武蔵大和駅-2
 8月22日の午前11時半頃、台風9号の被害により、西武多摩湖線の列車が脱線をした。車両は現在も武蔵大和駅付近にて立ち往生したままだという。

 東京に住んでいても地元民でなければ、乗ったことが無いばかりか、およそ名前や存在すら知らない、この西武鉄道の「多摩湖線」という存在。

 大災害による甚大な被害を、地方のローカル線などが受けてしまった場合、最近では、復旧の見込みが無いまま、廃線となってしまうケースが多く見受けられる。ただでさえ赤字経営だったのに、膨大な工事費を掛けて開通再開を果たせたとしても、採算が取れる見込みは無く、バス輸送に切り替えた方が効率もよく安上がりになるためだろう。

 果たして、この、都心には近いが、かなりのローカル線である「多摩湖線」の場合はどうなってしまうのだろうか。

 初の「多摩湖線」乗車体験も兼ね、脱線現場まで駆けつけてみることにした。

 ※なお、絶好のビューポイントを発見?したので、詳細な現場地図を、最後の方に掲載しました



武蔵大和駅-1
 行きは国分寺駅からバスで事故現場付近の武蔵大和駅まで行こうと予定していた。アプリの検索ではそのようなバスがあるはずだったのだが、国分寺駅周辺を散々さまよってみても、見つけられず。国分寺駅は現在、駅ビルを建設中。駅周辺は工事ばかりしていて、バス乗り場は各社位置がばらばらで仮設の停留所が四方八方に置かれていた。ぱっと来た外様には、もう迷うだけで何が何やら全くわからず。

 安かろう、手間もかからないだろうと行きだけはバスに乗る予定だったが、探しだすことに心が折れ、それならばと、多摩湖線で行けるところまで行って、そこからバスに乗ればいいと、方針転換をする。

 ホワイトボードによれば、萩山駅までは列車が運行しているようだ。

 この写真を撮っていたら、眼つきの鋭い男に横に付かれる。私服だが警備員ぽい。パンチラ盗撮の疑いでもかけられたのだろうか。

 あえてホワイトボードの文言を、小声で復唱し、小さく頷いたりして、脱線事故に興味有りげな態度をことさらに強調する。

 いくらなんでも、改札口前で、一眼レフカメラを構えて、ありえないほどのリスクを犯してまで、パンチラの類いを狙う人が存在するだろうか。ローカルな鉄道の脱線事故に同情的でもあった僕だが、嫌な思いをして朝から気分を害した。



武蔵大和駅-2
 国分寺駅からは、西武線の様々な支線が枝分かれしていて、普段乗っていない人からすると、わけがわからなくなるほど複雑に見える。



武蔵大和駅-1
 西武鉄道の普通車両でお馴染み、あの”レモンイエロー”の塗装ではなく、えらく地味な白色の車両。



武蔵大和駅-4
 萩山駅から西武遊園地駅までは不通であることを再確認。



武蔵大和駅-5
 ただでさえ、遊園地需要のある土日以外は
乗車率が低そうなのに、現在一部運行中止中ということもあり、更に人が少ない様子。

 今現在、多摩湖線で国分寺駅から行くことが可能な最遠の駅、「萩山駅」で下車をする。そして、事故現場付近の駅「武蔵大和駅」を経由するだろう、西武遊園地駅までのバスを探したが、なんと、存在しないという。駅員に尋ねたら、複雑面倒な経路を辿って、東村山駅まで更に行かねばならず、そこからバスに乗れと言われる。

 時間は過ぎていくばかりで、なかなか現場に到達できない。西武線は全体的に、標識や案内板の類いに不備が多いのではないだろうか。日本人の僕でさえこうなのだから、訪日の外国人観光客などは、路頭に迷うこと間違いなし。東京オリンピックを数年後に控えていることもあり、改善の余地ありだと提言しておこう。



武蔵大和駅-6
 東村山駅からバスに乗り、ついに、事故現場付近の駅、「武蔵大和駅」に到着。バスの乗客の大半は、代替輸送の券を提出していた。定期券を持っていれば貰えるらしい。

 当然ながら駅入り口は封鎖されていた。

 線路に沿って道が通っているので、ローソン横の道を西武遊園地駅方面へ歩くことにする。テレビのニュース映像では、脱線車両は木々や草で覆われた谷間に、傾いた状態で立ち往生していた。地図と照らしあわせてみると、駅からそれほど離れていない場所のはずである。



武蔵大和駅-19
 線路沿いの道には民家が過密密集状態で並んでいた。隙間などなく、列車の姿が全く拝めない。古い平屋の長屋のような建物が多く、「これより先、私有地の為立ち入り禁止」みたいな看板も所々あり、線路間近まではなかなか行けそうにない。

 じりじりと照りつける、皮膚を焦がしそうな強烈な日差しの中、大量の汗を流しながら、起伏のある道に体力をあっという間に奪われながらも、よろよろと歩いて行くと、住宅街が途切れて、鉄柵で囲まれた、大規模な工事の現場基地ようなものが出現。出入り口には過剰とも思われる警備員が複数人立っていて、通常の工事のそれとは異質の雰囲気を醸し出していた。どうやら、ここが脱線事故復旧工事の前線基地のようだ。

 当然、「脱線している写真を撮りたいんで入らせて下さい」と言える雰囲気ではなかった。

 道路沿いからの撮影は不可能だと判断をした。

 残る撮影場所は、もう一方の、地図で見ると緑の山側からということになる。

 今一度地図を凝視すると、線路を越えて向こうの山へ行くのに、絶好の小トンネルがここから少し先にあるのを確認。

 そのトンネルをくぐると、そこは都立狭山公園の敷地内だった。

 公園内、線路沿いの草木の生い茂った急峻な山を登ると、見えてきたのは、線路を覆った硬質ディンプル加工のゴムシートの並びと、作業員達。



武蔵大和駅-20
 場所的に、脱線車両へ辿り着くには、この山林をもう少し進まねばならない。



武蔵大和駅-18
 絶好の観光シーズン稼ぎどきに事故に見舞われた多摩湖線。



武蔵大和駅-17
 崩れた土手に押し流されて傾いた電柱。ここからは下が見えないので、更に武蔵大和駅方向に戻る、というか進んで行く。



武蔵大和駅-7
 事故車両の屋根がなんとか見えた。

 撮影をしていると、老人から「ここからが一番見えるのけ?」と、声をかけられる。

「そうみたいですね」とこたえると、なまりなのか方言なのか、かなり癖のある物言いで、なにかを言い返してきたが、ほぼ聞き取れなかった。

 彼は僕と反対方向の武蔵大和駅方向からこの山を伝って来たようなので、

「向こうには列車を見渡せる場所はなかったですか?」と尋ねると、聞き取りづらいものの、『何も見えなかった』という主旨のことを言っていることだけはなんとかわかった。老人は、アル中で酔った状態で、ろれつが回っていなかったのかもしれない。



武蔵大和駅-8
 昼間から不審者が徘徊をしていたり、不法投棄の自転車があったりと、女性のひとり散策にはおすすめできない場所だ。

 カメラをぶら下げた人が僕以外にも数人いて、皆、撮影ポイントを見つけられずに、戸惑っているようだった。

 下手をすると足を滑らして泥だらけになるような、土が露出した山を見つける。そこを登り切ったら上から列車を見下ろせそうだったので、意を決して、多少のリスクを犯しつつも、駆け上がってみた。



武蔵大和駅-9
 やっとのことで、脱線車両を捉えることに成功する。



武蔵大和駅-10
 下で僕の成功を感じ取ったのか、残りのおじさん達も、僕の真似をして土山を次々と登って来た。



武蔵大和駅-15
 ぞろぞろとやって来た。

 縄張り争いをしながら鉄道写真を撮っている人達を見て、同じ場所から同じような機材で撮影をして、似通った作品を生み出して、一体何が面白いのかと、常々思っていたが、まさに、そのような経験を、意図せずに、僕主導と言ってもいいような形で、体現をするという、貴重な体験を得ることになった。



武蔵大和駅-3
 武蔵大和駅のホーム先端部分。



武蔵大和駅-4
 また台風がやって来たら、今度は駅両側の法面(のりめん)部分の崩壊も起こりそうである。



武蔵大和駅-16
 僕がここまで来たのは、もちろん事故現場の様子を見たいということもあったが、実は、ついでに、多摩湖畔に数件ある廃墟ラブホテルを探索したいという、理由があった。むしろ、廃ラブホ巡りの方がメインと言ってもいいような心がまえだった。

 しかし、この時点でかなりの体力を消耗。

 ナビで予め登録してあった廃墟ラブホテルの地点を検索してみると、ここから所要時間49分(もちろん徒歩)で行けると出た。

 一時間かからなければ”まぁ”いいかと、目指してみることにする。

 都合がいいことに、徒歩ルートは現在いる狭山公園のまん真ん中を突っ切り、多摩湖まで一直線、最短ルートで行けるようだ。

 ナビは次の階段を登れとか、事細かい指示を出してくれて、道案内をしてくれた。今回の探索活動では、徒歩ナビ無しではとても考えられなかった。こんなにも役立つ物を無料で利用できるのだから、パイオニアが赤字で事業縮小になるのも、当然の結果か。

 だが、公園内では登ったり降りたりで、激しい体力の消耗を強いられ、多摩湖沿いの道はクネクネとして見た目以上に距離があり、おまけに気温は30度を超えて灼熱地獄、頼みのナビは次々に「XX分遅れ」と、無情の宣告を出し続ける。

 やっとの思いで廃墟ラブホテルに到達した頃には、狭山公園より出発してから、一時間以上も経過していた。普段からあまり運動はしないので、これほど歩いたのは久しぶりだった。

 予想はしていたが、廃ラブホテルの防御は一見頑強そうでスキがない。

 が、綻びもある。

 車やバイクで来ていたら、有り余った体力を活かしての、挑戦をしていたかもしれないが、今回は、行き着いただけで精一杯、昇天でもしかねない、絶対的な体力限界の状態だった。

 全身発汗、衣服汗まみれになり、足は痛みの感覚さえ薄れていこうかという酷い有様。

 ラブホ内部より、「その壁を越えてこい!」という声が聞こえたような気もしたが、ここは、自身の体力を鑑みて、勇気ある撤退を決断するに至った   



武蔵大和駅-5
 事故現場では、現在も昼夜に渡り懸命な復旧作業が続けられている。

 事業存続の不透明さから、廃線決定なんていうことにはならずに、無事復活開通を果たした暁には、廃墟ラブホテル巡りも兼ねての、多摩湖線全線乗りつぶし散策を決行しに、再びこの地へ訪れることを、密かに自身に課して、国分寺駅へと、戻ることにした。



 
 事故現場への詳細な地図。

 住宅街からではなく、山側から行った方が良い。



終わり…

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