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 現在ではもう日曜の昼でも人の姿を見つけることが難しいような遙かなる北の大地のとある街。

 キョーコさんが大草原にある自宅から始発の汽車に乗り、歯医者へと通っていた当時は、主要産業などの衰退による過疎化の波がまだやって来る前だった。

 その証拠に、街にあるかかりつけの歯医者の診療時間までまだ時間があったので、彼女が街中を”ぶらぶら”と歩いていた時のこと。

 ある異様な集団の流れを目にする。

 自分と同じぐらいの年代の中学生くらいの人々が、皆して”明治生命”の方に向かって入っていったのだという。

 本当に人の影さえ日中でも見ないような、コートの襟を立ててひとりで孤独に歩道を闊歩をするのが絵になるような街で、キョーコさんが目にしたものは、にわかには信じられない、若き北海の獅子たちの群れが、引き寄せられるように明治生命の方へなだれ込んで行ったとか。

 遠くない将来、鉄路さえ失ってしまうのではないかという話しもある寂れた街に、人どころか、金の卵とも呼ばれる、中学生の集団が溢れかえっていたという、昔日の白昼夢のような出来事。

>どうしてだ ろうなぜだ ろう  ,  なにが あるんだろう   .  なにを やるんだろうなにをしているんだろう

 だろう、だろう、とキョーコさんの不安を駆り立てる。

 当時さえ異様な光景だったのかもしれない。

 数々の廃墟や廃屋での残留物による検証作業から、多くの新事実を発見してある方面に一石を投じることになったこの僕によるお見立てでは、この集団はテレビか映画のロケに駆り出されたエキストラの中学生集団ではないかと推測された。

廃墟、『ドライブイン丸豊』の闇

今でも わからん勉強のため*の あつまりでも .   
 
 受験勉強において、自分は皆から置いて行かれてしまっているという危機感を抱いているキョーコさんの人肌で感じる直感がズバリ当たっていたのか。現在の街の様子からはおよそ想像できないが、当時なら大手学習塾も進出していただろうという声も寄せられ、大方の見方では彼女の方が正しいとのことのようだ。
 
おかしい ! 金山君  おしえて?   
 
 少女漫画「なかよし」を熟読しつつ、でも危機感だけは持ち合わせているキョーコさん。藁にもすがる思いで、答えてくれるはずもない、日記の中では気安く接しられる憧れの金山君に教えを乞うてみる。

 翌日、ユンボに瓦礫を運ぶ作業ばかりか、草摘までやらされることに。息抜きは漫画という悪循環。

 そんな体力が消耗しきった夜でも、キョーコさんは問いかける。

金山君はなにをしてたのだろう  ?   

 生きる糧、”金山愛”を忘れんがために、復唱するように、毎夜自身ににくどいほど再確認をする健気な彼女。

 明日こそはあらゆる雑念を振り払い勉強をするぞと、固い決意を雄叫びのように、牛舎で眠っている牛をも起こさんばかりの勢いで、『思 っ とる んじ ゃ       !』と日記に書き殴った。

 更なる翌日の日記で彼女は、家のせざるを得ない作業はあるものの、怠けて勉強をやらずに漫画ばかり読んで高校進学が危うい絶望的な現実を、それは日記を書くようになってからだと、心を開放する己の自由な言論空間でもある日記のせいにし始める。

 唯一の生きた証し、日記に全ての原因をおしつけるまでに追い詰められた彼女の戸惑いとは?

 まるで人として、息を上手に吸ったり吐いたりの仕方がよくわからなくなってきたと、彼女は自分を見失い始める。

 エネルギーは潤沢にあるのに、その使用方法がわからないと。

 黒色系の床によるセンサーの誤動作から、目的地を見失い部屋をフラフラと徘徊をするルンバのように、キョーコさんは、先の見えない現状に怒りもどこへぶつけてよいのやら、長文をもって、逃げ道を模索しつつ、でも今回こそは自分を問いただせねばもう取り返しがつかないと、ある一定の答えを出そうと試みる努力をする   



04a
04b
1978年   8月4日    11:25

日記を書くように なっ てから 千 ばづる を
おらなく なった . 昨年にくらべ る と  勉強もしなく
 なった .   なまけ者 に  ,  お ー ちゃく に  なった  .
なにもかもが だめになり  ,  なにもが いやに

なっ て来ている .  人間生 きていれば, 明日が
ある ,  BUT  !  ただ 生 きて いるだ けが
人間と しての正しい 生き方なのだろうか ?
なにも  しないで  明日 を 迎える だけが
はたして  生きる 道 なのか   .  人間として 生き
今の私 に は 人に  ぶつかって 行 くほど の多く
の  .  エネルギ ー を  あまるほど  持っている  .
でも   持 っているだけで つかう こと も な  く
つかえる ことも でき ない,  行動 に うつす ことが
出来 ない  . 人間の道を歩く   . 人  それぞれの
道が ある  .  私は 私自身 の道 を 歩 いている
真* で  あろう  と *  ぎ であろうと
私は  自分の道を歩いているのだ.
私 の 道 は  悪い道で  ある
と ,   知って いて も   どうすることも
出来 ない  .  今の 私 には
なにを するに も どうしてよいか
なにをして いい のか   わからない
自分で は   私 の 心 の 中で
行動のい力が   あ っ て も
なにか が  それを止めている

中学三年生で迎えた誕生日の日に、表紙が『わんころべえ』のノートを用いて日記を開始したキョーコさん。その書き始めでは、親などからの誕生日プレゼントが書き出されていた。肌着等、贈り物の内容は決して豪華とは言えないものの、質素ながらも実用的な品ばかりで、それらに感謝をする彼女のまだ汚れなき心に、読者一同、皆胸をうたれた(たぶん)ものだった。

ちなみに、この「わんころべえ」というキャラ。最近はどうなっているのだろうかと調べてみたところ・・・

わんころべえ (なかよしコミックス)
あべゆりこ



ほぼ原型をとどめおらず、ゆるキャラか”かにぱん”のようになっていた。

>日記を書くように なっ てから 千 ばづる をおらなく なった .

ということは、千羽鶴を折る習慣があったということだが、実は、史之舞と千羽鶴には名前に密接な関連性がある。入院をしている史之舞のために妹である彼女が、「良くなってね」と、せっせと小さい頃から千羽鶴を折っていたのではないだろうか。

>昨年にくらべ る と  勉強もしなく  なった .

今がやるべき時だというのに。

>なまけ者 に  ,  お ー ちゃく に  なった  .なにもかもが だめになり  ,  なにもが いやになっ て来ている .

日記を書き始めたことが本当に怠け者になった理由だと、本気で言っているのだろうか。

そういう僕も、この日記シリーズを始めてから、読者が増えたのはいいが、夕食の時間が遅くなっているような気もする。そのオリジナルを毎晩書いているキョーコさんは、さぞかし時間をかけて苦労していたことと思われる。

>人間生 きていれば, 明日がある ,  BUT  !  ただ 生 きて いるだ けが人間と しての正しい 生き方なのだろうか ?

人間としてただ生きるだけではなく、行動をして結果を求めよということを言いたいのか。

>人に  ぶつかって 行 くほど の多くの  .  エネルギ ー を  あまるほど  持っている  .

そういえば、修学旅行やキャンプでも、先頭を切って男子グループに話しをつけてトランプをやったりと、常日頃、好きな人を想い悶々としているわりには行動力がある。

>持 っているだけで つかう こと も な  くつかえる ことも でき ない,  行動 に うつす ことが出来 ない  . 

エネルギーはダダ余りだというのに、それを勉強に活かすことができないのだという。線より前に出ようとして怖気付いてしまう。

人間の道についての哲学的な見解が長々と述べられていく。根を詰めて内側に閉じこもろうとしているようにも感じられる。

>私 の 道 は  悪い道で  ある

ここまで自分をさらけ出して語っておきながら、日記を廃屋に置いて出て行ってしまう理由が益々わからなくなってくる。様々な状況があったとして、燃やすという選択肢は考えなかったのか。誰でも昔の日記など顔から火が出るほど恥ずかしいものだと思う。やはり、突発的状況で家を出たか、あるいは、持つものも持たずの中で家を出ねばならず、数冊の日記の中で読まれてもまだマシなのを床に置いておき、他は勉強机の引き出しに隠す。床に置いてあった日記帳を読んだ理解力のありそうな人に『この一冊だけのはずかない・・・』と思わせて、部屋の中を探させる。そういう人になら私の日記を委ねてもいいかもと、後々の展開までキョーコさんが考えていた可能性も無くはない・・・と都合よく考えられなくもないが、果たして。

>自分で は   私 の 心 の 中で行動のい力が   あ っ て もなにか が  それを止めている

心の暗黒面を示唆するキョーコさん。その何かを克服せねば、一年後の今は、実家の酪農のお手伝いに汗を流す、親孝行な娘・・・ということになる。それはそれで家族と地域経済にも貢献できる、素晴らしい労働者の鏡でもあるのだが。 



04c
 自分 かって な  こと  だ と知 って いても
どうす る こ と も 出来ない
おも いっき り   なにか  や りた い
しっぱ   いし て も  い  い  ,  くじけても
い  い  , どうなっても いい とにかく
なにかを  やりたい  .   そして   おもいっきり
泣きたい  気 持  ......  . . . . .  . . .  .  .  .  . . . ...。
私 は  もう い やだ ! 勉強 !   勉強!
勉強!  くそ っ たれ  !  バカ  やろう  !
もうやめてくれ !  うるせ     な   !  私が  どうなろうと
かっ*てだ  ! 勉強  しなけ りゃ高校に 入れる
はずが ない  !  BUt  勉強する ひまが ない
どうしてだ ろう  !
   所 ジ ョ ージ  っ  て  カ ッ コ  イイ  よ  .
     金山君 !!わたしは”あこがれ”にしかあなたを
おもわないよ  う  にする  . ステキ な 彼(ひと)と しか 思わ
ないようにする  . ほんと に  彼方ほど”  に .  .  .  .  .
馬鹿  やろ  う  !

まけるな   く じ け る な   オヤスミ  アホ

>おも いっき り   なにか  や りた い

もう就職することを考え始めているのか。野望はあるが何をしていいのかわからないと。酪農の可能性には一貫して触れない様子。

>しっぱ   いし て も  い  い  ,  くじけてもい  い  , どうなっても いい

ベンチャーの起業家のようなひと言が、キョーコさんの口から呟かれる。

>なにかを  やりたい  .   そして   おもいっきり泣きたい  気 持  ......  . . . . .  . . .  .  .  .  . . . ...。

やりたくないのは勉強。でも本当にやりたいことはわからない。気持ちだけが先行をする。

>勉強!  くそ っ たれ  !  バカ  やろう  !

かなり口汚く、自分と社会制度全体に向けられた言葉だろうか。

>勉強  しなけ りゃ高校に 入れるはずが ない  !  BUt  勉強する ひまが ないどうしてだ ろう  !

第一歩として、家中の「なかよし」を破り捨てるしかない。

>所 ジ ョ ージ  っ  て  カ ッ コ  イイ  よ  .

なにゆえに、唐突に所ジョージ。当時でもコミックソングを歌っていて、決してアイドル的な要素はなかったはず。調べたところ、キョーコさんが日記を書いている前年に、オールナイトニッポンのパーソナリティに抜擢されている。所ジョージのオールナイトニッポンを聞きながら日記を書いていて、ファンとはいかないまでも、その人柄に一瞬だけかもしれないが、惚れたのかもしれない。

その後、所ジョージが、芸能界でも有数の財力を築くような成功を収めようとは、キョーコさんはもちろん、日本中のだれもが想像できなかっただろう。

所ジョージが引っ掛かった伝説的なドッキリがある。駐車場に戻ったら、愛車のアメ車(昔から好きだった)がスクラップにされて、ミニ冷蔵庫ぐらいの鉄の塊になって、車が駐車してあった元の場所に置いてあった。傍らには所の愛車から取り外した本物のハンドルが。もちろん、スクラップは所のではないが、車種は同じという手の込んだドッキリ。そんな一発芸人的扱いを受けていた所ジョージも、今では、世田谷や沖縄に、子供の頃の夢を実現したかのような、秘密基地風豪邸を構える、超高額納税者。

千里の道も一歩からということわざがあるが、所ジョージの芸能界成功における第一歩がまさにそのオールナイトニッポンであり、キョーコさんにとっての一歩は、中学卒業時の進学or就職ではないだろうか。

>金山君 !!わたしは”あこがれ”にしかあなたをおもわないよ  う  にする  . 

恋愛の対象ではない。偶像崇拝。アイドルか宗教の神様の存在にまで祭り上げ、一線を置くのだと金山断ちを宣言する。このままだと全てにおいて結果が出ずにズルズルと受験日まで行ってしまいそうで、最後には自分を一喝するキョーコさんだった。



 前日に引き続いて、自分の内面との対話を続けるキョーコさん。

 捨てきれない”金山愛”。

 偶像ではなくて手の届く場所に降りてきてもらいたいのだと、新しい言葉を覚えると使いたくてたまらないキョーコさんは『やるせない』を多用して独白し続ける。

 翌日に、年齢が判明をすることになる兄との大喧嘩の静かなる序章だったのか。金山君とのことは結果がでなくて例え自分が傷ついても、それを受け入れようとまで一歩踏み込んだ考えまで切々と披露をする彼女。

 密かに、金山君と受験の両方を実は狙っているらしいキョーコさんの言葉が、内面の吐露から節々に散見されているようでもあったのだった   
 


つづく…

「少女が行けなかった港まつり」 実録、廃屋に残された少女の日記.36

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