ソラリ
 新設されたばかりの、まだ木の香りさえ漂う真新しい体育館で行われた「卓球大会」。

 興奮冷めやらず、火照った体から熱が引くようなことはなく、自宅の勉強部屋まで続いたおさまることのない高揚感をキョーコさんは、思う存分日記へとしたためた。

 たかが卓球になぜそこまで?と怪訝に思う方もいるかもしれない。

 冬の北海道は場所によれば積雪数メートルにもなる。流氷が押し寄せて海辺が氷によって閉ざされてしまうような地域もある。冬期は屋外へ出ることもままならず、数多の道民が引きこもり状態になりがちだ。

 そんな過酷な自然環境の中、体を持て余す若者達に淘汰されるようにして選ばれ、愛され続けてきたスポーツ、それが卓球だった。

 炎天下だろうが大雪が降ろうが、卓球だったら常に一年を通してストイックに己の腕を研鑽し続けることができる。

 バレーボールやバスケはどうなんだという声が聞こえてきそうだが、それは彼女が住んでいるような過疎地域的に否である。つまり、北海道のかなりの地域において不適合なのである。

 一学年に数名しかいないような小規模小中学校では、体育館もそれに合わせて小さい。バスケやバレーボールをやろうものなら、それだけで限られた場所を専有してしまう。なにより、やろうにも、まず人数が揃わない。卓球だったら最低でも二人いれば試合を行える。必要なスペースも最小限だ。

 そんなこんなの理由で、キョーコさんの学校とその周囲で大変活発な卓球の大会も、盛況のうちに無事閉幕をし、ある程度の落ち着きをみせたある日のこと。

 彼女は、今まで見たことがなければ、聞いたこともなく、食べたことのない料理を、自分で調理をして食べることになる。

 たかが北の果てのとある地方に住む一(いち)女の子にそんな画期的で独創的な料理が果たしてできるのかという気もするが、その自信は揺らぐことなく、詳細なレシピも併せて後世へ残そうとの、もしかして思惑でもあったというのか、実に意欲的に事細かな仕上がりまでの過程を日記内にて説明し始める。

 翌日、外国ドラマに夢中になっている自分に子供っぽさを感じ反省をしたのもつかの間、自宅へ押し寄せた親戚のおばさん軍団のあまりの図々しさに、激しい怒りを爆発させたのだった   



24
1978 (53) 6月 24日 (土)    9:57

べつに ”コレ” と いって のせることがないなあ。
1つだけ,  今日, 今まで 一度も 作ったことがなければ、
見たこともなく  食べたことのない料理を作ってたべた,
もち, 家で ! いろいろと調味料を入れて 作ったのだ  ,
スープの味は まあまあだった .  入れた物 は , たまねぎ,
ほうれん草 , ブタ肉  . ウィンナーソーセージ(1本)  である ,
内はもっと やわらかく  味がしみて いれば よかったと
思うよ.*** とり肉の方 がよかったみたい 。
それに  ほうれん草じゃなくて, キャベツの方がよかったと
思う . でも  自分としても まあまあだと思ったよ ,
おいしかった . われががら  , もっと 料理 おぼえたい.
金山君のこと好きだよ.  会いたいなぁ.彼に .  彼らに…。
まけるな  くじけるな    お . オ.オヤスミ 金山君!*友彦君!

**
 
日記にのせるような、特筆することはなかったなぁと言いながらも、自身の創作料理のことをこれ見よがしに語り始めたキョーコさん。

>今日, 今まで 一度も 作ったことがなければ、見たこともなく  食べたことのない料理

過疎地域に住む田舎の中学三年生とはいえ、もうそこそこの社会経験を彼女は積んできているはず。札幌での修学旅行では、洋風料理をいただきながらのテーブルマナーも学んでいた。

その彼女をして、見たこともなくたべたことのない料理とは一体・・・

食べたことも作ったこともない料理というのはまだわかるが、今まで”見たこともない”「料理」というのは、相当なものである。両親がどこからか珍しい素材でも仕入れてきたというのか。

>スープの味は まあまあだった

北海道らしく石狩鍋風の味噌味なのか、スープと記すからにはコンソメか、あっさり塩であるのか、肝心のスープへの細かな言及がなく、『まあまあだった』としか書かれていない。

>入れた物 は , たまねぎ,ほうれん草 , ブタ肉  . ウィンナーソーセージ(1本)  である

見たこともない料理と散々ぶち上げた割には、ありふれた食材ばかりであった。しかも、かねがね彼女は体重のことを気にしていたはずなのだが、ブタ肉にとどまらず、一本だけとはいえ、ウィンナーソーセージまで入れてしまうという、カロリー過多気味の内容。普通なら豚肉だけでおさめておくものだが、プラスウィンナーを足してしまうあたり、彼女の並々ならぬ食欲の旺盛さがうかがわれる。年齢的にも食べ盛りの少女による、自身主導の料理ということで、それもしょうがないと言えばそうなのだが。

>もっと 料理 おぼえたい.金山君のこと好きだよ.

大満足で舌鼓を打った料理の感想後に、 唐突に金山君のことが。キョーコさんはなにも食い意地が張ってありったけの食材を使用して自分の食欲を満たすためだけに料理を作ったのではなく、手作り料理をいつかは金山君に食べてもらいたいとの、慎ましやかな女心があってのことだったに違いない。

たった一人で台所に立ち、佳子さんと両思い同士である金山君のことを、片方で一方的に想いながらも、もしかすると、一生そんなことはないのかもしれないのに、彼に食べてもらいたいがために、中三少女には限界とも思える、新種の料理を苦し紛れに考案した。

『この料理で金山君をこっちに振り向かせたい!』

取り憑かれたように突然に作りだした、彼女いわく『見たことも聞いたこともない料理』とは、なんとかしてきっかけは料理でもいいから、金山君に関心をもってもらいたい。これほどの料理を創作することができる私に、特段の興味を抱いてもらいたい   

まだ幼き少女の切なる淡い願望・・・ともすればそこには、したたかのようで稚拙で浅はかなれど策略のようなものが混在していたというのだろうか。

単に金山君をダシにして腹一杯食べたかっただけということなのか。

新メニューの考案をも彼女にさせてしまう、金山君という人は、果たしてこの先、佳子さんと別れて、キョーコさんの方へなびくようなことがあるのかどうか。

少なくとも、もうすぐページが尽きようかとしている、この『わんころべえ』の日記帳の最終ページまでは、そのようなことは無いと断言できる。



25-26a+1
1978(53)   6月25日  (日)   11:38

今日も 「バイオニック ジェミー  」 を見て よろこんてしもうた.
 大人げないなあ .   それに 並木 の 運動会だった。
見に行きたかったが やめた .  金山君の姿をみたかった
のになぁ !   萬*田さんと .  しかない さんの おばやん
が 家で  仕事 をして 行った  私は  * かみいわの
家のものは きらいじ や  . ずう ずう し い の  なんのって
いやあね  . 私は 花寺家 の 方 が  好き じゃ !
きひん があって  ずうずうしく ないもの . でも
大好きというわけではない 2つをくらべたら
花寺家 の  方がましだとい  うだ けさ
金山 さま .  宮脇さま  .  山角さま 好 き です*さま ,
まけるな .  くじけるな   よくねろ .早くおきよう .

バイオニック・ジェミーとは個人的にほとんど記憶にないが、資料などをネット検索しないで、僅かに残されていた自己の脳内の乏しい知識によれば、事故によりバイオニック化された女性が、怪力を駆使して事件を解決していく、アメリカの連続ドラマ。力を発揮する際の「ダダダダダンンッ!」が印象的。

実際調べてみると、シリーズの第3シーズンが1978年3月から8月にかけて放送されていたようなので、キョーコさんはまさしくそれを『大人げない』と自虐的になりながらも、手をたたくように喜びかぶりついて観ていた模様。

>並木 の 運動会だった。見に行きたかったが やめた .  金山君の姿をみたかった

他校のこととはいえ、過疎地域では一年の中でも一大イベントともいえる運動会へ行かなかった彼女。怠惰ゆえなのか、或いは、次の文言へ繋がることになるが、家の作付け要員にでも駆り出されたのか。

>萬*田さんと .  しかない さんの おばやんが 家で  仕事 をして 行った

おそらく親戚のおばさん達がやって来て、牛か畑の手伝いをしていった模様。キョーコさん一家が、当時、そこそこの規模の酪農家だったということがわかる。

数十年後、僕がそこへ訪れた時には、屍のように横たわる家屋の残骸しかなかったが・・・

>2つをくらべたら花寺家 の  方がましだとい  うだ けさ

一族が周辺地域に住んでいるらしく、それぞれの一家の良し悪しを自己採点してウサを晴らす彼女だった。



夜中に突然、自分は馬鹿だと三度連呼をし、荒ぶりだすキョーコさん。私は人間でそれ以外の物ではない・・・周囲の人が口を挟もうが、自分は自分自身でしかない・・・自由が欲しい・・・ と、哲学的自己問答を繰り広げ出す。

 一方で、世間はピンクレディーの大ブームであり、彼女もその例外ではなく、ある新曲の歌詞と振り付けを人より先に覚えてやろううと、テレビの前で身を乗り出さんばかりに、二人の歌う様に釘付けになる。



つづく…

取り乱した少女と安らぎのアイドル」 実録、廃屋に残された少女の日記.21 

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