チニカ山荘 手袋
 施錠されたドアのガラス窓から見えたもう一つの光景。

 立派に整った玄関だけを見れば、中に人の存在も十分あり得そうだった。

 切り株にYの字型の細い枝が挿してあった。チニカ山荘従業員による手作りのようだが、帽子掛けか、あるいはタオル等の小物用室内物干しスタンドのつもりなのか。分岐した枝の片方の先端にはゴム手袋が干してあったりして、つい先程までお皿を洗っていた従業員がそこら辺にいるような、生々しい人の気配を漂わせていた。

 管理人がひとりで留守番中ということもあるだろうか。

 手製Yの字枝スタンドの一番長くて細い枝の最先端部分には、人目を引くようにして目立つメモ・タグが貼ってあった。そこには『リース 1500円』との表記が。

 こんな、子供が三十分でこしらえたような、手作り枝スタンドが、リースで千五百円もするということなのか。

 雨の日にずぶ濡れで辿り着いたライダーに、これをチニカ側が千五百円で貸し出して、ライダーは部屋にこの枝スタンドをわざわざ持ち込み、グローブや雨具を干すと。確かに便利と言えば便利な道具なのかもしれないが、いくら山奥だからとは言え、あまりにも暴利ではないだろうか。果たしてリース実績はあったのか。倹約傾向が強いライダーやチャリダーの人達は、間違ってもこんな物に、そんな大枚を払うとは思えないのだが。

 濡れた雨具を玄関や軒下で干そうとすると疎まれ、仕方なく部屋の家具の扉などに引っ掛けて干そうとすると、今度はキレ気味に「家具が痛みます」とでも言われ注意を受ける。ライダーや自転車乗りの人達はそうやって足元を見られ泣く泣く、リースで借りざるを得ない状況に追い込まれていったのではないかと推測する。そうでもないと、こんな殿様商売は成り立たないだろう。

 枝スタンドの背後にある長めの切り株の上には蚊取り線香入れが置いてある。出しっぱなしということは、夏季以降、人の気配がここには無いということか。ちなみに、僕が訪れたのは、もうすぐ雪が散らつきはじめようかという初冬。客商売なのに、使いもしない器具を目に見える場所に三ヶ月間もほったらかしにするようなことは通常考えられない。



チニカ山荘 し
 びくともしないガラスドアに更に顔を密着させて覗き込むと、壁にはレリーフのような作品が。

 何ゆえに「し」なのか。

 素人芸術家の頭文字はもしかして「し」?
 


チニカ山荘 消化器
 下に目をやると、飲み物のメニュー札。

『さわやかミント茶360円 うまいコーヒー500円』

 どんなこだわりがあろうと、山の中で提供できるコーヒーの味なんかはたかが知れている。500円とはちょっと強気過ぎるのでは。さわやかミント茶には、350円と書いてから50の部分を60と書き直している跡があった。食堂のメニューがコロッケ定食700円と、飲み物二つしか無いのはかなり厳しい選択肢であるし、しかも食事とコーヒーを頼んだら1200円にもなってしまう。どこのシティーホテルのルームサービスなのかと。

 物価の高いことで知られるスウェーデンのユースホステルに泊まったことがある。駅まで一時間前後かかる場所にあり、周囲に店などは無しという立地環境。朝食が半ば強制になってしまうのだが、朝はビュッフェメニューだけに限られていて、値段は10ドル弱。ヨーロッパのしかも一番物価の高い国ならそんなもんだろうと思われそうだが、アジアなどを散々旅行したバックパッカーからすると、ユースホステルの朝食に千円以上も支払うというのは私的には前代未聞であり得ない。近場に食べる店など無いので、降参して泣く泣く涙目でサンドイッチの具などを選んでいると、横にいた我の強そうな白人の女子高生らしき人が、手許に忍ばせた紙袋に、大量のサラミやチーズ、ハム、パン、クラッカーなどを、ガバガバ入れ込むのを目撃。明らかなルール違反。苦々しく横目で見てたまらずに注意しようかとも思ったが、血相を変えて英語で罵られそうだったので、見て見ぬふりをするしかなかった。

 スゥエーデンのストックホルムならともかく、枝スタンドのリース料金千五百円といい、経営者の方向性がなんとなく”うっすら”と見えてきたような気がした。



チニカ山荘 外周
 玄関は固く閉ざされたままなので、外周回りを攻めてみることにする。

 『~営業中』とあるが、上の字は判別できず。

 ゴミなのか軒下を倉庫代わりにしているのか、足の踏み場もない乱雑ぶり。



チニカ山荘 山ぶどう
 ここの人なら、『摘みたて山ぶどう 500円』 ぐらいのことはやりそうだ。



チニカ山荘 電線
 しっかりと電化されていることは確認できた。



チニカ山荘 裏
 外壁の一部の板が飛散したまま。

 拾って集めた形跡が無いのはなぜだろう。
 


チニカ山荘 廃品
 廃品回収業者などやって来ないから、歴代の家電品が捨てられたままに。



チニカ山荘 電子レンジ
 かなり年代が古そうにも見えたが、スチーム機能やオーブンなど、思いのほか最新機能を搭載している電子レンジだった。目立つ所にメーカー表記がないので、業務用の強力なやつかもしれない。



チニカ山荘 テープ
 テープデッキと、上のは8トラック。

 音楽用カセットテープ市場は1970年以降、下のコンパクト・カセットが主流となったので、8トラはそれ以前に使われていたことが濃厚か。



チニカ山荘 壁面
 チニカ山荘の外壁塗装の赤色がまだそんなに退色していないので、思っていたほど古くもない建物かもと考えられたが、補修として塗り直してあるようなので、案外歴史のある山荘なのかもしれない。

 位置関係で言うと、玄関とは真反対の方へ行ってみる。



チニカ山荘 崩壊
 建物の玄関側はまだ通常の状態を保っていたかに見えたが、その反対側は、凄まじい壊れようだった。

 片方側だけの崩れ方がこれほど酷いということは、一方向から強い力が加わったと考えられる。地震ではないだろう。竜巻でもない。爆弾低気圧でもなさそうだ。
 

 チニカ山荘の玄関とは反対側の壁はほとんどえぐられていて、中が剥き出しになっていた。

 残留物がほぼ手付かずでそのまま残されており、着の身着のままで逃げ出して行った形跡があった。それこそ、裸足で逃げて行ったのではないかと。

 調理場の壁に貼ってあったレシピのメモ書き。

 ライダーからの暑中見舞い。

 ピラミッド状に積まれた風呂場の桶。

 給湯システムの稚拙な説明書き。

 従業員部屋のポスター。

 倉本聰からの有り難い言葉   

 
 山奥で被災を受け、そのまま忘れ去られ、まさに朽ちて行こうかとしていた廃墟山荘へ、膨大な遺留物に圧倒されながらも、”その”理由を探るためにも、踏み込んでみることにした。



つづく…

「食堂の裂け目よりの進入路」 廃墟、『チニカ山荘』荒くれ探索.4 

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