北朝鮮観光 地下鉄案内板
 次の行き先は地下鉄だった。たった一区間だけの乗車だという。ただの公共機関の乗り物がイベント化してしまっているところが、なんとも北朝鮮らしい。

 地下鉄駅へと僕とガイドの二人を乗せた黒塗りのアウディーが乗り付ける。改札口の横にある、電光式路線案内図のボタンにガイドさんが人差し指を乗せながら「押しますよ~!」と言うので、それを写真におさめた。

 冷戦の頃は、「地下鉄=先進国」みたいなイメージがあったからなのか、ソ連や北朝鮮は国家の財政や需要に到底見合わないような、割高の地下鉄を国威発揚のために建設をした。

 日本の地方都市より貧相な、この寂しい路線図を見る限り、「メンツのためだけに採算度外視で作った」と思われてもしかたないだろう。



北朝鮮観光 改札口
 僕を改札口へと手招きする、30歳代の若い方のガイドさん。トレードマークでもある首元のエレガントなマフラーも相まって、この老朽化した地下鉄駅構内に、妖艶でただならぬ気品を醸し出している。

 もう一人の50歳代後半のガイドさんいわく、この彼は裕福な家庭の「おぼっちゃま」であるらしい。権力者一家の出であり、北朝鮮における序列としては、年下のお坊の彼の方がかなり上であることを、暗に匂わせるような言い方で説明をしてくれた。

 高貴な名門一家の生まれであることを年上のガイドから説明をされ、まんざらでもない様子で聞いていた彼だったが、しばらくしてこう切り出した。

「北朝鮮で知日派は一番身分が下なんですよ」

 彼の一家は代々日本と何かしらのパイプを持っていて、それもあり子供の頃から日本語を習わされていていた。だから日本人とほぼ変わらないような流暢な日本語を話せるのだという。彼の一族と日本との関係性から、北朝鮮の社会では特権的地位にいるわけだが、北朝鮮の友好国である中国やロシアの関係者に比べると、地位としては最下層になるそうだ。

 上流家庭とはいえ、最低ランクに属する知日派である彼の一家の社会的地位が、飛躍的に上昇した時期があったという。それは、常に高貴さを漂わせる彼が、思わず”ニタニタ”といやらしい笑い顔を浮かべ「あの時は凄かった!」と唸るほどの歴史的史実。

 1990年の金丸訪朝だった。

 その頃の北朝鮮社会では、すわ”日朝国交正常化”か、という雰囲気が蔓延し、国民の中でも期待が相当高まり、かつてない日本ブームが起きたのだという。そこで事前予習というわけでもないだろうが、北朝鮮建国史上初となる、二本の日本映画がテレビで放映されることになった。

 どういう検閲を経て、どんなチョイスがあったらそうなるのか、その映画は、吉永小百合主演の「キューポラのある街」と「雪上物語」だった。

 「雪上物語」とはなんぞやと思ったが、二人のガイドの会話を聞いていて、「雪女」の話しであるらしいことがわかった。

 二人とも小バカにしたような感じで、雪の中で凍死もしないで生きている女の人がいるわけないとか、着物でずっといるのか? など、あれは矛盾点ばかりのストーリーだったと指摘し、しまいには、「日本人はあんな映画がすきなのか?」と呆れてもいるようだった。大半の日本人が知りもしないような映画の批判をされて、バカらしいので敢えて反論はしなかった。

 この「雪上物語」という作品、ネットで検索をしても出てこないような、極めてマイナーな作品のようである。それが建国史上初のうちの一本だったら、事情の知らない北朝鮮人民は、日本政府が厳選のうえで持ってきてくれた作品、と解釈するのは当然だろう。

 韓国映画の話しにもなり、「あなたはどの韓国映画が好きですか?」と聞かれたので、咄嗟に「JSA」や「猟奇的な彼女」などが浮かんだが、取り敢えず、一番最初に観た韓国映画の「シュリ」が面白かったと言ってみた。

 二人のガイドは「シュリ」を観たことがなく、「どんな内容ですか?」と聞くので、「北朝鮮の女性工作員が、サッカー場に液体爆弾を仕掛けてテロを企てるはなし   」と説明をした。途中で『これはまずいかも・・・』と感じつつも説明をし終える。お坊ちゃまでもある若いガイドの方はひとこと言いたげでありながらも、無言で悠然と構えていた。が、高齢のガイドさんの方が、険しい表情をして顔を紅潮させて、こう詰問してきた。

「あなたは、そんな話しを本当のことだと思いますか!!」

「映画だからそもそも作り話だし、盛り上げようとしてあることないこと演出してあるんですよ、当然・・・」 必死で切り返した。

 激昂はしていたようだったが、意外なことに、興味はもったらしく、「今度また北朝鮮に来る時には、シュリを持ってきてくれ」と頼まれてしまった。



北朝鮮観光 トークン
 トークンのようなものを投入してバーを回転させて入場。僕は一番手前入り口から特別入場をした。



北朝鮮観光 暗がり
 暗すぎる廊下だが、ゴミは落ちていなくてとても綺麗。



北朝鮮観光 シャンデリア
 奥に、将軍様と人民のふれあいを描いた壁画があった。UFOみたいなデザインのシャンデリアは、誰の趣味だろうか。



北朝鮮観光 しんぶん
 新聞を食い入る様に見る、北朝鮮人民の方々。



北朝鮮観光 電車
 北朝鮮は中国よりもかなり先に地下鉄を導入していた。車体は自国で製造したのだろうか。旧ソ連製?

 何れにしろ、そうとう古めかしい車両。



北朝鮮観光 駅員
 街中の警官や地下鉄駅員など、女性の活躍が多く見られた。中国でも同様だった。



北朝鮮観光 高齢ガイド
 どの車両にも、金親子の額入り肖像画があった。見切れているのは、高齢の方のガイドさん。

 実はこの方、本来ならガイドをするような生まれではなく、建設現場の作業員だったという。

 平壌の街中に日本と共同で遊園地を作ることになり、そこの作業員として彼は働くことになった。日本から技術指導員が来ていて、一緒に働くうちに、日本語を習得してしまったのだという。30歳を過ぎてからの話。彼の話す日本語も若いガイドと同様、ほぼ完璧。日本の社会で働いたとしても、誰もが彼をネイティブスピーカーだと思うに違いない。多少表現に年齢不相応の乱暴気味な物言いがあるが、それ以外は一般の若い日本人よりきっちりとした日本語を話す。



北朝鮮観光 子供
 たったひとりで地下鉄に乗っていた少年。あまりにも不自然で、僕を監視するバイトでもやっているのではないだろうかと、疑ってしまった。



北朝鮮観光 下車
 本当に一区間だけの乗車だった。物足りないにもほどがあるので、「路面電車には乗れないのか?」と聞いたら、同じような要望が他のツアー参加者からも多いらしく、「上に伝えとく」と言われる。



北朝鮮観光 エスカレーター
 ガイドさんは何かと「今度来た時は」と言うが、たぶん、もう一生来ることはないだろう。日朝国交正常化でもすれば別だが。たった数日で二十万円前後もツアー料金を取られるし、行き先の制限が多い。今度も一人で参加できるかわからないし、それだったらブータン王国でも行こうと思う。



北朝鮮観光 図書館
 次は図書館。

 受付があってガイドさんが何やらマイクで注文をすると、日本語の本が三冊ほどベルトコンベアーに乗せられて、手元へやって来た。

 DIYの本、園芸の本、ビタミン剤の飲み方の本、の三冊だったが、コンピューター制御なのか、人力でやっているのかは、よくわからないシステムだ。



北朝鮮観光 館内
 図書館の内部。

 日本の図書館は、最近では行くと全ての座席がホームレスか暇そうな老人に、占領されていますね。特にお風呂さえ入っていないような浮浪者が多いのに驚かされます。

 入館の際に住民票で発行をした図書館カード携行を徹底させて、所持をしていない人は入館不可にすれば、図書館の”ホームレスの館”化は防げると思うのですが、人権団体とかが煩いのでしょうか。

 平壌の図書館は、勤勉な学生達で賑わっていました。



北朝鮮観光 整列
 そして、いよいよ例の所へ連れて行かれる。

 できれば買いたくない花を買わされる。しかも、かなりのボッタクリ価格。

 旅行中の食事は全て込みなので、現金はドル札をちょっとしか用意していなかった。

 この後、様々な理由を付けて、現金をむしり取られることになる・・・



つづく…

「花束強制支払いに泣く」 バックパッカーは一人北朝鮮を目指す.9 

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