天華園 石垣
 石垣がうずたかく積まれている。その頂きには休憩所のような建物。



天華園
 かつては、あの休憩所あたりから水を放出して、庭園内に水流をつくりだしていたらしい。



天華園 岩
 岩や石は映画のセットによくあるような樹脂などの模型ではなく、本物。



天華園 板
 建物の名前は「与離同座」? 「同座」とは、同席や居合わすのこと。「与」は”関係する”の意味を持つ。言葉としては、寄り合い所のようなことを言っているのか。または、それらの意味合いを持たせつつ、「天華園」オーナーが知恵をふり絞って勝手に作った造語なのだろうか。

 造語だとしたら、それを知識として吸収してしまい、実際の中国で披露してしまったら、とんだ失態を犯すことになる。

 中国を旅行していた頃、餃子が中国国内では”主食扱い”ということを知らなかった。気付きもしなかったし、中国に於ける餃子は、焼き餃子の方がメインではないということも、知る由もなかった。確かに一例として、上海の街中で焼き饅頭は見かけたが、焼き餃子は探してもなかった。

日本の餃子文化は、第二次世界大戦後に、満州からの引揚者によってもたらされアレンジを施された、独自のものなのである。


 日本国内で当然だと思い込んでいた、中国文化のある一つの事象が、実際、現地へ行って、覆された一例   


 中国国内を方々移動しながらも、西へ西へと歩みを進めていた時、パキスタンにOUTというのはもう決めていた。バックパッカーの黄金ルートでもある。

 そして、ある地点で選択肢を迫られる。シルクロードを通ってパキスタンへ行くのか。或いは、当時、バックパッカーの2大聖地のひとつ、「カイラス山」に行き、巡礼をしてからの、パキスタン抜けなのか。ちなみに、あともうひとつの聖地は、旧ザイールでの川下りだった。僕はザイール手前までは行ったが、ちょうど政権の移行期まっただ中で、戒厳令が敷かれていたため、入国を断念した。

 ザイールの手前、中央アフリカ共和国である日本人と知り合ったが、彼は「おまえの代わりに川下りを成功させるよ。国境で賄賂を払ってでも入国をして、キンシャサまでたどり着くんだ!」と、僕に宣言をし、勇ましく、内戦中の旧ザイールへと旅立って行った。

 数カ月後、彼とはエジプトのカイロにある、日本人バックパッカー溜まり場のゲストハウスで再会をした。彼は下手をすれば死んでしまったのではないかと思い、ニュースには注意をしてよく目を通していたのだが、ふてぶてしい無精髭を蓄えて、前より元気にしていた。

 なんでも、本来、閉じているザイールの国境のイミグレで、賄賂をUS50$払い違法に入国。その後、バスを乗り継いてジャングルを移動するも、短い間隔で強盗紛いの兵士が立っていて、入国料名目の賄賂50$を都度要求されたという。数千ドルあった現金USドルがあっという間に尽きて、仕方なく、キンシャサへの川下りをすることもなく、すごすごと引き返したとのこと。

    そんなこともあり、もうひとつの訪れるべき聖地、「カイラス山」を選んだのだが、魅力的なシルクロード・ルートを選択しない大きな理由はまだあって、とにかく、当時のシルクロードは日本人観光客で溢れかえっていた。学生の卒業旅行シーズンに重なったりすると、乗り合いバスなんかは、日本の混雑した通勤バスのような状態になるとか。

 現在だったら、韓国人や中国人にバスを占拠され、日本人が肩身の狭い思いをしているのだろうか。

 シルクロード・ルートが日本人で溢れかえっていた”最大の理由”は、その先にあった。当時流布していた逸話によると、フンザ(峠)が宮﨑駿の「風の谷のナウシカ」のモデルであると言われていた。僕も行く先々でその話を何度もしつこく聞かされていた。

 宮崎アニメは特段好きでもないのだが、宮崎駿とその作品を少しでも批判するようなことを言ってしまうと、バックパッカー仲間はおろか、日本人同士の集まりでも、日本文化を否定するような人間として、白い目で見られることが多い。だからいつも適当に苦笑いをして話に熱心に加わっているフリをすることになる。

 この、フンザ「風の谷のナウシカ」モデル説、ネットで今回調べてみると、僕も読んでいたバックパッカー向けガイドブック「旅行人」ぐらいにしか、記載がないらしい。それも、改訂版では抹消されているとか。

 ある一人の軽はずみなデマから始まり、バックパッカーの間で口から口へと、かっこよく言えばストーリーが紡がれていき、しまいには本にまで纏められて、大勢の夢想家を引き寄せるという結果に   

 大量の日本人観光軍団と、宮崎アニメ聖地巡礼信者・・・

 周囲数千キロ、人里無し。富士山より遥かに高い標高が続く、西チベット高原の奥深く。仏教、ヒンドゥー、ボン教、の聖なる山。山より湧き出る泉はガンジス川へたどり着く   

 僕の答えは当然、聖なる山の方だった。

 カイラス山を巡礼し終えて、パキスタンへ抜けるため、カシュガルを目指すのだが、公共の交通機関が無いため、ヒッチハイクで車を探す。だが、誰もが途方も無い値段を言ってくる。しまいには、仲良くなった、中国公安外事課の人が、彼もウルムチまで出張で行くからと、一緒に車の交渉をしてくれるのだけれど、それでも、日本人の僕がいるということで、公安に対しても、相場より桁外れの値段を言ってくる。

 チベットの最果てまで来てくれている日本人に対して、あまりのボッタクリは大変失礼だと、ブチ切れた公安外事課の彼は、遂には、人民解放軍の兵舎まで出かけて行き、値段の交渉をした。

 その結果、見事、人民元プライスで、カシュガルまでの交通手段を手に入れることができた。

 人民解放軍のカシュガル行き出発まで、カイラス山の麓の町で、一周間以上も更に待たされた。が、そのかいもあり、泣く子も黙るような、大部隊の一行に混じって、道中を進撃するかのごとく、かつ快適に、進んで行けたのだった。

 僕が乗車した車両は「スティアー」と表記がある、スゥエーデン製の近未来風鋭角的なデザインの軍用トラック。乗り心地は最高で、値の張りそうな高級感あふれる車両だし、最初、貧相に彼等は見えたが、人民解放軍侮るべからず、との印象が強く残った。

 途中、地図にも記載が無いような基地に一緒に泊めてくれて、食事もご馳走になった。背後にはすぐ山がそびえているのだが、翌朝起きると、雪化粧されていて、今まで経験もしたことのないような、幻想的な景色を味わう。奇妙なことに、そんな神々しい山間に、中規模程度の街が基地に併設して存在する。映画館まであった。人通りはほとんどなく、中国の複雑な軍事事情を垣間見る貴重な経験をしたのだった。

 兵舎での食事がこれまた豪勢。ありったけのレトルトや缶詰で調理されていて、昆布やらしらたき、白身魚の鍋、ふかふか万頭、ソーセージ、その他。これがチベットの山の中?というような、具だくさんの食事には驚くばかり。一時、日本でミリメシブームのようなものがあり、各国の軍隊食画像をみたが、そのどれよりも、僕が食べた人民解放軍メシが飛び抜けて豪華だったと思う。

 聞けば、人民解放軍の人達は、僕が公安外事課の人と英語で会話をしているため、インターポールの職員かなんかだと途中まで勘違いしていたらしく、外事課の彼の護衛任務を遂行中だと思っていたらしい。

 しがないバックパッカーですよ、と説明をし、別れを惜しみつつ、人民解放軍の車両列を、公安の彼と見送った。

 そこからの、カシュガルまでの移動がかなりハード。特に食事。ミリメシがこれまで中国国内で食べてきたどんな食事より豪華だったため、中国の西の僻地での食堂で出される侘びしい食事が見劣りし過ぎて食が進まないのだ。

 縋ったのが、餃子だった。メニューには必ず餃子があった。皮がパリッとして甘い肉汁あふれる餃子があれば、あとはなんでもいいから、と注文をする。すると、出されるのは、決まって水餃子。次の店こそは焼き餃子だろうと、注文をすると、また、熱々スープに餃子がゴロリの水餃子。

 どの店にも、メニューには「餃子」としか表記がない。一縷の望みをかけて、再三注文し続けてみるが、やはり、水餃子以外は出てくることがなかった。

 おまけに、移動するにつれて新疆地方に入り、周囲は中国人とは名ばかりの、風貌がアラブ系の人達ばかりになり、頼みの餃子さえ、段々と見かけなくなっていった。

    そう、僕が、中国では「餃子」と言えば、日本で言う「水餃子」のことだと、知識として正しく認識をしたのは、それから数年後のことだった。

 ちなみに、新疆ウイグル自治区に入り最初の食堂で、外事課の彼のソニー製の短波ラジオと交換をした、僕が持っていたGショックを腕にしてご機嫌な彼が、『この辺ではまず見かけないような時計をしているな』と、若者にヒソヒソ陰口を囁やかれて、絡まれているような気まずい雰囲気になった。

 そこで外事課の彼が、着ていたコートの前部分を少しハラリと捲り、制服を見切れさせると、良からぬ考えを実行でもしようかと思っていたかもしれない若者達は、早足で退散して行った。



天華園 眺望
 渓谷とまではいかなくとも、園内には石垣で組まれた中に川が流れ、高みより水流がほとばしる。その光景を見下ろす「与離同座」こと、高台にある休憩所がこれ。



天華園 与離同座
 目前にまで迫っている、五重塔。



天華園 説明
 僕が中国で無駄にいくつもの水餃子を食べるハメになったように、このような説明をそのまま鵜呑みにしてしまうのは、危険である。



天華園 雲
 リアル中国行脚を経つつ、この地へと至ることになった、旅の自在な多様性に於ける達観の境地に浸る、廃墟探索者。

 五重塔の前には大きな鐘がある。僕以外に人が存在しないこの北の地の、登別の山の中で、ド派手に、打ち鳴らしてやろうかと、乱打、乱れ打ちはどうだろうかと、思いついた   



つづく…

「上海DLとの温度差」 廃墟中華テーマパーク『天華園』、そぞろ歩き.7 

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