北朝鮮観光 万寿台の丘
 お次は、例の、金日成主席のどでかい像があることでもお馴染み、「万寿台(マンスデ)の丘」に連れていかれる。



北朝鮮観光 市民
 旧共産圏などでもよく見られる、途方もない労力を費やして作成されただろう、銅像。

 採算度外視だから、とにかく、圧倒される存在感だった。



北朝鮮観光 金日成像
 これが、金日成主席の像。とてつもなくでかい。東日本大震災級の地震があったら、倒れやしないだろうか。

 直近では、金親子が並んでいるが、この時は、息子である金正日の像はまだ無い。

 ソ連崩壊時には、旧ソ連内のレーニン像が、人々により象徴的な行為として、方々で打ち倒されていたが、はたして、この国でも、遠くない将来、そんなことが起きたりするのだろうか。

 中国経済のバブルと、北朝鮮の国家体制は、メディアが「明日にでも崩壊する」と暇さえあれば連呼をしているが、一向にその兆しはない。

 ガイドから、献花するための花を買ってくれと言われる。五ドルだそうだ。北朝鮮の物価からすれば、かなりの高額料金。僕以外にも、北朝鮮の人達も同様に横で献花をしているが、彼らがその同額を支払っているとは、到底思えない。

 私的に、将軍様を敬愛しているわけでもなく、個人崇拝や宗教に興味は無いので、「僕はいいです」と、実に日本人らしい、イエス・ノーをはっきりと言えない、奥ゆかしさもあるが、誤解をされそうな、曖昧な表現をもって、やんわりと断ってみた。

 すると、その役割を担わされているらしい、高齢の方のガイドさんが、困惑した表情で、

「五ドルで皆さん、買っているんです・・・」

 切実とした、かつ、『こんな人… 断って来た日本人は初めてだ・・・』 のような、ガイドには少しの驚きの反応も見られた。彼の立場もあることだろうから、渋々と、僕はその花束を購入することにした。

 US五ドル分の紙幣をガイドに払うと、彼がデコレートされた花束を持って来てくれたまでは良かったのだが、渡されたのは、造花ではないが、明らかに水分が抜けきって干乾びた、『僕がここへ来るまで、何度使われたんだい?』と言いたくもなる、使い回しの、生気のない花束だった。

 単なる、名目使用料を、半ば強制的に支払わされて、釈然とはしないものの、「ここは北朝鮮、逃げも隠れもできない」と、もう観念することにして、無念さが残りつつも、大人しく献花をすることにした。



北朝鮮観光 平壌市内
 金日成主席の見下ろす光景。

 プロジェクションマッピング使用に捗りそうな場所。



北朝鮮観光 チェチェ思想塔
 移動して、チェチェ思想塔。「チェチェ」なんていう単語は、世界中、こことチェチェン共和国ぐらいでしか、使用しないだろうなと、ふと、頭に思い浮かぶ。

※チュチェ(主体)思想でした。ご指摘して頂いた、やまろ様、どうもありがとうございます。



北朝鮮観光 塔上
 チェチェ思想塔の上から、平壌市内を望む。

 日本の、昭和40年代の、団地みたいな眺め。

 特定失踪者がもしいたら、「手旗信号でもしてくれれば・・・」 なんていうような、感傷に、しばし、耽る   



北朝鮮観光 ビル
 プロパガンダなのか、ホテル名なのか、ハングルは読めませんが。



北朝鮮観光 中洲
 中国と違って、車の台数が圧倒的に少ないので、いつも空は綺麗。



北朝鮮観光 プレート
 チェチェ思想塔の一階部分には、世界中から寄贈されたという、プレートが飾られていた。日本からのもある。

 日本のお寺や、廃止寸前のローカル線などには、お金を寄付すると板や煉瓦に名前を書いて掲示してもらえるというようなシステムがあるが、ここの人らも、お布施をしたのだろうか。
 
 列車の中で知り合った北朝鮮ビジネスマンから聞いた、彼らのパスポートで行ける国の数は、アフリカの途上国が多いながらも、バカにできない数だったので、それらから一様に集めれば、このぐらいになるのか。



北朝鮮観光 壁の並び
「どうだ、”こんなにも好かれているぞ”」 と言わんばかり。



北朝鮮観光 拡大
 日本のものに関しては、怪しい外国人が書いた書体の崩れた   言うなれば、自作自演ではないとも疑ってみたが、判別はつかず。

 
 チェチェ思想が植え付けられたかどうかは別にして、次なる訪問場所は、平壌第一百貨店でのショッピング・タイム。



つづく…

「せわしい平壌デパート・ショッピング」 バックパッカーは一人北朝鮮を目指す.10 

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