ダスト
 金山君への情愛を  せめて日記の中だけでもと、控えめでありながら、視点を変えてみれば、能動的かつ大胆に、いつかは打ち明けてやろうと  圧し殺さずに、その時を、虎視眈々と窺っているようにも見えた、キョーコさんだったが、本人自ら冒頭で切なくも切り出したように、ある情報が、男友達よりもたらされ、愕然となる彼女だった。

 金山君に好きな人がいるらしい、とのことらしいが、その相手というのが、キョーコさんが愛してやまない例の四人の中のある一人と、同じ名字であるという。四人の中から金山姓は除外するとして、恋敵でもある女生徒と、キョーコさんが恋い焦がれている三人(金山君ほどではないにしても)の中の一人との関係性は一体・・・



07
 1978(53)   6月7日 (水) 8日  0:20
          
ディスコ のカセットをききながら
今日は とっても 悲しい 日でした。
水 曜 日 といえば 集体がありますよね。
バレーボールで * 5時間目 が 女子は外 ,
男子は屋体 , 6時間目は その 逆 でした。
金山君はすてきです . 好き です。 でも ,
修学旅行の時のこと を思い出す と 友達 の 気持ち*に
しかおもえない, そうではないときは とても 会いたくなるほどに
なやみます ,  But , 今日 そうじの時, 伸一 のとこに
写真を わたし に いった時 . ついで に 話してくれたこと.
それは  金山君は 山 角 佳 子 さんのことを好きで
佳子さんも ……  その時 私は ガ     ン と 頭に.
きゅうげきになにかに おそわれました。 なんということ
や っぱり 失恋 なのでしょうか 、 死ぬほど 今日運動しました.
陸上 に 卓球の練習で , それ で 忘れよう と しました.
でも  私は恋人じゃなくても 友達で いたい .修学旅行の時のように
 まけるな キョーコ . クジケルナ きょう子 前を向いて Let' go. 

ディスコのカセットを聞きながら、この日記を書いていたキョーコさん。さぞかしトラボルタの映画に影響を受けていたのだろうと思ったが、「サタデー・ナイト・フィーバー」の日本初公開は、この日記を書いた一ヶ月後の1978年7月15日だった。

本国アメリカでは、前年の12月封切り。つまり、映画公開となるやアメリカに一大ディスコブームが起こり、半年でもそれが収束せず  ブームが落ち着いていたとしても、日本人は『全米が熱狂!』のようなフレーズに弱いので、映画配給会社は『全米にディスコブームを巻き起こした大ヒット映画』として、まだアメリカでもブームが継続中であるかのように  とにかく、日本市場へ売り込むだろうから、キョーコさんはもとより、日本列島全体が、もうすぐ公開になる、全米大ヒット映画を心待ちにしながら、煽りに煽られての、空前のディスコブームを、その頃、迎えていたに違いない。

愛する四人と接することができるので、前日から楽しみでしょうがない、”あの”集体があった日にもかかわらず、「今日は とっても 悲しい 日でした」と、儚げで消え入りそうな心情が察せられる文言を、絞り出すようにして、記した、彼女。

>金山君はすてきです . 好き です。

四人のことが好きで好きでたまらないと言いつつも、相変わらず、こと金山君への深い愛情は突出している様子。

>でも 修学旅行の時のこと を思い出す と 友達 の 気持ち*にしかおもえない

修学旅行のトランプの時に、面と向かって思いがけない形で、金山君から自己紹介を受けた時の、あの清々しくも個性的で鮮烈な印象は、それ以来、彼女の心をむんずと掴んで捕らえたままでいるが、「友達 の 気持ち*にしかおもえない」とは一体どういうことなのかというと、それは文末へと帰結することでおよそ解明できた。

>そうじの時, 伸一 のとこに写真を わたし に いった時 . ついで に 話してくれたこと.

キョーコさんの文章上の特徴として、男として見ていない人を記述する場合は毎度呼びつけだ。弟と同じような感覚なのだろう。

>金山君は 山 角 佳 子 さんのことを好きで

金山君には好きな人が既にいて、その名はなんと、山角佳子さんとのこと。キョーコさんが好きな四人の中の一人「山角君」と同じ名字。

山角佳子さんがキョーコさんや金山君と同学年なのは確実だろう。年上だったら”先輩”と付け加えるだろうし、年下だったらさん付けはまずしない。日本的年功序列制度は、この時代(だからこそ?)、この場所でも、確実に根付いていたはず。

まさか、山角佳子さんと山角君は双子なのか、それとも、単なる偶然か。住んでいる場所が近くて、その周辺の住民の多くが同姓ということはままある。

>佳子さんも ……  その時 私は ガ     ン と 頭に.

佳子さんの方も 、金山君が好きということらしい。つまり、両思いということが判明し、頭を打ち付けられたようにショックを受けた、キョーコさん。

>なんということ や っぱり 失恋 なのでしょうか

告白をして拒絶されたわけでもないのに、実に控えめで消極的な、彼女。「佳子からぶんどってやろう!」とまでは思わないようだ。『あの時、無理矢理にでも告白、または奪ってやれば良かった。たかが学生時代のことなのだから』と、誰しも、数十年後に振り返って思ったりするものだが、現在を生きている本人にとって、それはそう容易いことではない。

>死ぬほど 今日運動しました.

>陸上 に 卓球の練習で , それ で 忘れよう と しました.

金山君と佳子さんが”両思い”だったという、彼女にとっての絶望的な現実の”記憶”を、頭の中から薄れさそうと、血迷ったのか、死ぬほど体力を消耗することで忘れようとした、子供じみている、キョーコさんの凶行。

ここで、前述の問題提起が、最後の答えに繋がることで、彼女の本心が解明される。

>修学旅行の時のこと を思い出す と 友達 の 気持ち*にしかおもえない

>でも  私は恋人じゃなくても 友達で いたい .修学旅行の時のように

これほどまでに金山君が好きであるはずなのに、修学旅行のこともあり、彼を友達としか思えないという。なぜならば、佳子さんとの両思いが判明をしたにもかかわらず、もし自分が顧みもせず告白をして、断られたとしたら、恋人としてどころか、友達としての立場さえ失ってしまうことになると、彼女は思っているに違いない。自分に自信が全く持てなく、常に弱気な彼女は、でも、金山君への想いは殊更強いがために、せめて、友達でいいから、関係を保っていたいと、願っている。あの笑いの絶えなかった、修学旅行の一夜のように。

傷つくのを恐れるあまり、何もかもが楽しかった、あの修学旅行の夜の思い出に浸って、殻に閉じこもりながら、この先、生き続けようと、決めたかのような、彼女。

でもやっぱり、このままではいけない、ここが踏ん張り時だと、私にもいずれ日の目を見る時が来ると感じたのか、最後のセリフには、ここ最近、省いていたある言葉が付け加えられていた。

>まけるな キョーコ . クジケルナ きょう子 前を向いて Let' go.

自身の名前が久しぶりに挿入されていた。彼女の奥底の強い意志を感じさせる締めゼリフだった。



08-09
1978 ・   6月8日 (木)   9日  0:47
つかれたよ ~~ ん 今日、遠足だったのだ . そのあと
卓球の練習. でも もっとやりた . 足 いたくなかったらね
 どうしたらいいの おしえて . 金山君    の バカ ,
 アホ バカ バカ バカ  もう しらない
  マケルな クじけるナ    おやすみ

1978 (53)   6月9日   10日  0:30

今日,オナカが * 痛くて *午前 *中 休んで
お昼 ごろ よく なって きたので 学校に行ったの
だった 体育あったの 。 集体 ,
金山君の 顔見れなかっ たけど ,字をみちゃった.
男子の D班 は , 均君.幸造 , 伸一 の 他 の7人で
その中 に金山君が いるのよ . それで そのノートの中を
見ると.金山君の字があったって わけ . 金山君   好きです.
なんちゃって!  まけるな くじける な ガンバレヨ.
    
今日の集体で  佳子ちゃんいなかった。

何の行動もしておらず、ただの情報を仕入れたに過ぎないながらも、本人いわく、失恋したということで、無駄に体力を消耗させて、記憶を薄めさせようと見当違いの努力をした次の日の日記。

遠足という大層な書きネタがあったにもかかわらず、たった数行で書き終えてしまう。

本人が受けたショックは相当なものらしく、陽気さを装ってはいるものの、深い傷は隠しきれていないようで、言葉少なめで一日を振り返った。

翌日、腹痛で学校を休んだキョーコさん。でも、お昼ごろに良くなってきたとかで、学校へ行ったのだという。失恋ショックを勝手に引きずり、仮病を使ってズル休みをしていただけだと、通りすがりの旅人が、数十年後の未来より、勝手に推測してみる。

愛しい金山君と逢える”集体”をやっぱり見過ごすことは、どうにも我慢できずに、家を飛び出したに違いない、キョーコさん。必然的に、金山君への愛情はいまだ継続していると考えられる。

>見ると.金山君の字があったって わけ . 金山君   好きです.

本人を見ずとも、字だけを確認して大喜びする。仕切り直しなのか、改めて、金山君への愛を宣言してみせた、彼女。佳子さんと相対することの、決意表明とも受け取れた。

>なんちゃって!

おどけて否定をしているようでもあるが、彼女の内面で沸々と滾る金山君への情念は、醒めて消失するどころか、ますますより一層、肥大し続けているように見受けられた。

>今日の集体で  佳子ちゃんいなかった。

金山君を巡っての、壮絶な女同士の戦いが、今、始まったのか、そうでもないのか。



 次の日記では、襟元を正しての、恋の再出発とでもいうのだろうか、例の四人の詳細なフルネームを、大胆に、なぜかいきなり書き始める。しかも、>金山君 >中村君 >宮わき君 >山角君 であったはずが、いつの間にか一人脱落者がいて、別の人と交代させられていた。

 さらには、独自にキョーコさんが調べ上げた四人の名前や住所が書かれた紙を、伸一に見られてしまい、大変気まずい思いをするハメになる   



つづく…

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