7 史之舞が通院をしている施設内にあると思われる”部屋”に兄弟仲睦まじく泊まったキョーコさん。

 朝食は昨晩の”冷やしラーメン”の具材を見事にアレンジした洋風ブレックファースト。 その文面からは”スーパーホテル”のようなビジネスホテルの朝食にも負けてはいなさそうだ。冷やしラーメンの後には喫茶店にて、 チョコレート・パフェとミックスサンドまで彼女は平らげていた。中学三年生の育ちざかりということもあるが、年上の史之舞に至っては、所持金が無くなるまで食べ続けるという旺盛ぶり。もしかしたら史之舞は抑制が効かないというか、自分でコントロール不能になってしまう場合があるのかもしれない。

 そんな兄弟の素行にも彼女は文句の一つ言うわけでもなく、包容力を持って接しようと努める。

「史之舞の よく たべること . 金がなくなった .」

 自分しか読まない日記の中でさえ、なんとかここまでの表現で押しとどめておこうとするその姿勢には、深い兄弟愛を感じさせずにはいられない。

 北の大地の地中に埋(うず)まりかけ忘れ去られようかとしていた掘り起こし兄弟愛エピソードが、更にもうひとつ加わることになる   

 史之舞の部屋で洗濯をしたまではいいが、部屋中が水浸しになってしまう。その理由を多くは語らないキョーコさんだが、前後の文脈からすると要因は史之舞にありそうである。

 「史之舞にかかったらどうにも   

 変な所のスイッチが入ってしまった史之舞が、給水ホースを外してまるでカウボーイのようにホースを頭上でクルクルと回転させながら部屋中に水を撒き散らしたのか。

 脱水がまだ終わっていないのに衣服を取り出して、無邪気に部屋中に濡れたままの服を次から次へと投げ出したのか。

 詳細は語られていないが、大方そんなところではないだろうか。

 呆れ怒りながらも、妹の私が良き理解者になれないようでは誰が史之舞をこれから支えてくれようものか・・・

 「史之舞 も 来て とたのん で ,駅 ま でさ そっ た   

 このまま一人で史之舞の家から去って行くようでは、精神の不安定な兄弟をまるで見捨てて出ていくようにも感じてしまったのか。

 駅まで行くのに史之舞を誘うキョーコさん。その行為に込められた意味はいろいろありそうだ。

 抱いた怒りへの贖罪。兄弟の結束をより強固なものにという己への誓い。少しでも二人で長くいる時間を持とうとの無意識からの衝動。

 駅からの列車では金山君と乗り合わせてはいたが、ボックスシートに包まれての談笑とまではいかず。運も一歩前へ踏み出すことも・・・・・・積極性が無いから運も巡ってこないのかはともかく、後ろ姿を見届けるだけに終わってしまう。
 

 浸水をしながらも兄弟の絆はより深まり、一方、北海道の学校では夏休みを迎えようとしていた。

 学校での一、二、時間目に、東京の中学校ではまずやらないようなことをさせられる。学校の規模や自然条件ということもあるのだろうか。

 お兄ちゃんが将棋の対局相手として登場をする。彼も学生なのかどうか。将棋の指し手をアドバイスしてもらったり、史之舞とは違い、通常の兄弟関係として気苦労なく接している様子。

 それだからなのか、金山君他、恋愛三人衆の名前を書いた例の紙を兄に見られてしまうが、均の時ほどの狼狽ぶりはない。

 待ち焦がれた夏休みになるということで、キョーコさんは大胆に自分を変えてみたいとの願望を持ちつつ、終業式があったその夜、いくつかの宣言を高らかに日記へ書きしたためることになる   



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1978(53) 7月24日
      (15日 0:50)
 今日は 学校 の勉強は
なにも な し  . 1.2 時間目は
除草 を やって.  3.4.5.6時間に
レク を やった .計画どおりじゃな かった
けど まあ ましだった  .
3.4.5  時間目 に  ソフトをやり

 6時間目 は  バスケ を やった  。
BUt*   私は まだ かぜを ひいて
 いるので  バスケは やらなかった 。
上月 先生 が  試合の とちゅう で
 また 例の話し がブーブー始まって
ふんがいした  。  ああねむたい
もうねます  。 金山君に会いたい .
友って かっ コイイよ .  私の方が 早く
産まれてるのかなぁ , 上かあ .金山君 .友 ……。
 博君 スミマ ヘン  . 均にいつも言われて ん の よ .
まけるな  くじけるな   オヤスミ

もうすぐ夏休みを迎えるということで、授業は特別な内容らしい。

>1.2 時間目は除草 を やって.

二時間も費やして生徒が除草をやらされるのだという。北海道ならではなのか、少ない生徒数ゆえなのか。忘れ去られた廃校や廃墟に行くと草がぼうぼうなのは、やはり人の手によるメンテナンスが出来てないからのようだ。

>3.4.5.6時間にレク を やった .

レクとは、レクリエーションのことだろうか。学期末、終業式前、僕の頃はお楽しみ会と言っていた。

大概、手品や劇などをやるわけだが、毎回内容が似たり寄ったりなので、僕は小学校低学年のある時期、もうひとりの友達と”二人羽織り”に挑戦したことがある。それも現代風アレンジ。

仕切りの同級生の女の子なんかは「二人羽織り?何それ?民謡でもやるわけ!?」と、本来の芸自体を知らないようで、当初は相当見くびられていた。

粉末の風邪薬を飲んでわざとくしゃみをしたり、出来もしないルービックキューブを執拗に長時間焦らすほどいじくり回し、挙句の果てにはそれを客席へフルスイングで投げ込む、など。現代風のアレンジが大受けをし、全ての出し物の中で圧倒的な一位を獲得。

大爆笑をかっさらい、大ウケのステージの後に見た仕切りの彼女の苦々しい顔は今でも忘れることができない。

その一年後。クラス替えはなかったので生徒は同じメンツ。お楽しみ会はまた彼女の仕切り。

彼女の強い提案で、なんと、お楽しみ会は全員が”二人羽織り”をやることになってしまう。おまえ、そんなに気に入っていたのかと。しかも僕に審査員をやってよと言う。

審査員長ということもあり、その待遇の良さから断る理由もないので引き受けたはいいが、僕の考えた演出を誰も越えることができなかったばかりか、一年前のネタをパクっているのもいるし、クラスの彼らのアイデアの貧困さと応用力の無さには目を覆うしかなかった。

>6時間目 は  バスケ を やった  。

除草にお楽しみ会にバスケ。心も踊る学期末。

>上月 先生 が  試合の とちゅう で また 例の話し がブーブー始まって

試合の途中ということは、ルールに関してだろうか。やたら細かい先生で、厳格なルールを生徒に課していて煙たがられていたとか。

>ふんがいした  。

おそらく、キョーコさんが最近覚えた言葉。聞いてよと言わんばかりに多用しだしている。

>友って かっ コイイよ .  私の方が 早く産まれてるのかなぁ , 上かあ .金山君 .友 ……。

まるでノルマでもあるかのように、金山君の話題を出さずにはいられない。

>博君 スミマ ヘン  . 均にいつも言われて ん の よ .

かつて、キョーコさんの好きな四人衆からただ一人抹消されてしまった、中村君のことだろうか。それとも、キョーコさんのことを好きだと博君が均に相談をし、キョーコさんが返答に困っているとか。



25
26
1978   7月25日   (26日  1:00)

 今日 .  兄ちゃん と しょうぎを し た  .
さいご  * は  めちゃく ちゃ .  2 回 たすけて
 もらって そして  アドバイスを  しても*らって
最後には なんとか うまくいっ  た ,
 学校 では  小学校がプールに行っ た。
明日は  終業式 だ
三年生だ  . 私も  .いっしょうけんめいガンバル
金山君めざして ! まけるな くじけるな  *おやすみ

                              He  is  happy
1978 (53) 7月26日  11: 25

今日は .* 終業式 だった。 校
長のお話 が 長かった。 もう  *うんざり.
明日は  .夏休み の 計画表を作ろう.
時間が あったら『フリ』  したい  .髪も切 る かな
前髪ね  。 あと できれ ば 部屋も
そうじ しよう  。 ああまず い  お兄ちゃん
に ,列の紙 を見られた 。 くそう 。まずい!
金山友彦君 のこと .宮脇元弘君  .山角好司
君 ,  のこと知られた .もうねます  ,
まけるな  くじけるな   おやすみ  .

今までほぼ話題に出てこなかったお兄ちゃんが登場。

>今日 .  兄ちゃん と しょうぎを し た  .

史之舞と違い、どこにでもあるごく普通の兄弟関係がそこにはある。

>明日は  終業式 だ

>三年生だ  . 私も  .いっしょうけんめいガンバル

キョーコさんにとっては中学校生活の最後の夏休み。少し先読みしたところによると、どうも高校進学は絶望的のようなことが書いてあり驚く。寸前のところまで来て自暴自棄になっているようだ。

>金山君めざして !

目下の受験勉強から目をそらすために、叶い難い金山君への愛の中に現実逃避をしてしまっているのでは。高校へ行くもんだとの前提で、この日記を書き進めていたが、一体・・・。

>今日は .* 終業式 だった。

北海道では、冬休みは長いが夏休みは短い。

>明日は  .夏休み の 計画表を作ろう.

この時点ではやる気がみなぎっている。

>時間が あったら『フリ』  したい  .

これを最初に読んだ時、白抜きの右側の括弧が小さい「ょ」に見えてしまった。つまり、キョーコさんは”フリょしたい”と言っているのだと。思春期特有のイメージチェンジ、夏に自分を大胆に変えてやるといったアピール。

どうせキョーコさんは「不良」を「ふりょ」と読み間違えていると、なかばバカにしてしまっていた。

>『フリ』  したい  .

よく読んでみると、これはピンク・レディーのフリかなんかのことなのだろうか。

>髪も切 る かな前髪ね  。

なぜそのような読み間違いをしたのかというと、「前髪を切る」と宣言をしているので、文脈的に整合性がぴったりと合ってしまっていたからだ。ぴったりと言っても、髪を染めるまでは言っていないが、そこがまた彼女らしいかと。

今も昔も変わらない、夏休みデビューは程度の差あれ、この頃も存在していたということになる。

>ああまず い  お兄ちゃんに ,列の紙 を見られた 。 くそう 。まずい!

均に盗み見られた時には『恐ろしい~』とまで漏らしていたキョーコさんだが、お兄ちゃんの場合はそこまでの切迫感はない。

これは、女性が電車の中で化粧をするのと似ている。自分の本来のテリトリーと関わっていない人になら、何を見られても構わないという心理。

>金山友彦君 のこと .宮脇元弘君  .山角好司君 ,  のこと知られた .

前は死にたいぐらいのことをこぼしていたのに、クラスの人間でもないましてや親でもないお兄ちゃんに知られたぐらいでは動じることのないキョーコさんだった。



 待望の夏休みに突入をする。翌日早々にキャンプへ行かされるキョーコさん。上月先生も同行しているので、学校主催のようだ。

 お昼に皆である遊びをするが、東京では全く聞いたことのない名前だ。北海道特有の地域的なものなのだろうか。無邪気に日が暮れるまでずっとそれをやり続ける。

 東京でのキャンプだったら夕食はカレーか焼肉が定番だが、キョーコさん達はやはり、あの例の料理をたらふくご馳走になる。

 花火をしたかと思えば、せっかくの手作りお化け屋敷を批判したり、男子のテントにお邪魔してトランプ大会にと、中学校生活最後の夏休みを大いに彼女は楽しむことになる。



つづく… 

「女子中学生のラスト・キャンプ」 実録、廃屋に残された少女の日記.32 

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