かどや 団体
 昭和に退行する館内巡りもようやく終わりに近づいてきた。思い出の取りこぼしはこれ以上無かろうかと、来た道を細心の注意を払いながら戻っていく。

 床に突っ伏したままの団体客用名前表示板。

 倒されたのは、昭和か平成か。外から侵入をした草が枯れ果て、その上に表示板が倒れ込んでいることから、倒されたのは比較的最近のこと(今夏)であろうと、推測してみる。



かどや コニカ
 ここかどやでは、富士フイルムの営業より、コニカの営業が幅をきかしていたことの更なる痕跡。



かどや POP
 ”サクラからコニカへ”とある。名前を二転三転と変えてみたものの、やがてブランドそのものが消滅。



かどや リング
 ロッテのキャンディ「ジュエルリング」の入れ物。当時30円。千と千尋の湯婆婆がしていた指輪みたいな、この「ジュエルリング」というキャンディ。子供ごころにも安っぽくて気恥ずかしいと思いつつも、束の間のセレブ気分に浸りながら、指にはめた大ぶりの宝石風キャンディを、ともすればおシャブリのように”ペロペロ”と舐めていた、遠い日の記憶。

 随分前に生産中止になっているようだが、今でも発売をしていたとしたら、たぶん同じ値段になるのではないだろうか。値上げをして四十円だとしたら中途半端だし、かといって五十円では高過ぎる。日本の経済が明らかに停滞をしている一つの事例を、こんな所からもうかがい知ってしまい、悲しくもなる。

 先日、伊丹十三監督の映画「スーパーの女」を観たが、二十一年も前の映画だというのに、劇中のスーパー「正直屋」での商品店頭価格が、現在とほとんど変わっていないのに衝撃を受ける。それと、なぜか出演をしていた伊集院光の風貌にも。今と比べても伊集院の顔が全く変わっていない。歳をまるで取っていないかのよう。伊集院と同じ事務所の松本明子も出演していたので、バーター出演にしても、演技は結構上手だし、これは伊集院をあらためて評価してあげるべきか、押し付けバーター脇役にも妥協をしなかった、故・伊丹十三監督を褒めるべきか。



かどや 消費税
 特別地方消費税、特別徴収義務者表記欄。

 これを書き込んだ時の意気揚々としたオーナー。この未来を予想できたのか。数十年後、洞爺湖のほとりに巨大廃墟を残すことになるとは。解体したくとも、その費用も捻出できず、気づけばウン十年、そのまま手付かずに   

 可愛い我が子のひな祭りの人形を、そのまま敷地内に捨てたまま、出ていかざるを得なかった、差し迫った状況・・・



かどや 交通公社
 交通公社の土産品店指定を受けたその夜、飛び跳ねるようにして家路についた、かどや・オーナーの眼には、道南の”ドライブイン王”を目指すべく、野望を滲ませた爛々と輝く眼光で漏れ満ち溢れていたとか、いないとか。

 ドライブインとしては勲章でもあるはずの、この看板さえも持ち去らずのオーナー   

 せめてもの存在証明。かつてここに、一時であれ、団体客で引きも切らずの大賑わいの、道南では名の知れた”ドライブイン”が存在していたのだよ、という元経営者としての矜持が込められた、看板をあえて置いていき、後世の訪問者達に   全員とは言わないが一部の人だけにでも   読み取って欲しいと乞い願っていた、かどや・オーナー、その人。

 ここまで威風堂々して、かどやの顔というべき位置に置かれ掲げられていた看板に、廃墟探索者としての僕が着目、気付かないであろうはずもない。

 オーナーの真意を受けとめ、ここに立ち止まり、目をつむり、最盛期のかどやの賑わいに想いを馳せた人間が、僕以外、どれだけいたのだろうかと。



かどや 枝
 いい歳をして徒党を組んで心霊スポット巡りをするのもいいが、残留物を見渡し検証をすることで、そこに残されたオーナーのメッセージを汲み取ってあげられる人間が、僅かばかりでも存在するのだろうかと。



かどや サンヨー
 荒らされる現代の遺跡ともいうべき憂慮される状況にある廃墟にたいして、常々言いたかった一言が、一気に吐き出されることとなった。



かどや 木々
 白樺は腐らないものなのだろうか。公園の柵にあるような擬木ではないと思うが。



かどや さくらカラー
 コニカより更に遡り、さくらカラーのペリカン。この店ではコダックも富士フイルムも寄せ付けなかった様子。



かどや すりガラス
 従業員総出で、郊外の林へ行き、大小様々な白樺を伐採。室内装飾に北海道らしい演出を加えることに見事成功する。



かどや いびつ
 微妙なスペースはご愛嬌。



かどや 丸ライト
 ムーディーな空間を醸し出す吊るしの、ボールライトも用意されていた。



かどや 外
 やれることの全てをやり遂げ、外へ出る。

 巨大な駐車場の片隅には、建物の中のとは更に別のトイレまで設置してあった。



かどや トイレ
 しかも、横並びで二棟も。

 中国人だとお国柄か、建物の中に入る前に外でオシッコをしてしまう場合もあるので、このようなトイレを建てるのもわかるが、当時は中国人はおろか、外国人観光客などほとんどいなかったはず。

 静かに目を瞑ると、数十台もの停車中の観光バス、辺り一帯に充満するディーゼル・エンジンの黒鉛。各観光バスから吐き出される人々。車外へ出るなり猛然と走り出し、我先にと争うようにしてトイレの中へ駆け込む   

 この巨大駐車場を見回すだけでも納得。建物内のトイレだけではキャパシティ不足だったのだろう。

 オーナーにもし、二棟もあるトイレの建設に至るよもやま話を語ってもったとしたら、こちら側としてはさして興味もない自慢話を、小一時間も聞かせられるはめになりそうだ。



かどや 表
 かつて昭和の時代に旺盛を極めたかどやの面影は、一見しただけではない。

 しかしさまざまな残留物から、日の出の勢いであった在りし日のかどや、”昭和の栄華”の”頃”を見事に眼の前で再現をするかのようにあぶり出し、充分ご堪能頂けたのは、もうご承知の通り   



かどや 外観
 車中泊をするのか、しないのか。

   いまだに昭和を引きずるこの巨大パーキングエリアで。



かどや 空
 静けさとグラウンドコンディションは文句の付けようもないが、



かどや スペース
トイレはまぁなんとかなるとして、よくよく考えてみたら、水回りの設備が無い。



かどや 遠景
 歯も磨かず、顔を洗わないような状態での早朝のセイコーマート入りは厳しいと考え、それだけの理由ではないものの、かどや駐車場での車中泊は断念をする。

 ポテトフライをつまむ子供。地下の宴会場で踊り出すサラリーマン。じっと彼らを見つめる羽ばたく鳥の剥製。カウンターで談笑をする従業員達。

 瞼に自らが描き出した往時の映像を焼き付け、あの誇らしげなオーナーの矜持、掲げられたかどやの顔に”また”挨拶をしに来ることを誓い、惜別の思いで、起伏のあるアスファルトの駐車場を慎重に移動をし、流れの早い幹線道路に出て、最寄りの道の駅の方向へ車を走らせた。
 


終わり…

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