだにこのような、昭和時代の遺物、残骸がそのまま放置されている現実。横を無音で通過する日産リーフ。そしてみゆき荘。CNNなどをみていると、日本政府による円安誘導の経済政策は既に失敗をしたものとして語られているが、それが本当だとすると、東京オリンピックの頃には、街中に目の前のような朽ちた廃屋があふれまくるのだろうか。

 最近、廃屋を強制撤去できるような条例、空き家対策特別措置法が施行されたが、その真の目的は、庶民が貧困化をして解体費用も捻出できなくて、仕方なく野晒し状態の廃墟を、円が安いからと押し寄せる外国人観光客の目から、とりあえず遠ざけるのが目的なのではないかと、勘ぐってしまう。そこら中にある崩れた家屋を晒し続けるよりは、更地にして公園にでもしとけば、まだ印象は良いとかそんなところではないのか。

 日米経済摩擦が最高潮の頃、アメリカのデトロイトへ行ったことがある。グレイハウンドバスで到着をしたのは夕方だったが、ダウンタウンには人がほとんど歩いていない。ビルというビルが廃墟化の状態。街中で一番高そうな数十階建てのビルなどは、1階から最上階まで、全てのガラスが割られていた。その建物の間隙を縫うようになぜか未来風のモノレールがまた不釣り合い。退廃的な未来を描くSF映画そのものの光景だった。モノレールに乗り込むと、停車をする駅が「ジューイッシュ街」とかだったり、移民のコミュニティーで形成されている街というものが、日本から来た僕にはとても印象的だった。宿泊をしたのは、YMCA。一泊45ドルほどだった。ユースホステルと並び、アメリカではバジェットツーリストには馴染みの宿だが、相部屋のユースと違い、YMCAは個室が基本で、宿泊代も少し高めになっている。ただ、観光目的で宿泊をしていたのは僕たった一人だけで、他は全員、職にあぶれた黒人だった。

 館内に設置されているコインランドリーへいく途中、すれ違う一様にくたびれた黒人ほぼ全員が『オマエ、日本人カ?お金持ってるだろうから、クレヨ』と言って来た。普通、ホームレスは「チェンジ プリーズ」なのだが、エレベーターで一対一になった時でも『金をクレ』と強引な物言いでもあるが、切なそうに嘆願してくるので、怖いようでもあり憐れも感じられ、アメリカ経済の低迷は本当に深刻なんだなと、実体験で思い知らされた。

 全米を旅行した中でも、YMCAに宿泊をしたのはデトロイトのみ。ユースはほぼ観光客が宿泊をするようになっているから、観光地でもないデトロイトには存在し無かったというのもあるが、個人的にYMCAを避ける理由があった。それは、入浴施設がハリウッドの青春映画でよくみるような、仕切りなしのだだ広いタイル敷きシャワールームということ。完全な無防備状態になってしまうのだ。壁に固定式のシャワーが等間隔に並んでいるだけの実に殺風景なシャワールームは、治安の良い日本から来た旅行者には敷居が高すぎる。

 結局、夜の7時に行ったが、体育館みたいな広さのシャワー室には僕たった一人。メンディーみたいのならまだいいが、クリス・ハートさんみたいな屈強な黒人連中に羽交い締めされて後方から掘られでもしたら取り返しの付かないことになってしまうので、恐る恐る手早くシャワーを浴び、後世に残るようなトラウマを作り出してしまうことだけは、なんとか防いだ。財布は部屋の家具裏に隠しておいた。

 その後、アメリカはどん底の経済状態から這い上がり、ITバブルやリーマン・ショックを乗り越え、今に至るのは御存知の通り。

 現在の日本はあの頃のアメリカ、デトロイトと変わらないような空気、状況、光景がある。その一端でもあり、象徴でもある、日本全国に散らばる、遠きバブルの残滓、街中の廃墟・廃屋・・・・・・ 「みゆき荘」   

 時の流れにもし分岐点があったとしたら、日本はあの頃のデトロイトのような状態から更に線は下へとふれてしまうのか。アップルやグーグルを擁する現在の、最善とは言わないまでも、アメリカのように切り替えられるのか。

 失業保険でなんとか食い繋いでいる、途方に暮れていた、当時YMCA内を徘徊していた恐慌デトロイトの黒人達の苦悶の表情を思い出し鑑みながら、日本の行き着く先を切に憂う、廃墟探索者が、手始めに身近な廃墟ストアー『みゆき』の独自検証を敢行。散らばる残骸のピースより、朽ち落ちていかねばならなかった理由を解明し、陰性要因を読み解きつつ反面教師とし、大胆にも未来の東京への提言を声高に、しかし慎ましやかに、発表をさせてもらうことにする   



みゆき-19
 目の前の光景は決して、デトロイト郊外の治安の悪い住宅街にあるグローサリーショップのバックヤードではない。プチセレブがいようかという、21世紀の東京の閑静な住宅街に取り残されてしまった、廃ストアーの裏庭である。



みゆき-21
 枯れ草で覆われた中に古い業務用の冷蔵庫がある。イレクターのような棚に雛人形が鎮座しているのも見逃せない。みゆきファミリーには長女がいたようだ。



みゆき-27
 コンビニにもあるような、店内に設置するタイプ。黎明期の業務用電化製品は外国製が多かったりするので、故障でもしてメンテナンスが受けられなかったか、または法外な修理費用をふっかけられ、それならと放置された可能性があり。



みゆき-22
 長期間太陽光線を浴びたことによる退色、焼け。みゆきストアー全盛期には、この派手なテント幕が店を彩っていた。



みゆき-20
 VHSのテープがあったりと、ごく最近の遺留物は見受けられない。



みゆき-23
 一番新しくてこの地獄少女のDVD。2005年から2009年にかけて放送をされていたアニメだ。

地獄少女 DVD-BOX



 視聴者が女性だとしたら、年代的に3女あたりだろうか。



みゆき-24
 別棟のレトロな公衆トイレを確認。おそらく主に使用していたのはアパートの住人だったと思われる。



みゆき-25
 アスパラガスの缶詰を納めていた木箱のようだ。プロデュースがメキシコとアメリカの両表記になっている。一体どっちなのか。韓国製キムチを輸入したと思ったら、メイドイン・チャイナと記してあって、うれしいんだか残念なのかよくわからない、といったところか。なら直接中国から送ればもっと安くなるだろう、という、日本人からみれば無駄の多い輸入経路。日本経済における流通システムの非効率さを、こんな場末の廃スーパー裏でも再認識する。



みゆき-16
 貼り紙があるなとはわかっていたが、今、じっくりとみてこの意味を確かめてみる。今日びの東京で、時給さえ表記しないアルバイト募集の意味とは    テープや紙質からみるに、貼られたのは最近のことだろう。ここ一ヶ月以上はシャッターが閉じられていたのは間違いない。この並びにはもう1軒店があり、それは八百屋である。その八百屋の存在は、みゆきストアーを撮影するにあたり、この周辺を探索することで、初めてその存在を確認することができた。みゆきストアーの脇の狭い道を入っていった所にあり、ごく近所にでも住んでいない限り、見つけるのは困難なお店。建物の作りはプレハブで、古そうにも見えるが、廃材を使用して急ごしらえで建てたようでもある。或いは、元は倉庫として使用していたような、仮設的な臨時の建物にも見える。つまり、こんな近所で業種かぶりの商売をするというのは、日本の監視村社会に於いては、まず考えられないし、そもそもただでさえ少ないパイを至近距離で奪い合うのは、経営上成り立たないだろう。

 みゆきストアーが廃業をし、その親戚か高齢の息子夫婦かなんかが、志を受け継いで、近所の狭い路地にある土地に、なんとか仮設の、規模は相当縮小はするものの、業種を絞り込みつつ、従来のノウハウを最大限に活かせる八百屋を開いたと、そんなところではないのか。高齢の息子とわざわざ書き足したのは、この推測が本当だとすると、将来的な展望は絶望的であり、いくらなんでも若夫婦や孫にはやらせないはずだからだ。ほぼ人通りの無い八百屋前に貼り紙を出してもパート希望者は来ないだろうから、いくらかでも往来のあるみゆきストアーの閉ざされたシャッターに、望みをかけたのかと。

 みゆきストアーの裏庭が端的に語る、輸入産業の非効率さと不均衡問題。増え続ける債務。低賃金労働に人手不足。問題提起が出来ただけでも良しと満足している自分がここにいる。

 それらを咀嚼しつつも、裏庭を這いずり回り、鬱血をして棒のようになった二の足を、ついに、上へと踏み出し、「みゆき荘」に乗り込むべき、錆びた階段を駆け上がっていく   



つづく…

「嘆きの壁」 廃アパート・廃ストアー 『みゆき』、拘り探索.3