かどや 厨房の中
 衛生観念の著しく低い厨房の裏付近にあった業務用冷蔵庫のドア。

 北の国からでは五郎さんが純に向かって「ここ(富良野)での冷蔵庫は物を冷やすのではなくて、凍らせないようにするためのものなのです(シリーズ初期では父と子がお互い敬語)」と、東京とは全く違う北海道の冬の厳しさを教える印象的なシーンがある。かどやの冷蔵庫も夏の短い期間をのぞけば、まさにそのような使われ方をしていたのではないだろうか。

 大型冷蔵庫のある廃墟に訪問した際には、白骨化した遺体でも隠してあるのではと毎回注意深く庫内を確認することにしているが、今回も無かったようなのでホッとした。



かどや はんこ
 色味だけなら建造八十年ぐらいの醤油蔵。どこかで嗅いだことがあるような、鼻粘膜がむず痒くなるよそのすえた臭いは、記憶を遡って照合してみると、剣道部のロッカーから漂ってくる防具の刺激臭か。相撲の廻しでさえ外に干して紫外線殺菌をするというのに、汗が大量に染み込んだ剣道の防具は、ジメッとした薄暗い部屋にあるロッカーにいつも入れたままだから、濃厚なアンモニア臭を常時放っている。

 そんな、防具のある醤油蔵のような、かどやの厨房を抜け出し、ユニバーサル・デザインが施されたカウンターのある場所へ戻る。

 柄の長めな判子が数十年間も立ったままに。

 悪用されないためにも、判子や領収書のたぐいは持ち去るものだと普通考えそうだが、それができていない廃墟がほとんど。苦しくて脱出という、共通した事情が同じようにそうさせているのかもしれない。



かどや フェリー
 色褪せて剥げかかっているフェリーの写真が床の上に。

 その昔、東京の晴海埠頭から釧路港までフェリーで行ったことがある。所要時間三十三時間。今はどうだか知らないが、当時は日本一の長距離フェリーだったと思う。

 季節は真冬。二等の座敷カーペット席は僕以外に二~三人ぐらいしかいない。乗客のほとんどは長距離トラックのドライバー。彼等は同じ二等でも特別の待遇を受けていて、「ドライバーズベッドルーム」のような名前の部屋で僕達より少しだけ優雅そうにくつろいていた。

 船は老朽化して船内の照明は薄暗く、客もまばら。楽しみといったらレストランでの食事ぐらいだが、メニューは焼肉定食とハンバーグ定食の二種類のみ。味は不味くもないがうまくもなく、ごく普通。値段はどちらも九百八十円。安くもないが船内なのでまあこんなもんだろうと、許せるレベル。暇そうに客席でだべっている調理人とウェイトレスといい、二種類の固定メニューといい、その後に乗ることになった世界一の長距離列車「シベリア鉄道」と、どこもかしこもそっくりだった。

 共通した北の最果ての長距離移動の乗り物という将来展望の望めなさ。非効率の極み。最盛期はとうの昔に過ぎ去った感・・・などが、人間から活力を奪い、目から輝きを失わせ、退廃的にさせるのだなと感じた。

 その暗いフェリーでの唯一の救いでもある経験は、早朝に到着した釧路港で生まれて初めて見た「けあらし」。

 海面からゆらゆらと湯気が沸き立っているその光景は実に幻想的。

 それから何度も冬の北海道には行ったものの、けあらしが発生をする瞬間には立ち会っていないので、人・船体ともに生気の無かったあの長距離フェリーでの不毛にも思える長時間乗船経験は、決して無駄なことではなかったのだなと、今ではそう前向きに考えられるようになってきている。



かどや 階段
 そういえば、トイレ・チェックを忘れていたなと、階段を下っていく。



かどや トイレ
 以前の廃墟でのように、ビンテージバイクが隠してあったりとか、特筆するようなことはこれと言ってなし。

 もう探索もここまでかと、帰り支度でもしようかと思ったその時、最深部にて広大な一部屋と遭遇。



かどや 宴会場
 釧路行きの長距離フェリーもこのような広い雑魚寝部屋だった。

 畳ではなくレタスみたいな緑色のカーペットだったが。



かどや 緑
 かろうじて、自然の侵入を瀬戸際で防いでいる。



かどや コーヒー
 部屋の片隅にペプシがかつて発売をしていた「バーディー・コーヒー」。

 缶コーヒーごときに 『ブルーマウンテン?採算が取れないだろう』 と思ったものの、よく見ると「ハッピーマウンテンブレンド」との表記。

 このコーヒーが本国ペプシコ資本のもと発売をされていたのが、1994年頃。その時既にコーヒーの缶を飲み捨てても構わないような”やさぐれた”状況がこの部屋に存在していたのか。



かどや 内装
 畳敷きの大広間ということで、宴会場かもと思ったが、小規模でもせり出しのような舞台設備が無い。

 修学旅行生のような団体客を押し込む大広間兼、時には宴会場だったのではないか。

 十代の頃はよく無人駅や無人バス停、名古屋駅の券売機カウンターの上でも寝た経験がある。東北の田舎町の自販機の下や、バイクで東京に帰る時に力尽きて、宇都宮付近の車が通る国道沿いに直に寝転んだことも。その時だったら、この畳の上で大の字に寝ることぐらい、なんともなかっただろう。

 でこぼこが無いので車中泊よりはよく寝られそうだが、いいおっさんになって寝姿を肝だめしのグループに発見されて絡まれても嫌なので、時間がまだ早いということもあり、ここでの一泊は”まだ”判断をし兼ねる。

 ビジネスホテルに泊まり、翌日は車中泊というパターンをこの廃墟旅では繰り返している。車中泊の日には、かなりの熱視線でバス停や屋根のある無人施設に注目しているが、これぞと踏み切れるような好物件は北海道でもなかなかない。

 

かどや 剥製
 鷲だか鷹だかわからないが、躍動感のある剥製の置物を発見。

 廃墟での剥製遭遇率はかなり高い。存在感はあるので興味本位で開業当初に奢って買ってはみたものの、いざ廃業となると売れそうもなく、持ち出すにはかさばり過ぎると。



かどや 上から
 上からのカット。

 これまでの人生で考えようとしたこともなかったけど、剥製の中身はこのようになっているんですね。



かどや 陰影
 大広間の探索を隅々まで敢行をし、更に上へ戻り未探索部分を這いつくばるようにしての洗い出し作業   

 かどや館内で、ちっぽけなプライドが邪魔をしてビバークすらできないというのなら、眼前にひろがる広大な駐車場スペースで車中泊はできないものかと、最終的な判断を下すことにする。

 

つづく… 

「もたれかかるスピンドル」 昭和の栄華、廃墟ドライブイン『かどや』の夢.8 

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