憧れの金山君が佳子さんと両想いであることを聞きつけ、ただそれだけで心が折れたかのような、キョーコさん。自分から打ち明けることなく、一方的にに失恋感情を抱いて、自暴自棄に陥り、この先の展望をなくし悲観をしたのか、言葉少な気な様子。
自分だけのフリーダムな言論空間であるこの日記内においてさえ、ここ数日、多くを語らずに、味気なくそっけない、ともすれば、投げやりな書き方で・・・もしかしたら、自分を追い込み、やり場のない怒りの感情を、意識下に閉じ込めているのだろうか。
ただ見ているだけで踏み出せない自分に、怒りを覚えるものの、その圧倒的自虐志向ゆえ、言葉を発せず文字にも表すことをしなかった、彼女。本来なら多弁になり、自己分析やこれからの将来的な可能性などを朗らかに自由に書き記したいところだが、このようなサイレントテロを敢行することで、グダグダ煮え切らず内向的な自分に対し、厳しいセルフ制裁処分を下していたとでもいうのだろうか。
そんな塞ぎ込んで”語らず”だった彼女にも、ようやく、軽口をたたくような、余裕、ゆとりが出てきて、いくらかの前進邁進姿勢が文章上からも垣間見れるようになってきた。
1978(53) 6月14日 11:20
99%ねむい 1%は 今書いてる分
今日 集体あったけど いつも男子の人の
顔はみれないのよ. 金山*君 あなたの
お顔をはい見したいです。あなたのことが
好きだ か ら 。 宮脇さんにも会いたい な!
では ねむい から
まける な くじけるな もう だ め!
1978(53) 6月15日 11:50
もうだめ, 目が じゅう血してしまっている !
死に そう つかれた.勉強 (数学 のもんだい 集)
びっちり 2時間以上 かな ?
しかしもっっと もっと 勉強 せねば , で も 今はつかれてんの
卓球の*つかれもあるから . 金山君だけが心のやすまり .
もうねるよ! まけるな くじ けるな ガ ン バ ル のだ ,
99%眠いといいながらも、ここ数日の「べつにない!」で済まさずに、余力の1%の力でなんとか自分の内面を語りだした、キョーコさん。
>あなたのお顔をはい見したいです。あなたのことが好きだ か ら 。
人生のうち、これだけピュアで曇りのない本心を吐露できるような時期、期間が、どれだけあるだろうか。僕の場合だったら、つい格好つけで仮面を被ってしまい、むず痒くなるような美辞麗句を重ねおちゃらけで終始し、たとえ自分しか読まない日記の中とはいえ、素の自分を最後まで出さないような気する。
彼女はすっかり吹っ切れたようにも見えたのだったが・・・
>まける な くじけるな もう だ め!
お決まりのセリフで自分を励まして、復調傾向にあるように装いながらも、「もう だ め!」と、まだまだ完全ではないのだよという、微妙な精神状態であることを、暗に言葉の端で匂わせる。
ポジティブに回復傾向へ向かうような言葉の流れでありながら、「もう だ め!」と、自らを絶望へと突き落とした、彼女流の「もうだめ,」の表現方法だが、それは次の日にも連続して用いられた。
>もうだめ, 目が じゅう血してしまっている !
「もうだめ,」と大袈裟に繰り出すことで、ちょっとした悲劇のヒロインを演じつつ楽しんでいるのか自己陶酔をしているのか。
>金山君だけが心のやすまり
結局、不安定で崩れそうな中学三年生の少女の精神面を現在支えているものは、彼だけのようだ。
1978 (53) 6月16日 11 : 15
今日は あまり 勉強 (家での)をしなかったので
たいして 疲れていないのです. それに 代表部会で
陸上の練習はボツになり 卓球の練習も少しだけだった
のです 。 しかし 代表部会で * しんけい を 使ったので
そ、ちらの方が疲れたのです . でも そんなに疲れてないし
******* ねむくもないのです .
今日は 集合体育が 6時間目 ありまして . 女子は外
男子は内 でも バレーボール . 帰りは男子の* 試合で
おそかったので げん関から体育館をのぞきみした.
金山君の姿を見ましたのです.短 パン はいてたのよね .
でも やせてるから ・・・・・ 。 佳子ちゃんは かわいいし .やせてるし
背は大きいし 足も長 い し 私とくらべても 月 とスッポン
佳子ちゃん が うらやましい . とても かなわない くやし
ほんとに! 金山君 と 佳子ちゃんは 似合のカップルよね .
そうですよ . 私とは くらべもの にならないほど .あ- うらめしいよ .
だって毎日金山君の顔見れるでしょ .オヤスミナサイ まけるなくじけるな
(学校が同じだもん) あと 5日後 卓球大会ガンバルのです
練習
なんて
2-3日だも
んね!
徐々に多くを語るようになってきた、キョーコさん。金山君以外の話題では、卓球大会のことが気にかかる様子。でも本音ではそんなに卓球など興味ないような気もする。あまりにもの取って付けた感がある。そうしないと一日中金山君のことばかり考えてしまうので、あえて大して好きでもない卓球大会のことを”無理くり”思い浮かべることで、気を紛らしているのかもしれない。
>げん関から体育館をのぞきみした.
こういう時は、周囲の友達と”きゃっきゃ”騒ぎながらなのか、それとも、同級生が数名と少ないことや消極的な本人の性格もあり、人目を忍んで文字通り、あられもない格好で”覗き見”しているのか、かなり気になるところ。
>金山君の姿を見ましたのです.短 パン はいてたのよね .
本人は無意識ながらも、思春期の女の子として、金山君の短パン姿に性的興奮を催したとでもいうのか。そして、それ以降につながる言葉、「でも やせてるから ・・・・・ 。」とは。
ちなみに、翌日の日記では、間接的ではあるものの、更なる性的興奮への言及がある・・・
>でも やせてるから ・・・・・ 。
短パンからスラリと伸びた、まるで蝦夷鹿のように細く長い金山君の御御足(おみあし)。それとキョーコさんの足や体型が不釣合いであると、言いたいのだろうか。文章をぼやかしているのは、「皆まで言わせるな」という羞恥心のあらわれかも。
>佳子ちゃんは かわいいし .やせてるし背は大きいし 足も長 い し
彼女の佳子ちゃんコンプレックスはとどまることを知らない。でも、こう言えるような時は、少なからず勝算がありそうだからだろう。全く勝ち目が無かったら、憎悪剥き出しでとんでもない悪口を吐いている可能性も無きにしもあらず。
>ほんとに! 金山君 と 佳子ちゃんは 似合のカップルよね .
キョーコさんがサイコパス的なヘイトスピーカーにならないのは、単に性格が良いからなのではとも思えてきた。僕なら誰も読んでいないのをいいことに、滅茶苦茶書くだろうから。
かくして、キョーコさんは、眩しくもある、金山・佳子のカップルを遠目に指をくわえながら、頭の中でこびりついて離れない金山君の幻影を振り払うようにして、卓球大会に集中する”フリ”をしているのかしていないのかはともかく、再び以前のように明るく振舞いながら、日々の出来事を書き綴っていくようなのであった
キョーコさんは2番の汽車に乗って街へ行く。目的は山ほどの買い物。なじみのファンシー曽我はもとより、以前から目をつけていた、念願のあるショップへも初めて訪れる。その昭和チック、かつ親しみやすい名前のお店は、彼女の満足度から察するに、ファンシー曽我をも超える上位概念の存在に、たった一日で格上げとなったようだ。
あまりにも買い込んで嬉しかったのか、喜々としてそれら品々を事細かく日記へと記していった彼女。
途中、彼女は自転車に乗った佳子さんを目撃する。声をかけるでもなく、ただ見つめるのみで、佳子さんを見ても「羨ましい」という感情しかわかない。そこでふと、金山君の家の詳細な場所を知りたくなる衝動にかられる。地名だけは知り得たものの、そこは家がたくさんあるような場所で、きっちりと家屋の断定まではできていない様子。
そんな無駄な堂々巡りをしている自分に嫌気が差したのか、彼女は遂にある行動を起こすことにする。中村君へ手紙を出すことにしたのだ。
つづく…
「未来に届いたお買い物」 実録、廃屋に残された少女の日記.18
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コメント
コメント一覧 (6)
あきらさん。
女子のライバル同士、手放しで相手を持ち上げはしないですからね。防衛本能のようなものかな。
「佳子さんはこんなにも素敵なのだから、負けても仕方ない。それは私が悪いのではなく佳子さんが素晴らしすぎるのだ」
と言う自身が傷付かない為の言い訳の様な気もします。あくまでも私の推察ですけどね。
プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神さん
高評価のお声、誠にありがとうございます。やっていけるぞ、という自信になります。
超現実世界の本当の物語、ご堪能下さい。
とてもリアルで情景がありありと浮かんできてとても楽しませて頂きました。
ありがとうございます。
ご感想ありがとうございます。読む人はどのあたりが気になるのかなど、参考になります。
道内の駅前はすっかり寂れてしまったところが多いですね。車社会が以前より更に進んで、イオンとかがある郊外に街の中心が移ってしまってます。
北海道を旅行する時は、主な駅前になじみの喫茶店があって、まずその喫茶店に行ってから、市内散策をしたりするのですが、あんまり駅前が衰退してしまうと、老舗の喫茶店でも潰れてしまう場合が結構あるので、寂しい限りです。