北朝鮮観光 ホテルのロビー
 朝食を終え、通訳兼ガイドの二人と待ち合わせているホテルのロビーに行く。

 そのロビーだが、まずなんとも寒すぎる。朝食を食べたレストランでさえ上着着用でないと肌寒いほどだったが、ここのロビーは外気温とさして違わないのではないかと思えるぐらいの、床より染み出し立ち込める尋常ではない冷気に身震いする。

 そして、薄暗い。パンフレットの文字も見えないぐらい。

 天井を見上げればシャンデリアなどもあるが、その多くが消されている。

 夜の平壤駅からアウディに乗って街中を通行していた時に見かけた、旧ソ連時代に作られたSF映画に出てくるような、大胆な鋭角を取り入れた先進的なデザインであるものの、使い勝手は悪そうで、居住するには明らかに無駄の多いレトロモダンなマンションは、数少ないうちの明かりを灯す窓のどれもが、そのシルエットからして、裸電球の弱々しい光だった。



北朝鮮観光 暗いロビー
 北朝鮮を代表するような高級ホテルも事情は同じだったのだ。

 だが、それは次の瞬間に一変する。

 会社名が表記された揃いのベースボールキャップを被った、中国人の団体がロビーに集まり出した瞬間、スモッグで覆われた北京の空のように暗かったロビーが、清らかに浄化されたかのごとく、晴れ渡った。

 ホテル側が、最大限の礼を尽くして、中国人旅行者達のためだけに、持てる明かりの全てを用いて、まるでスポットライトを浴びせるように、惜しむことなく照らしつけたのだ。

 たった一人の日本人旅行者より、大口の旅行者達へ媚びてしまうのは、仕方のないことだ。昨今では、北朝鮮のみならず、アジア各国、いや、全世界の観光地でもこんな風なのだろう。

 まもなくして、通訳兼ガイドの二人が来た。

 昨夜の暗い中で見かけた感じでは、年配の方は60歳前半ぐらいかなと思われた。頭髪の薄目なそのガイドは、明るいシャンデリアの下で改めて拝見すると、そこまで年は食ってなさそうだ。それでも、50半ばくらいか。

 着物の帯ほどもある太めのマフラーを巻いたもう一人のガイドも、よく見ると昨日の印象よりは若いようだ。30歳を超えているかいないくらい。20歳後半だろうか。

 実際に年齢をたずねたら、ほぼ予想通りだった。

 二人に促されてホテルを出ると、目の前に黒塗りのアウディが駐車していた。磨かれてピカピカ。運転手が帽子を取って僕に挨拶をする。昨夜の人と同じ人である。間違いなく、最後の日まで、合計3人もの人達が、僕だけのために尽くしてくれるらしい。

 数メートル離れたホテルの駐車場には、10台ぐらいの観光バスが待機をしていた。窓から中国人観光客達が羨ましそうに僕を見ていて、『あの日本人が特権待遇を受けている』と勘違いでもしているようだった。

 アウディの前に立つと、年長のガイドの方が身を翻して僕とドアの間に半身を滑りこませて、後部座席のドアを丁重に開けてくれた。以降、ずっとこれで、僕が車のドアを自分自身で開けることは最後までなかった。乗車、下車、両方ともに。

 貧乏個人旅行が染み付いている体なので 『申し訳ないし、インドなどで数円ボラれると一日中落ち込むぐらい器が小さい男なのに、身分不相応だろう』 という感情が以降、常につきまとうことになる。



北朝鮮観光 石碑
 連れて行かれたのは「万景台」。今の北朝鮮最高指導者、留学経験がありデニス・ロッドマンとも仲が良い「金正恩」、の父で小泉元総理が訪朝時に握手もした、故「金正日」、の父、故「金日成」の生家である。 



北朝鮮観光 生家
 もちろんレプリカのようだが、ここの施設専属の若くて綺麗な女性ガイドが、聞きやすい日本語で説明をしてくれた。

 日本語で女性ガイドに問いかけたら、日本語の説明文だけを丸暗記しているらしく、会話は一切できない様子。



北朝鮮観光 壺
 故・金日成氏の母親の逸話付きの壺。



北朝鮮観光 建物
 列車内で知り合った北朝鮮ビジネスマンの二人や僕の専属ガイド二人もそうだが、下ネタも言うし、お金や家族の話もしたりして、雑談レベルでは日本人とそう変わらない印象を受ける。頭に思想を無理矢理に植え付けられた洗脳状態から、国に対する忠誠心をとりとめもなく喋り出す、そんな会話を、この国に来るまでは予想していた。実際は韓国の芸能に興味があることを隠さないし、今度北朝鮮観光に来る時には、日本の旅行代理店なんか通さずに、「私に直接FAXを送って手続きをすれば安くなる」なんて、ぶっちゃけたアドバイスもしてくれた。

 しかし、国の指導者である、金親子の話になると、それは一変する。

 会話に彼等親子の名前が出ると、流暢な日本語の尊敬語を駆使して、その偉大さを滔々と説明し始める。もう、止まらないといった感じで、こちらが引いてしまうほど。一分前までカジノの話をしていたと思ったら、金日成氏の話になると、それこそ僕が日本でよくみた北朝鮮の人のインタビュー映像みたいに、取り憑かれたようにして、虚空を見据えたまま、喋り続ける。

 それはここ「万景台」専属女性ガイドも同様で、建物や壺にまつわる話までは普通だったのに、こと、故・金日成主席や故・金正日総書記の説明に及ぶと、狂気さえ感じる、諸手を挙げての崇拝、賛美、絶賛を、これでもかと、し始めた。

 が、一通りの説明が終わり、移動をしたり施設見学の時間になると、ガイドの彼女は、目つきも穏やかになり、僕のガイド達と、他愛もない会話を楽しんでいるようだった

 金親子の話で突如一変する薄気味悪さは、北朝鮮ビジネスマン、日本語通訳兼ガイド、万景台の女性ガイド、何れも共通していた。穿った見方をすると、むしろ、割りきってやっているようにも思えた。

 僕が潰れた壺を”さして”興味も無さそうに観察をしていると、背後で高齢の方のガイドと女性ガイドが、何やら僕を話題にして、ヒソヒソと話をしているような雰囲気だった。高齢男性ガイドが肘で女性ガイドを僕の方へ突き出すような仕草をした。僕は気づかないフリをしてそれを横目でしっかりとみていた。

 言わんとしていることは、大体想像できた。高齢男性ガイドは女性ガイドに「あの日本人、結婚してないから、おまえどうよ?」と余計な結婚話を勧めていたのである。半分は冗談かもしれない。男性ガイドの肘で押し出された直後に女性ガイドは『とんでもない!』と困惑しているような顔をした。

 万景台へ来るアウディの車中で、ガイド二人から「あなたは結婚しているのか?」という質問を僕は受けていたのだ。

 未婚だと告げると、彼等は一様に驚いて、というより、目をひん剥いて驚愕した様子だった。

「ありえない、信じられない」 を連呼していた。北朝鮮では、30歳を過ぎて未婚は有り得ないのだという。

「本当に結婚していないんですか?職業はなんですか?」

 とまで聞かれた。

 あまりにも二人して僕が未婚であることに驚いているので、「30歳過ぎで結婚していないことは、女性でも珍しくないし、日本だけではなくて、世界的にみてもそう変わったことではないですよ」と説明しても、二人で顔を合わせて”興奮冷めやらず”といった具合で、衝撃の余韻がまだ消えないでいるようだった。

 太いマフラーを巻いて常に気品を漂わせている若い方のガイドは興奮気味に、僕の未婚ばなしを、ドライバーに告げ口していた。

 そこで僕は反撃ではないが、彼等に、「あなた方の結婚は恋愛結婚ですか?お見合いですか?」とたずねてみた。

 すると、二人とも見合い結婚だと、当然であるかのように答えた。彼等の表情から察すると、北朝鮮ではお見合い結婚が当たり前であるらしい。半ば僕もそれを予想していたが。

 何回目のお見合いで結婚をしたのか彼等に聞いくと、衝撃の度合いを超えた俄に信じられない答えが帰ってきた。
 
 20歳後半の若いガイドが「34回」、高齢の方のガイドが「132回」、だったのだ。

「132回って、全員違う人ですか? 34回でも多いけど、北朝鮮の人はそんなにお見合いをするものなんですが?」と、今度は僕が目をひん剥いて、興奮気味に聞いた。

「結婚は一生に一回ですから。自分に合っている人に巡りあうまでは何回もするものです」

 34回というのは普通だし、132回でも北朝鮮のお見合い事情では決して驚くような数ではないとのことだった。

 日本やアメリカでも恋愛結婚の方が多いし、お見合いの回数が30や130というのは、世界的にも北朝鮮特有だと思いますよ、と話したら、50歳半ばの高齢ガイドの方が、勝ち誇った余裕のあるかのような態度で、『おまえの未婚の方がみっともない』とでも言いたげな、にやにやとした今までで初めて見せる含みのありそうな薄笑みを浮かべた。



北朝鮮観光 お土産
 ガイドいわく、喫茶室。お土産品などが並べられていた。
 
 30過ぎて未婚であることに相当な驚きを与え、警戒心を呼び起こしてしまったのか、これ以降、ずっと、職業をしつこく聞かれるようになった。「テレビ局の人ではないですよね?」とか、「記者の経験はありますか?」など。

 北朝鮮の人からすると、30過ぎで未婚は有り得ないから、きっと大嘘でもついていて、観光客と偽り取材活動でもしているのではと、怪しまれたのだ。

 あと、タイへ行ったことがあるかと、何度も執拗に聞かれる。なんでタイなのはよくわからなかったが、聞かれる度に答えを曖昧にしていたものの、あまりにもしつこいので、とうとう「バックパッカーなら誰でも行きますよ」と白状した。

 『待ってました、やっぱりな』 気持、上からの態度になった高齢ガイドが言い放つ。

「ホテルの地下のカジノでは、絶対、女の人を買わないで下さい」と、強い調子で厳命されたのだ。

 二人のガイドの話ぶりからすると、北朝鮮はエイズに関してかなりの危機感を持っているようだった。絶対に封じ込めるために、まず旅行者との何気ない会話からタイへの旅行履歴を聞き、もし行ったことがあるようなら、国内女性との性交渉は絶対させないと、徹底させているような、上からの強い要請のようなものを、彼等から感じ取った。

 その気は無い(女性を買う)ことを伝えだが、驚いたのは、そのような行為が、北朝鮮で堂々と行われているということだった。そのことをたずねると、

「自由恋愛という形を取っていますから。お客様の交渉しだいですよ」

 なんでも、前に来た日本で医師をやっているといっていた旅行者は、3人同時にカジノから女性を持ち帰り、しかも酔っ払って大騒ぎをして問題になったことがあるらしい。ガイド二人は、国家主席の話になると硬直して、心ここにあらずといった感じで、操られているかのように喋るのに、下ネタは実におおらかに、そこまで言っていいの?とこちらが心配になるくらいに、堂々と話してくれる。国家のイメージ的にそこら辺はタブーなような気がするが、どうもその境界線が、日本人からするとかなりずれているように感じる。

 
 早朝の木枯らし吹く極寒の中、震えながら万景台の見学を終え、また黒塗りの僕の専用車、アウディに乗り込む。

 思えば、真冬の北朝鮮、暖かくて体が休まるのは、アウディの中と、ホテルの部屋の中のみだけだった。

 北朝鮮の一般人民は暖房で温まることが一日の中であるのだろうかと、素朴な疑問が頭の隅によぎるが、ホカホカアウディは、無情にも、それらを横目にして、次の見学地へと、走り出して行く   

 

つづく…

「映画論議で牙をむく北朝鮮ガイド」 バックパッカーは一人北朝鮮を目指す.8 

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