かどや 従業員部屋
 首を宣告され、酔いどれ酩酊状態になった従業員達が、荒れまくって部屋中の物という物を手当たり次第に投げ散らかした・・・かのような・・・としか思えない光景が数十年間放置されたままにあった。

 まるで脱ぎたてで、人の熱さえまだこもっていそうなグレーのスラックス。紺色の厚手の綿入りジャケット。

 世から隔絶された廃墟空間では、止まったままの時間の中に身を置くことができる。

 止められた時間の少し前の最盛期”かどや”に思いを馳せながら、自分はその頃何をやっていたのかと、記憶を遡ってみる。

 先日、遂に廃止となった、留萌本線の留萌~増毛間だが、まだいくらか賑わいのあった当時の終着駅の増毛駅待合室には、大荷物などを持たない地元客十数人がいて、世間話で会話が弾み活気にあふれていた。そこへ割って入っていった利発そうな少年が”この僕”。

 その頃は”終着駅”に特にこだわっていたので、増毛駅は是非とも行きたかった外せない場所。

 荒波が打ち寄せる沿岸をトコトコ走る単線の末端にある終着駅「増毛駅」。留萌本線の踏破が目的だったので、増毛で何かを観光する気などなく、一時間後ぐらいの列車で折り返す予定だった。

 当時は日本にまだバックパック文化が根付いていなく、ああいうのを背中に背負っているとそれは「リュック」と呼ばれ、主に山登りに行く人が使用する物で、列車旅行には大袈裟と見られていた。

 なので僕はスポーツバックを携えて旅行をしていたが、一応、たすき掛けができるベルト付きであったものの、それをしても肩に食い込む痛みのダメージは計り知れず、長距離の移動は困難を極める。

 だから駅周辺を散策する時は、駅に荷物を預けることにしていたが、ローカル線の終着駅ではどこでも待合室の椅子に置くだけで良かった。貧相な子供のスポーツバックなど誰も狙わないし、道内大抵の待合室はそこそこの人で賑わっていたので治安も見るからに良さそうだったから、目を血走らせて用心する必要も無い。

 東西南北、終着駅での僕は主に何をして時間を潰していたかというと、駅を降りるとまず駅前商店街を探し、その中に大抵ある古本屋へ行くことにしていた。立ち読みで時間が潰せるし、相場からかけ離れた安い本などあれば、それを購入して自分のコレクションに付け加える。

 増毛駅でも同様にバッグを待合室の椅子に置いて駅前散策へ。増毛駅は『これぞ終着駅』といった情緒にあふれていて、駅を越えた先にある車止めや、待合室内で数時間後の列車を気長に待ち続ける人々、駅中そば屋、駅周辺の活気の無さなど、鉄路の行き止まりの物悲しさを感じるのにこれほど似合う駅はない。

 増毛駅周辺散策の結果はというと、次の列車に”もし”乗り遅れてしまったらという恐怖感と、置いたままのバッグは安全だと思いながらも『もしや』という心配、などが常に頭の中を駆け巡っていたため、思う存分の町歩きはできずじまい。それでも十数分は歩いたが、駅前商店街などは見つけられず、街中の人々も蒸発したのではないかと思わせるぐらい出会わず、これもまた『終着駅』に相応しい光景がそこにはあった。

 かれこれ数十年後に車で増毛駅に訪れることに   

 駅周辺部の寂しい印象は変わらなかったものの、過疎化しているとはいえ、街の営みはきちんとあって、駅から離れたところにお店の集まりもしっかり存在していた。繁華街は駅から若干遠いので、列車で増毛へ来た時には気が付かなかったのもこれでは無理も無い。

 駅が誕生して街が繁栄していったのではなく、既に街が栄えていたのでスペース的にしようがなく街外れに駅を建てたパターンではないだろうか。だとしたらこの駅周辺部の相当な寂しさも頷ける。

 ちなみに、増毛市内を車で流していたら、地方にありがちな文房具屋兼おもちゃ屋さんがあったので訪ねることに。わりかし最近の文具やおもちゃと並んで、とてつもなく古いTVゲームのカセットが単独で一本だけ売っているのを発見。ファミコン以前の機器用。お値段千円。勿論、不良在庫の大幅ディスカウント価格。ヤフオクで売れは結構値が上がりそうだと思い購入する。

 北海道から自宅へ帰り、ヤフオクにカセットを出品。出品価格を三千五百円にして様子を見るが、ウォッチリストに二名しかいないわ結局落札されずで、最終的に千円まで下げてなんとか落札してもらった。夢見ていた数万円なんてのは幻のまた幻に終わる。ヤフーの手数料や手間賃などを考慮するとどう考えても赤字。相場の分からない物に手を出すのは危険だと思い知る。箱の皺とかを気にする人もいるので、北海道からの輸送には最大限神経質に配慮したり、本当に無駄なことに時間を費やしてしまった。
 

 
かどや 倉庫
 少年期の増毛駅での思い出に浸りつつ、部屋を移動すると、薄暗くてカビ臭い蔵のような空間に入り込む。



かどや 黒厨房
 板張りの床。かどやの厨房だった。

 ラードでコーティングされているかのような光沢を未だ放つオイリーな床。



かどや 冷蔵庫
 錆びた表面。

 薄切りのジンギスカン肉を冷凍させ、定番のレモンソーダ&アイスコーヒー、カツゲンやガラナジュースなどを冷やしていた。かどやの規模にしては小さい気も。



かどや 廃油
 かつてここで食事が作られていたとは、にわかには信じ難い不衛生感が漂う。

 ただの一度でも、油の付いた壁を掃除したことがあるのかと。

 床に落ちた揚げたての”熱々”ザンギを何食わぬ顔で皿に盛り付け直す不届きな調理人がいたとか、いないとか。



かどや 蛇口
 残された食券に「ホタテ定食」があったが、刺し身の生ホタテだとしたら、衛生面がとても気になる。

 なま物調理で事故を出せば”即死”レベルの非衛生的な厨房だ。



かどや あぶら
 酸化して真っ黒になるまで使いまわした油をたっぷり溜め込んだ瓶か。

 あらゆる害虫が出入りしていたような床の裂け目。



かどや シロアリ
 シロアリが食い尽くした木の床。



かどや カウンタ裏
 ストレートではなく、多少のアーチがかかったカウンターにオーナーのこだわりを見る。店内センターにあったオレンジカウンターも、クッションで弾力性を持たせ、従業員への愛情を感じさせていた。



かどや シンク
 今や栓の紐だけが、シンクを吊るす命綱。

 あくまで推測だが、シンク内の水垢が左へ片寄っているということは、この状態で水の出がありながらも長期間固定されていたということになる。

 負債がかさんで外れかかったシンクを直すお金もケチって、そのまま、爪に火を灯す思いでカツカツと営業を続けていたとか。

 文句を言いながらこの不安定な洗面台で手を洗っていた従業員。流れ出る水は床へ全部ジョロジョロと垂れ流し。



かどや 細缶
 転がりきれていない缶。



かどや 蚊取り
 電撃捕虫器。

 これの家庭用版とも言える、ラケット型のがあるが、当初、イタズラ用のおもちゃと思って気にもしていなかったものの、東南アジアを旅行すると皆使用しているので、影響をされて自分でも購入してみた。使用してみてあまりの実用性の高さに驚く。途上国ではろくなお土産が無いが、ラケット型捕虫器に関しては、今までで一二を争う海外土産の逸品として現在に至るまで重宝している。



かどや スープ缶
 かどや特製味噌ラーメンの正体。出来合いの業務用スープを使用していた模様。

 時計台の大きいイラストが目印の缶だが、ざっと調べた感じでは、現在はもう製造をしていないと思われる。業務用のはそう簡単にデザインを変えないので、あるとすれば今も同じデザインで売っているはず。

 ポテト料理に注視するばかりに、売れ線のラーメンの味にはこだわりを追求してはいなかった、かどやオーナーの脇の甘さ。


 次では、悪臭漂う厨房を更に深く踏み込んで行き、パースの見渡せる巨大宴会場にもお邪魔して束の間の休息タイムを。他にも、トイレや昭和の名残りが香る品々との遭遇にいつしか顔もほころびだす   



つづく…

「地下大空間の鳥」 昭和の栄華、廃墟ドライブイン『かどや』の夢.7 

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