新宿集落-24
 昔、バイトをしていた頃、大して親しくもない先輩から、「面白い本屋さんがあるから、行かないか?」と誘われたことがある。

 以前にも記述したが、僕がやっていたバイトというのは、施設警備だった。

 施設警備をするには法定研修が必要なので、正確な身分としては、契約社員という扱いになる。

 どんな仕事かというと、渋谷の高級住宅街「松濤」にある、大手都市銀の頭取の自宅前に車を駐車させ、車中にて二人組で常駐警備をするという内容。

 僕は車の免許を所持しているということもあり、割の良いその現場へは、会社へ言って夜勤だけを優先的にまわしてもらっていた。

 その現場の夜勤では、ほぼ僕が連日のように入り、もう一人は、毎日日替わりで、学生やフリーター、社員さんなど、様々な人がやってきた。一見簡単そうな業務内容だが、夜は交代で車中で仮眠をしなければならず、満足に睡眠もとれないからと、二度と担当になりたくない人が続出した。二人で寝てしまおうものなら、巡回中の渋谷署の刑事や、会社のパトロール隊に注意されるのだ。

 警備のパートナーの中のあるひとりの人、警備会社の社員でもあり、一応先輩でもあったが、その人はなぜかこの評判の悪い警備の現場へ、よく来るようになった。断ろうとすれば断れる術はあったはずなのに。

 そればかりか、ある夜、深夜は交代で寝ることになっているのだが、「君がずっと寝てていいよ。僕が夜通し警備をするから」と言い出した。仮眠は四時間交代制なので、僕は合計まるまる八時間、朝の五時まで熟睡することができてしまう。誰もが五分でも多く寝たい中、このようなことを言い出すのは、不自然極まりないといえるだろう。

 後になってわかったが、この気持ち悪いもてなしと、面白い本屋への誘いは、その先輩がやっていた、マルチ商法の説明会に参加させるための、恩売りだったのだ。


 夜勤帰りに、先輩に言われるがままに新宿の伊勢丹付近まで連れて行かれ、そこから小さい路地を右へ左へと歩かされる。

 辿り着いたのは、伊勢丹からそんなに歩いたわけでもないのに、こんなものがビルの谷間に存在するのかと、目を疑うような、木造平屋、瓦屋根の古い店だった。店先がガラス戸で、本屋さんであるということは、一目でわかった。建物自体は古いが、塗装は塗りなおしてあったり、所々補修もしっかりとされていて、小奇麗で清潔。田舎の駅前にありそうな、いかにもな昭和の個人の本屋さんだった。

 本の品揃えが変わっていて、まず目についたのが、手書きをコピーした冊子類。内容は、「闘争、会議、資本主義・・・」などの文句が並ぶ、左翼系の学生組織が発行しているだろうミニコミ誌。他にも、雑誌やハードカバーの本もあったが、どれも通常の本屋には置いてないような、思想的な分野の本とサブカル関係の本ばかりだった。

 確かにそれは建物からして「面白い本屋」であり、その先輩の言葉に偽りはなかったなと、その当時は感心させられもした。

 次の行き先が、新宿三丁目だった。それがどんな所かは僕も知っていたが、実際訪れたことはなかった。しかも、平日の昼過ぎ。

 ゲイショップは昼過ぎからもうやっていて、店先には、海パン姿のマッチョ気味だが、ごく普通の顔の青年などのプロマイドが、たくさん吊るされて展示されていた。店の客層は極めて一般人然とした、背広姿のサラリーマンだったり、テレビでよく見る派手なおネエ系の人ではなかった。

 いわゆるハッテン場の公園はゲイショップの店の真ん前にあり、それらしき人を三人ぐらい見かけた。まだ時間が早過ぎるといった感じで、彼らは暇を持て余しているようだった。

 連れて来てくれた先輩も僕もその趣味はなかったが、先輩が僕の好奇心を満たそうと、いろいろ考えてアレンジをしてくれたことには、素直にありがたく感謝をした。

 が、それはマルチ商法説明会への、恩売り工作だったことが、半月後ぐらいに発覚するのだが、この妙なツアー体験で僕の脳裏に残ったのは、瓦屋根の本屋から新宿三丁目へ移動する時に見た、ある「ロ(ろ)の字型の路地」だった。

 ビルとビルの間を渡り歩いていた時、ある一つの路地の空間だけは、時間がずれているようだった。

 新宿のど真ん中だという場所なのに、その路地の入り口から見えるのは、もう何十年も前に操業停止したと思われる、一間だけの町工場、どの窓も閉めきったままで汚れで中が見えない、下宿屋風のボロアパート、握りこぶしひとつ分が開いたままの引き戸に今にも崩れそな木造個人住宅、雨戸が閉ざされたままの雑貨屋、など。

 文字通りロの字なので、幹線道路からその路地に入ると、中央に店や工場が並んでいてそれを中心点として、周囲に、住んでいるのかわからないような古い個人住宅や空き地、アパートなどが、ロの字型に配置されている。大通りからの入り口以外に抜け道はない。

 不意に紛れ込んだ、時が数十年も停止したままのようなその路地を、気づくと先輩と一緒にグルグルと三週もしてしまった。もっとも、夢中になっていたのは僕だけで、先輩は視界の外でよく見るとうっとおしいような顔をしていた。

 夜勤明けの朦朧としていた頭だったということもあり、場所の正確な記憶は定かではない。

 でも、数年おきに「あの路地に行ってみよう」という気になり、本屋とセットで行ったりしていた。

 場合によっては本屋の場所を忘れていたり、そうかと思えば路地の場所だけを失念していたり、あるいは両方忘れてしまい、新宿の裏路地を数時間も彷徨ってしまうこともあった。

 三回目ぐらいで、本屋の場所を記憶の中から完璧に消失させてしまった。もしかしたら、あの瓦屋根の建物ともども、取り壊されたのかもしれない。新宿では辺りが一変することが日常茶飯事なので、記憶から消えたのか、存在自体が無くなってしまったのか、どうも定かではない。後年、それらしき場所で、それらしき改築されたようなお店を見かけたような気もするが、それが何屋かなのかは確認しなかったし、本屋への感心はもう薄れていた。

 四回目ぐらいで、そこだけ時間が止まったような「ロの字型路地」を完全に見失ってしまった。ここも、忘れてしまっただけなのか、再開発があり場所そのものが大型ビルになっていたりしたのかは、はっきりとしない。

 気温三十五度以上もある、酷暑のある夏の日のこと、あの路地にまた行ってみたいと、数年ぶりに、新宿界隈の路地裏を彷徨ってみることにした。



新宿集落-40
 時代から取り残されたような、あの、ロの字型路地はおろか、本屋さえ見つけることができない。もう両方ともこの世から消えてしまったのだろうか。

 全身から汗が吹き出し、足の裏は底面全体からまんべんなく鈍痛がして、踏み出すごとに顔をしかめてしまう。

 新宿の伊勢丹からは離れ過ぎてしまった。ここは明らかに初めての路地だが、あの雰囲気はある。似通っている。



新宿集落-39
 まぎれもなく、ここは東京の新宿である。狭小なこの路地に進入するまでは、背後には高層ビルが聳(そび)えて外食チェーン店が乱立をして、車が行き来していた。

 あのロの字型路地より、時代的錯誤感からいえば、こちらの方が遥か上を行っていそうな予感がする。



新宿集落-28
 廃墟や廃屋、ゴミ屋敷の特徴の一つでもある、伸び放題の木々により、森を形成してしてしまう事案。



新宿集落-25
 あの人に声をかけてみようと、気構える。



新宿集落-26
 一見しておじさんなのかおばさんなのか、判断がつきかねた。

 おっさんだろうと思ったが、ママチャリのハンドル部分には、さすべえが取り付けてあるし、それだけの理由で、おばさんだろうという結論に至る。足もほっそりしている。

 関西と違って、東京ではあまりこの器具を付けている人は見かけない。東京でそこまでして傘をさそうとする人は、性根の座っている中高年のおばさんぐらいなのだ。



新宿集落-27
 そうこうしているうちに、走り去って行った、おばさんのママチャリ。

 大都会新宿にいながら、信じられないぐらいの静寂に包まれる。

 まず、木造家屋の入り口がどこも塞がれている。棒とパイプは意図された配置なのか。

 自転車が見受けられるが、大概の廃屋や放置されたゴミ屋敷にも、同じようになぜか自転車がある。僕はこれを、廃品業者のマーキングではないだろうかと思っているのだが、確証はない。

 いくつかの椅子やブルーシート、空の鉢植えなどのゴミと並んで、一番目立つ位置に、卒塔婆があった。

 この森と瓦解しかけの廃屋全体が、お墓なんだよと、行き着いた資本主義、やがて荒廃する東京、メトロポリス新宿へのはなむけに、警鐘の意味も込めた、慰霊碑でもあるんだ、と、その思いから部外者が立て掛けでもしたのか。



新宿集落-3
 家屋の想像以上の痛み具合に思わず目を覆う。窓はどれも年代物のタンの雨戸で塞がれたまま。この密室状態では、熱中症になること必至。

 横の砂利道を進んで行くと、一番奥には完全封鎖された廃アパートがあった。左の細い道は、車の通行不可だが、歩いては行ける。

 左の木々で覆われて暗くもある小道を進んで行くと、似たような廃屋や廃アパートが並んでいた。傍らには、井戸から水を汲み上げる、旧式の手押しポンプまであった。

 かろうじて人の住んでいる家も見受けられたが、見るからに独居老人の住む、いつ崩壊してもおかしくないような、古い木造家屋ばかり。

 この卒塔婆の家の周辺一帯は、大都会新宿の中の、取り残されてしまった、限界集落ではなかろうか。

 とりあえず、廃屋か判断がしがたいこの家を入念に観察をし、砂利道の奥へも行き、更には、左の徒歩でしか進入不可の鬱蒼とした森の中の細い道も進んで行き、限界集落化した界隈を訪ね見て回る予定   
 

 
つづく…

「貧困問題と新宿限界集落綿密調査」 新宿に残された廃屋限界集落.2 

こんな記事も読まれています