北朝鮮観光 ホテルからの眺め
 同じコンパートメント内のニ人の北朝鮮ビジネスマン達は、僕に向かって別れの挨拶を済ませると、足早に薄暗い平壤駅構内の中に消えて行った。

 視界も効かないような暗がりの平壤駅のホーム上で、置き去りにでもされたかのようになる。

 いい歳になった大人が、これほどの孤独感を味あわされる経験は、この国、この場所、この状況ぐらいしか他にないのではないかと、ふと思う。

 改札口はどの方向なのか、そもそも改札口というものが存在するのか、まさに暗中模索で、暗闇にひしめく人民の群れを掻き分けながら、ホーム上を数歩、取り敢えず歩いた。その時、ほぼ完璧な発声の日本語で呼びかけられる。

「観光ツアーに参加の方ですか?」

 二重奏というか、多少のズレはあったが二人の男性からだった。

 今回の僕の通訳兼ガイドだと彼らから説明を受ける。頭皮が薄目の60歳ぐらいの中高年の方(かた)と、もう一人は30歳前半の若い、でもえらく高級そうな、やけに太めのマフラーをしている気品さえ漂って来そうな人との組み合わせ。

「車が待ってますから」と二人に言われ、『写真を撮りたい』と言うこともはばかれる急かされるような雰囲気の中で、改札口を出て、一気に駅前まで連れて行かれる。

 僕を待ち構えていたのは、更にもう一人の専属の運転手と、車は新車の煌めきさえある、黒塗りの高級車アウディのセダンだった。

 後部座席のドアを「どうぞ」と中高年のガイドの方が開けてくれて、今まで日本でも経験したことのないような丁重な扱いで車に乗り込む。いつもはバックパックを背負っての旅行ばかりだが、今回の北朝鮮旅行は間違いなく、VIP扱いでの特別待遇ということになるみたいだ。

 ガイドの説明によると、今回の僕のケースのようにツアー参加者がたった一人の場合でも、あるいは三百人いようが、この体制は変わらないとのこと。人が多ければ、観光バスは何台にもなるようだが、通訳兼ガイドは、規定通り二人のままだという。

 頑なに団体ツアー旅行を拒んできた僕だが、厳冬期を選んだということ、また、時の政治情勢も加わり、見事、擬似的ながらも、「北朝鮮ひとり旅行」を実現させてしまったのだ。


 列車を降りた瞬間から凄まじい寒さだった。平壤駅は吹きさらしで暖房施設など見当たらない。真冬の札幌より寒いとは聞いていたが、まさにその通りだった。

 厳しい電力需給の中でも、消え入りそうだが、夜の街には薄暗くも灯りがあった。

 ある大型マンションの横を車が通る。マンションといっても、よく見るとコンクリートは汚れが目立つし、欠けていたりひび割れがある。かなり老朽化しているのだ。

 夜だとはいえ就寝まではかなりまだ時間がありそうなのに、マンションの窓から漏れる明かりは、数えるばかり。真冬なのでどの窓も閉じられているが、一体、どんな人が住んでいるのだろうかと、影でもいいから観察してやろうと、明かりがともるある一つの窓を凝視してみる。

 照明の光源がやけに弱いなとは感じていたが、それもそのはず、影絵のように映し出されているシルエットからすると、それはどうやら、天井からぶら下げられた、裸電球に違いなかった。それも、控えめの40ワット弱。勤勉な子供なら将来の視力が心配になるような暗さ。蛍光灯のように眩い白色光線はどこにも見つけられなかった。

 辛うじて電灯がともっているどこの家庭も、しかも大型マンションであるのに、裸電球暮らしというのが、この国に於いて特別な暮らしをしている人達の、実情であるようだった。

 
 車で連れていかれたのは「羊角島国際ホテル」。街中ではなくて、隔離でもされているような、川の中洲に建てられている、でもこの国屈指の高級ホテルだ。

 明日の朝、同じ車、同じメンバーで迎えに来るとガイドから説明を受ける。

「早朝、お散歩とかジョギングはしますか?」と、中高年ガイドの方の人がたずねてきた。するなら付き合いますからというのだ。

 平壤市内の通勤風景に興味はあるから、行こうとも思ったが、川の中洲から街までは相当の距離がある。しかも、凍えそうになる寒さで、吹き付ける風も半端ではなく、お散歩やジョギングどころではないだろう。色々考えて、丁重にお断りした。

 中にはガイドの目を盗んで、ホテルを一人抜け出して、朝の平壤市内を勝手にうろつくような人が、今までいたのではないだろうか。それを牽制するように、「行くなら俺と一緒だぞ」と、釘を刺したのかもしれない。


 部屋は高層階の、日本のビジネスホテルよりは数段高級感のある部屋。北朝鮮だからといって特に際立っておかしいようなところは無い。

 事前に聞いていたように、テレビではNHKのBSがやっていた。その他、日本のニュース映像でもお馴染みの「朝鮮中央テレビ」も。意外なことに、地上波か衛星かは不明だが、数十もの多くのチャンネル数があった。でも放送をしているのは朝鮮時代劇のようなものばかり。語感からして中国語ではないのは確実だが、韓国のものかどうかまではわからない。



北朝鮮 川
 翌朝の部屋から出た廊下の窓からの光景。

 ふと、特定失踪者はこの視界のどこかにいるのだろうか、という思いが頭をよぎる   
 
 つい先日、特定失踪者と認定されていたはずの人が、国内で普通に働いていたというニュースがあったばかり。

 こっちを見て誰か手を振って助けを求めていやしないかと、無駄だと思いつつも周囲を見回してみた・・・



北朝鮮観光 朝食
 凍え死にそうになる寒さの中、手を振る人はおろか、人影さえ確認できず・・・

 もやもやしつつ、ホテルのレストランへ。

 テーブルには、焼きたてパン、スクランブルエッグ、ハッシュドポテト、牛肉の煮込み、ナムル、なぜかお粥が2杯。コーヒーやオレンジジュースもあった。

 日本での朝食はトースト2枚とコーヒーで済ます僕だが、北朝鮮ではそれを遥かに凌駕する内容のメニューを食すという矛盾に、朝から深く考えさせられることになる。

 つい先日、お笑い芸人のカンニング竹山が、唐突にツイッター上にて、憑き物が取れたような晴れやかな顔をしながら、こう呟きだしたという    「本日、プライベートで東京電力福島第一原子力発電所に 視察 に入りました。 防御服はもう必要ありませんでした。 建屋付近まで行きましたが線量は0.01。 3時間で歯のレントゲンぐらい。 労働環境が良すぎて驚いた。 女性も沢山います! 知らな過ぎた!」

 竹山といえば、ベッキーの不倫騒動により、CMの違約金等で壊滅的ダメージを受けたといわれている、老舗芸能事務所「サンミュージック」の所属である。なんでも、彼は序列的には事務所ナンバー2だとか。

 ベッキーが冷却期間を置かないで、不倫相手の前妻に対して嘘をついたまま復活茶番劇を演じ、お茶の間の視聴者、特に女性からの激しい憎悪、バッシングを受けるハメになったことは、記憶に新しいところである。

 口の悪いネットの人達からは、「女舛添」なるあだ名もつけられたりして、いくら「禊」を済ませたような演出をテレビでやっても、その場しのぎの疑惑に満ちた言い訳をただ繰り返すばかりでは、スポンサーへの直伝クレームが止むことはないだろう。

 借金を背負ったベッキーと事務所のためなのか、ナンバー2が前述のような発言をして、物議をかもしたのは、周知の通りだ。

『東電の広告塔にでもなったのか、竹山』

『人間だったら即死、ロボットも壊れるような所があるのだが、そこも竹山だったら、防御服が無くても平気なのか?』 

『0.01とか、単位をつけないあたり、ミスリードを誘ってるな』

『歯のレントゲン・・・ マルチ商法の説明会ではよく「一日コーヒー1杯だけ」という安価であるかのような印象操作による説明がある。一ヶ月、一年、十年、と加算されていくことを肝に銘じるべきだ』

『ツイッターで流布してそれが記事になること込みだから、劣悪な環境の部分は見せるわけないよ』 

『女性が燃料棒を取り出してんのかよ!』

『視察って、これはあくまで金銭の絡む企業CMだから、見学とは言わない、せめてもの倫理観の防波堤、「良心」とでも言いたげだな、竹山は!』

 たちまちこのような反論が続出したのも無理も無い。

 平壤の高級ホテルでの朝食がいくら豪華だからといって、「日本人は北朝鮮を誤解している。「人民が貧しい生活をしている」というのは日本のマスコミのデマでした。 チェチェ思想塔や人民公会堂まで行ってそこで生の声を聞きましたが、人民の幸福度はその場の自己統計でおよそ87。1位のコロンビアを凌いでいます。 労働環境が良すぎて驚いた。 女性も沢山働いてます! 知らなさ過ぎた!」と僕が発言をしたら、『コイツ、洗脳されて帰ってきたな』 『北朝鮮観光局から金貰って旅行してブログ書いてるぞ!』と、思われても、仕方がないだろう。

 己で大枚をはたいて、利益供与などの関係もなく、自分の目で足で聞いて見て素直に感じたからこそ、表面的な一端でしかないものの、批判的な部分や時には誤解されて歪曲されている箇所を訂正するなどして、書き綴ることができるというものだ。

 極めてセンシティブな情勢の国や場所へ行く機会が殊に多い僕は、彼のことを反面教師として学び、迷い苦悶しながらも正しい方向へ常に軌道修正していく必要がある。

 
 豪華な朝食をとりながらも、北朝鮮の現実をしっかりと見据えながら、今日の訪問の地、あのお方の生家だという場所へ赴くため、ガイドと待ち合わせている、ホテルのロビーにむかう。
 

 
つづく…

「北朝鮮ガイドの結婚画策」 バックパッカーは一人北朝鮮を目指す.7 

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