エリア8ビル ダクト
 エリアエイトカフェよりた繰り寄せられ、不自然な位置にくねらせるようにして配置されているダクト。

 鉄扉は1階の住人用だったと思われるが、毎朝、毎晩、とぐろを巻いたような巨大なダクトを頭上に拝まされて、憂鬱な気分にはならなかったのだろうか。

 このように、住人へのいたわりなど”これっぽち”もないようだから、空き室が多くなり、廃墟マンションへと転落の途をたどって行ったのも、頷ける結果である。

 物置の裏スペースにあるのは・・・



エリア8ビル ポスト
カラフルな色のテープで口を塞がれた郵便ポストだった。

 物置との間はほんの僅か。人ひとりが横に平行移動するのがやっと。長身の人で下段のポストを使用する場合に、腰を曲げて手紙などを取り出そうとすると、確実に額が上段ポストの底表面部分にぶつかり引っ掛かってしまう。それ以上の屈み込みは不可能だ。

 なので、その場で股を開脚しつつ、腰を真下へ落としてしゃがみ込むしか、高身長者による下段ポストへのアプローチ方法は無い。それをピッチピチの背広を着込んだサラリーマンの人が行うと、高確率で、スラックスの腿部分や上着の背中部分が裂ける可能性がある。

 隣接する親御さんのゴミ屋敷放置といい、極めて人に優しくない公共の設備といい、全体的な管理体制の甘さはどうにも否めず、無計画なダクトの設置も含め、なるべくしてなった「廃墟マンション」は、オーナーの自業自得によるものとしか言いようが無い。

 加えて、テナントであるカフェの、予想外の失速。

 大繁盛をして多額の利益をもたらしてくれていた店子、先代の「カフェ杏奴」はまだ良かったが、マンション・オーナーへ致命的なダメージを与えてしまったのが、ハイサイのリズムが抜けきらなかったのか、経営見通しが甘すぎた、はちへるつ工房の社長兼”エリア8カフェ”のオーナーでもある、口元に琉球ロマンを常に蓄えている、あの男。



エリア8ビル 周囲
 晩年は、窓際の花に水ばかりをやるようになってしまっていた、杏奴(アンヌ)ママが去り、大人気だった「カフェ杏奴(アンヌ)」の資産を受け継ぎ、言わば、他人の褌で相撲を取るような形で、「エリア8カフェ」をオープンさせたものの、僅か2年で撤退してしまった「はちへるつ工房」社長の忸怩たる思い。

 「はちへるつ」社長が言うには『杏奴ママもお客様も大事にしていた「2種類のカレー」及び「コーヒー杏奴ブレンド」だけはエリアエイトカフェに引き継がせていただきました』とのことだが、このケースで成功をした例を見たことがない。

 近所の喫茶店へ通う理由。それは食事や飲み物の味などではない。店主が創りだす居心地の良い空間を求めて人は集うのだ。


 巨大遮蔽板と絶壁と住居棟に囲まれた裏庭からのぞく、あの空に  ”杏奴ママ”の、儚げで消え入りそうな笑顔と、はちへる社長の苦悶の表情が  AR(拡張現実)のように、まるで、ポケモン GOの中のモンスターのように、浮かび出たような気がした。

 この「エリア8マンション」を足を棒のようにしてまで、丹念に探索活動を行った結果、すっかり二人に感情移入してしまった。無残な廃品の山と災いの歴史を足元に見て、ここから去って行った、このような結果となってしまった原因の大部分を占めるだろうあの二人は、今、どこにいる。この現状をどうしてくれる。なんなら、二人が戻ってきて、僕と三人で何か共同で活動でも出来ることはないのかと   さえ。



エリア8ビル 階段
 あの二人に、近づいてみよう、そう、思った。
 


エリア8ビル 203
 老朽化したその鉄の扉は、高度経済成長期に建てられた団地などでもよく見かけるものだ。

 慎重に耳を澄ませ中の部屋の様子をうかがいつつ、ノブをゆっくり回す。

 見事に施錠されている。

 一連の写真を見て、どうせ廃墟のマンションだから誰もいねえだろうと、思われている方がいるかもしれない。

 ところが、以前訪れた”都会の森に埋もれた廃アパート”では、その場では何もなく穏便に探索活動を終えたものの、コメント欄より衝撃的な情報が寄せられてしまったのだ。

「近所に住む者ですが、あの記事のアパート、一階にひとりだけ住んでいるようですよ」と。

 アパート前にはパンクをしたハイエース・ワゴンが乗り捨てられていた。車内はカップ麺などのゴミだらけ。不倫スキャンダルで世間を騒がせた、あの、ファンキーモンキーベイビーズの名前が刺繍されたスタジャンが捻れた状態で放置されているなど、廃墟具合で言えばあのアパートの方が酷い。階段の踊り場には、どう見てもホームレスの宴会跡があったぐらいなのに。

 よって、ここも油断はできない。細心の注意を払って行動をする。



エリア8ビル 下を望む
 更に上層階へと。

 目隠し板はこちらにも。かなり堅固なつくりで、値段もバカにならないだろう。

 窓のベランダに鉢植えがごっそり陳列された、”エリア8マンション”オーナーの親御さんのゴミ屋敷もしっかりと”ここ”から確認できる。



エリア8ビル 300
 以前のようなことがあったので、断言はできないが、およそ人が住んでいるとは思われない。

 今回は、電気メーターも確認している。



エリア8ビル 物置
 屋上階まで来た。

 人が入れるぐらいのロッカーがあった。



エリア8ビル 屋上物置
 ご老人が、筆にペンキを絡めて書き殴った毛筆体。

 これにも、鍵がかけられていた。

 不法投棄の品はそのままだったり、隣接のゴミ屋敷は放置するなど、管理の甘さを露呈させておきながら、どうも偏りのあるセキュリティー体制。


 ここまで登頂するのに、どう考えてもいるはずのない、杏奴(アンヌ)ママや、はちへるつ社長のことを、思い描いて、「待っていて欲しい」とさえ乞い願い、切望をしながら、一歩一歩、やって来た。

 確かに、登る直前に『近づいてみよう』とは思った。でも、待ち構えていないだろうことは、いい年齢の大人なのだから、十分承知の上。

 コメント欄では、「屋上で待っているのは杏奴(アンヌ)ママの背中」とか「廃業で失踪中のはちへるつ社長がお出迎え」などと、冷やかしの言葉が散見されていようだが   

 果たして・・・
 


エリア8ビル 屋上ドア
 開け放たれたドア。

 ひかりが降りそそぎ淡く霞む”エリア8マンション”の最頂部   
 


エリア8ビル 屋上
 スマフォを虚しくかざしてみても、ポケストップやポケモンジムも無ければ、あの伝説の二人も待ってやしなかった。ぷるぷる震える右手には、当然、モンスターボールも用意されておらず、課金して増やすこともできない。

 チリひとつ落ちていない屋上の床に這いつくばるようにして、辺りに視線を向けてみる。

 アンヌ、社長・・・



エリア8ビル 物干し
 ベランダの無い部屋を見て想像していた通り、屋上が住民達に開放されていたのは、これで確定をした。

 杏奴(アンヌ)ママの首のスカーフや、はちへるつ社長のトレードマークでもある、頭に巻かれた藍染めのハンドタオルは、ここに干されていたのだろうか。

 二人それぞれの洗濯物が、生乾きの状態で並んで干されている光景を想像してみたら、だらりと垂れていた僕の口角が、糸で引っ張られたように、キュッと、釣り上がり、この探索中、見せたことのないような笑顔が「キャッ」と一瞬だけのはしゃぎ声とともに、溢れ出た。

 その時、



エリア8ビル 屋上ドア
確かに視線を感じた。

 いや、感じていたのだった   




アップ2
 僕を見ると、腰砕けにならんばかりになり、一瞬、姿勢を崩してから、後ずさりをした。

 その後、彼は態勢を整える。

 奥さんと子供から追い出され、ベランダで仕方なく一服中、いつものようにそこにある、廃墟マンションビルを眺めていたら、その屋上より、突如出現をしたカメラを持った男を見つけてたじろいだに違いない。




アップ3
 あれはまさしく「シガレット・スモーキング・マン」、日本語の吹き替え版だとなぜか「肺ガン男」。Xファイルに出てくる、あの人のようにも見えた。

 偶然かどうなのか。エリア8マンションの名にふさわしくもあり近しい人物としばしの間、見つめ合うことになる。



エリア8ビル お知らせ
 なお、情報提供者よりの悲しいお知らせとは、このことだった。

 僕が訪問をした時点で既に工事着工の時期は大分過ぎていた。その兆候が微塵も見受けられなかったことから、延期にでもなったのかなと思っていたところ、遂に、解体工事が始まったと、連絡が入ったのだった。

 杏奴(アンヌ)ママは地方にて復活を遂げたから良いものの、これで、現在失踪中の、元エリア8カフェのオーナーを偲ばせる思い出の地の”エリア”は、完全に、この地上から、消えてしまった。

 もう一回、日光浴でもしに、はちへるつ社長の笑顔に一番近いあの”エリア”へ、ポケモンを捕まえる”ついで”にでも行こう思っていただけに、本当に残念な、心に残る廃墟の終焉であった。
 


終わり…

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