天華園 石像
 長時間、天華園内をさまよい終えた後、遂に、五重の塔へ、踏み込む決意をする。

 試しに狛犬を撫でてみる。

 普通、こういった石像なんかは、来場者がこぞって触りまくるため、手垢で黒ずんでいるか、摩滅して角が丸まっていたりする。だが、わずか7年間の短期間で廃業となってしまったため、触れた指先が切れそうなぐらいの、キレキレの、採掘されたばかりの岩石のような鋭角さを、全体のフォルムがまだ保っていた。



天華園 プレート
 プレートを覆っていた枝を払う。

 正式名は「永安宝塔」。

 よく説明文を読むと、北京にある塔の名前だけを手本にしただけの、天華園オリジナルの五重の塔であることが判明をした。レプリカでもない。

 ぱっと見の文脈的には、北京に実際にある塔を再現したように読み取れるし、清代や宋代の時代に存在した塔のレプリカであるかのようにも受け取れてしまう。

 曖昧な表現をもってして、トンデモ中華パークのメッキが何とか剥がれないようにしているのが、透けて見えてきたような気がした。



天華園 見上げる塔
 学校の朝礼で一番前の生徒が整列をする時にやるように、両手を誇らしく腰にあて、永安宝塔の前で、仁王立ちをした。

 いざ立ち向かう、この瞬間の、高揚感を味わうためにだけに、廃墟探索をしているといっても、過言ではない。

 「あー!」とか「おー!」と声の階調を多少上に上げて、中の様子を窺う。

 確実に誰もいないようだ。

 この時はブログをやっていなかったため、この探索活動は、単なるおっさんの徘徊行為でしかなかった。ブログをやる予定もなかった。他の訪問者と探索中にもし出くわしても、現在の存在理由の説明のしようがない。

 もし、同系統の趣味を持つ人が僕とここで遭遇していたら、きっとその人は僕のことを、廃墟マニアの高級一眼でも狙う強盗とでも疑ってかかっていたに違いない。事実、姿格好も、そんなんだった。

 今だったら堂々と、恥じることなく、コソコソ逃げまわることもなく、「『仄暗いお散歩』という廃墟ブログをやっています。よかったら読んで下さい」と、一応な大義名分もあることから、ひるむことなく、名乗ることができて、更にエピソード・トークの一つや二つでも繰り出し、その場をなごませることができたはず。



天華園 額
 遥か後方も見回して、冷やかし侵入者が”ただの一人”もいないことを確認。

 バブルの頃の、日本人の思い上がった欲望が作り出した、牛糞に突き刺さった竹串のように、不安定な塔。

 中国にある有名な塔を忠実に再現したかのようなミスリードをしておいて、大袈裟な宣伝で大量の客を呼びこむ。実際は、レプリカでさえなく、園内はそれっぽい建物ばかりだった。中国人からしたら、日本人がハリウッド映画で感じる   日本文化と中国文化が入り混じった(配合としては中華多め)カラフルで奇抜な日本家屋を見せられた時と同じ   違和感を持つだろう。



天華園 極楽世界
 「極楽世界」への入口。

 そういえば、極楽とんぼの山本が、めちゃイケで復活をするようです。

 強引なネタ引きかもしれないが、北海道出身だからいいだろうと思っていたところ、調べてみると、彼は広島出身だったんですね。ロンブーの淳と仲がいいのは、出身地が近いということもあったのか。

 芸能界追放の原因となった例の事件を起こしたのが、北海道の函館だったこともあり、あやふやな記憶の中で、山本は相方の加藤と同級生で、二人とも小樽出身だと勘違いしていた。

 事件当時、山本が事件を起こしたのはビジネスホテルだと知り、函館で数多くのビジネスホテルに宿泊したことがある僕はそれがどこなのか気になって、調べてみた記憶がある。

 現在はまとめサイトが検索妨害をして、肝心のホテル名は出てこなかったが、当時は確か「☓☓オーシャン☓☓」という名前が、現地の人の交流する掲示板に書いてあったと思う。

 函館駅前の路面電車が通る大通りに面している、綺麗なビジネスホテル。ただ、僕も宿泊したことがあるぐらいなので、シーズンオフなどは激安価格で泊まれる、相当な庶民的ホテルだ。当時の山本が宿泊していたと聞き、驚いたものだった。

 おそらく、野球の場合は大してギャラが発生しなくて、身銭を切るのが嫌な山本は、格安ビジネスホテルに泊まったのでしょう。あるいいは、デリヘル用に、それ目的だけの部屋をとっていたとか。



天華園 札
 「極楽世界」的要素が微塵も感じられない中、洗濯おばさんの使う洗濯板に良さ気な、並べられたふたつの板。



天華園 2板
 ホームセンターで売っているような安物のペンキで塗っているからなのか、塗料が剥げかかってしまっている。

 それにしても、山本の復活は遅すぎた。

 めちゃイケは”イケ”てないおっさんとおばさんの出演者ばかりになり、内容はマンネリ、しつこ過ぎる課金アプリの紹介、コンビニ・コラボ商品開発という名の宣伝を連発、ゲストは新番組の番宣ばかり、笑いどころの無い後味の悪いドッキリ、「この時代に尖っている」を履き違えた「痔の検診」のような下品なだけの企画、誰も知らないデレクターのモノマネを続けることで笑いが生まれると勘違いしている、90年代でとまったままのバブル的感性   

 数年前までは、録画までして観ていただけに、現在のつまらなさと一桁視聴率連発の凋落ぶりを目にすると、悲しすぎるものがある。

 宣伝番組としてなら視聴率5%でも需要があるからなのか、番組自体は一向に打ち切りにならない謎。

 関西ではどうなのかは知らないが、だいたい『イケてる』という言葉自体がもう死語になっている。まだこれを使っている人がいたら、その人は言葉の文化から隔絶をされてしまった、かなり痛々しい廃人のような人である。

 極楽の加藤と大久保さんが、小樽の錆びれた商店街で凱旋パレードをやった回には大笑いをしたものだが、いつまでも醜態を晒し続けていないで、貴重な土曜8時のゴールデンタイムを、なんなら、人気海外ドラマや、昔の海外ドラマでも流した方が、よっぽど電波の有効活用ができると思うのだが・・・



天華園 南無阿弥陀佛
 天井のパネルの所々が落下していたり、今、まさに落ようとする瞬間だったり。

 あの一片が落下して頭部に直撃したら、確実に、首の骨がイクでしょう。

 訪問者は、ヘルメットの持参をお勧めします。



天華園 エレベーター
 エレベーターまで設置をして、巨額の投資をしたものの、そのバブルの塔は、わずか七年間だけで役目を終える。

 めちゃイケのバブルもとっくにはじけている。彼ら芸人達は既得権益をがっちりと握ったまま離さず、腐敗臭を漂わせながら、もう20年も放映期間を経過させようとしようとしている。

 フジテレビの視聴率をみると軒並み一桁台なので、経営者としての潔さと判断能力を鑑みれば、七年での撤退を英断した天華園のオーナー氏の方が、優秀ではなかったのかとさえ思えてくる。




天華園 大幅弥勒仏
天華園 説明文
 大幅弥勒仏

 説明を読んでみると、バックパッカーの始祖のような方だったんですね。



天華園 ショーケース
 エレベーター乗り場にあった説明文によると、これらの仏像は中国でわざわざ作らせたという。

 各階ごとに並べてあるのだが、ケースがプラスティック製なので、紫外線で劣化してしまい、白濁して鱗模様が浮き出てしまっている。

 大方、この展示ケースも中国製のような気がするが、ここまで濁るとはオーナーも想定外だっただろう。

 安い車のヘッドライトも数年でこんな風になる。



天華園 階段
 当然ながら、エレベーターは使用できないため、薄暗い中、階段をひとつひとつ、登っていく。



天華園 3-4
 階段の壁にて、心が洗われるような、展示物を目にする。

 僕が始めて中国を訪れた時の、感激、両国の発展、永遠なる友好関係を、願わずにはいられなくなる、あるもの。

 ここにあったのかと。

 内蔵の奥底が締め付けられ、息苦しくなり、肩を震わせる。ポケットから日本手拭いを撮りだし、潤んだ目頭にあてがった。しっとりとして重みの増した、日本手拭い。



天華園 4
 4階。



天華園 4階の眺め
 4階からの眺め。

 奥からの、多少遠慮気味の構図になっているのに、お気づきだろうか。

 ここからは、山の中の道を行き来する車列がはっきりと確認できる。つまり、向こうからもこちらが丸見えなのだ。僕がここでこの塔のバルコニーを堂々と見て回っていたりするところを発見されると、「あそこに人がいるぞ!面白そうな廃墟だから行ってみよう!」なんてことになり、厚かましい人々がリアルタイムで押し寄せてしまう結果になってしまう。

 なので、出しゃばらず、目立たず、控えめに   の、「廃墟侵入作法」に従い、良識に則った行動を心がけることにする。



天華園 歳時記
 中国の歳時記。

 まともに読んだ人は、僕を含めて、10人未満ではなかろうか。



天華園 5上
 先程の展示物をみた感激が未だ忘れられず、目頭を熱く潤ませたまま、五階へと。

 五階が最上階ではない。更に上がある。



天華園 5階
 五階。

 渓谷に架けられた橋。

 僕が今いる場所が、その昔、引きも切らない観光客で賑わっていたとは、とても信じられないことだ。

 あの橋を通過する観光バスの中の中国人観光客が、このトンデモ中華塔を見ながら、バスガイドより事の顛末を聞かされて、車内が爆笑の渦で包み込まれているかもと想像してみると、どこにぶつけてよいのかわからない怒りが、沸々と込み上げてきた。

 その怒りを沈めてくれるのが、先程みた、ある展示物。

 それは、僕の中にある、中国に対する原風景そのものだった。



天華園 穴
 五階にも仏像の展示物がある。

 カッターのような刃物で強引に切り取られた四角い穴。虫でも紛れ込んで、逃がすために開けられたのか。雑な仕事ぶりはこんなところでも確認できた。



天華園 rへ
 遂に、五重の塔の”てっぺん”へと   



天華園 屋根
 五重の塔の最上地点。

 少なくとも、登別の半径数百キロ、現時点で、僕が一番上にいることだけは確かだろう。

    あの余韻はまだ、この上でもうれしい形をもって、引きずっている。

 階段途中にて拝まされた、あの、展示物。あれだけを見に、僕はやって来たのかもしれない。この、素晴らしくもある眼下に広がる絶景は、どうでもいい副産物のようなものだ。



天華園 下へ
 あの展示物をうちに閉じ込めたまま、下へと。



天華園 下階段
    目の回りそうな中華回廊にて、思い浮かぶのは、屋根からの鮮やかな紅葉の景色ではなく、あの展示物のこと。

 僕が知る中国が、そこには凝縮されていた。



天華園 塔の出口
 塔の出口と荒れ果てた庭園。

 十分満足だった。なんせ、あのようなものを拝めたのだから。

 次なる侵入者達に荒らされないよう、永久封印しようかとも思った。公開しなければ、誰もそのことに気づかず、素通りするだけなのだから。



天華園 全景
 日本人の虚栄心が作り上げ、時代に翻弄された後、山の中に完全放置された、廃テーマパーク。




天華園 掲示板
 野晒し掲示板。

 チョークで絵が描かれていたようだ。かなり絵心のある職人のような人がいたのかも。

 今だったら、カフェでラテアートに、その才能を振るっていたに違いない。



天華園 橋
 五重の塔の屋根から見下ろしていた時、向こうの橋には是非行かねばと、思っていた。



天華園 山
 川底の上の山の上。あの塔の頂上にいた。

 足元がすくむが、思いきって下を見てみる。



天華園 川下
 何百メートルあるだろうか。

 自殺志願者に間違われるようなレベル。



天華園 谷
 ここで、日本人らしい、集団心理の行動パターンを目撃。

 僕が橋から下を眺める前までは、車は背後で次から次へと行き交うだけだった。が、僕が橋から身を乗り出すようにして、谷底を見始めると、何台もの車が一様に停まりだし、並ぶようにして一緒になって、下を眺め、歓声をあげながら、見学をしだした。 



天華園 底
 僕が見るのをやめて、この場を去ると、彼らも同様に切り上げて、去って行った。



天華園 谷橋
 橋を徒歩で渡りきり、引き返す。あまりにも素晴らしいこの景色をもう一度と、谷底を眺め始めると、またぞろ、僕に追従するかのように、行楽客のマイカー達が車を停め始め、橋上には見学者があふれた。

 『車を橋上に停車させるのは違反行為だろうけど、既に何人かがやっているから、自分だけは捕まらないだろう』とでも思っているに違いない。



天華園 中国1
 銀座の高級ブランドの店で爆買いして、その横の路上で放尿をする。かつて僕が中国でみた中国人のようでもあるが、根本的に全く異質の人達。

 だが、五重の塔の階段の壁に貼られていた、この写真の中の人達は、紛れもなく、僕が現地で交流をした、中国人、そのものだった。

 母親手縫いのニット帽とマフラーをした赤ん坊。

 中国の列車内では彼みたいな子に、目の前でうんこまでされそうになったが、決して悪気があるわけでもなく、素朴で一般的な中国人の赤子だった。あの”人見知り”をしない、愛嬌の良さから溢れ出る笑顔は、今も時折思い出して”にやけて”しまうほどだ。

 ズボンは当然、恥じることなく、股割れの性器露出タイプだろう。

 新宿などで見かける、ユニクロやGAPを着込んだ中国人の赤ん坊には、いまだに、異世界からやって来た人達、という偏見で見てしまう。

 丸いお皿の奥の方に、敢えて寄せられたような、不自然な盛り付けの焼売、のようにも映るが、この粗雑さは明らかに、僕が現地で嫌というほど接してきた、おおらかな中国人そのものの様式、様式美とさえ呼んでも馴染んでしまう”愛すべき”人達の仕業である。

 楽しそうな話し声さえ聞こえてきそうな、狭小部屋に詰め込まれた、難民のような中国人の子供たち。彼らとなら、差し入れたチョコやクッキーをほうばりながら、屈託なく、歌でも歌いながら、何時間でも過ごせる自信がある。

 北京の王府井のネットカフェでゲームをやっている子供とは、アメリカの南部にいる子供以上に、話が通じないのではないかとさえ思えてきてしまう。



天華園 中国2
 進化し続ける中国と中国人から、僕が取り残されているだけなのかもしれない。

 これから先、僕の思い出の中に留めている中国人と、あまりにもかけ離れている現在の彼らの振る舞いに、憤りを感じ、文句の一つや二つが出るかもしれない。やがてそれは蓄積されて、ヘイト表現として、世に放ってしまう可能性が大いにある。

 そんな時は、もう一度、この場所、この写真を見に、登別まで、やって来るとにしよう。

 温故知新、古きを温ねて新しきを知る。

 僕と中国文化との架け橋、この場所、この写真が、未来永劫、存続することを願いながら、紅葉の中に埋没しつつある、廃墟テーマパーク「天華園」を背にして、車を行楽客の車列に合流させ、周囲の流れるままに、登別から離れていった。

 

終わり…

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