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 果たして、それは本当のことなのか。

 キョーコさんは日記を書くようになってからというもの、怠け者で横着になってしまったのだという。

 入院を続ける史之舞のためだったのかもしれない”千羽鶴”を折らなくなる。受験が迫ってきている大事な時期なのに勉強もしなくなる。

 なにもかもが だめになり  ,  なにもが いやになっ て来ている .   
 
 青春時代の一時の気の迷い、神経痛のようなひりつく心労を切々と今晩も、日記の中だけには詳らかに漏らし訴えていく。

 キョーコさんの人間問答。

 ただ生きて明日を迎えるだけが、人間として正しい生き方なのかと。今の私には人に自らぶつかっていくほどのエネルギーを持て余しているという自負がある。”やろう”という気力はあり、能力は内に宿しているかにみえる。

 しかし、その有り余るほどのエネルギーを、有効活用することができていないと深夜にひとり、嘆くキョーコさん。

 エネルギーをただ持っているだけではなく、それを使用して線から一歩を踏み出せないものかと、自分に問いただす。

 日本経済の絶頂期、バブル経済に翻弄をされ精神と肉体を酷使し疲弊しきったサラリーマンの哀愁を、小室哲哉はこう詩(うた)にしたためた。

   時には起こせよムーヴメント 自分で動き出さなきゃ 何も起こらない夜に 何かを叫んで自分を壊せ!

 まさに、この夜のキョーコさんのために捧げられたような詩。

 悶々とし、頭の中でだけでは理想が膨らみ続けるが、結果を怖れるあまりキョーコさんは居間でじっとするだけの日々。

 私 の 道 は  悪い道で  ある   

 じゅうぶんわかってはいる。傷つくのを怖れるあまり、雑誌「なかよし」がそこかしこに散らばる居心地の良い空間に自ら結界線を張り、頑なにそこから出ようとはしない。

 頭の中では”金山愛”と”受験勉強”が衛星のようにかつ不安定に周回をしながら制御不能の状態。

 たまりかねて深夜に咆哮が轟く。

 
馬鹿  やろ  う  !

 自分に向けられた罵り。怒り。その夜、キョーコさんの叫びは、自らを解き放ったのか。


 例の作業は、日記の内容から、毎日のようにやっていたことが判明をする。傷みを伴いクタクタのキョーコさん。かの有名なお祭りにも行けなかったほどだった。

 そしてまたもや、読んでいるこちらの胃がキリキリとするような、能動的になれない自分の不甲斐なさに対する塞ぎ込んだ思いが、つらつらと記述されていく。主に”金山愛”に重点を置いた内容だが、あの夜、雄叫びをあげたキョーコさん。もしかしたら、数日後の行動決意に繋がる   結果としてかもしれないが、それらは前フリだったのかもしれない・・・・・・



05
1978年   8月5日   (6日)0:20

今日は つ かれた .   いつも コンポ と 草 つみ で
すごす こ の 毎日 ** ! 港 ま つ りもいかなかったし .
くそ  右手が 痛く て  のお   ,  金山 ちゃん 今ごろ
勉強 し て る だろう な あ . 私の場合  ぜんぜん
して ない の よ ね え .  もう ぜ つ ぼ   う 的!決ていてきだ!
まけるな  くじけるな ,   オやす ミ  ,

新たな事実が判明をしてしまう。数日前、キョーコさんは「コンボ」に畳や瓦礫を載せるというような内容の日記を書いていた。少なくとも僕はそう読んだ。しかし、コメント欄より、「コンボではなく「ユンボ」ではないかというご指摘の意見を幾つかいただく。ユンボとは工事現場などで使うパワーショベルのことで、酪農家のキョーコさんの家では個人で使うようなミニユンボを所有していたのではないかということ。なるほど、それならば整合性があるかなといったところではあった。

が、これを見る限り、僕の推した「コンボ」でもなく、「ユンボ」でもない。はっきりと「コンポ」と書いてある。まるで「コンポ」が一連の作業の名前であるかのように。コンポとは構成要素や構成部品という意味を持つ。キョーコさんの時代では、レコード・プレイヤーやテープ・デッキで構成をされた、オーディオの「コンポ」の全盛期だっただろう。

実はこのコンポ、密閉された縦型のタンクのことで、内部に草などを入れて撹拌をし有機質肥料化させる装置のことらしい。まず僕が車の荷室の意味と捉えた「コンボ」のミスリードがあり、それを補足でもするかのような内容が、キョーコさんの言っていた、「畳をコンボに・・・」という箇所。まるで一畳の畳をそのまま何かに載せると誰しもこの記述だと想像をしてしまう。それなら商用バンの荷室ではなく、ユンボのショベル部分に畳を載せて運ぶと推察するのが正しいかに思える。国産車の商用バンの荷室には畳なら数枚積載できるだろうが、草などそれほど積めないからだ。

畳はバラして”い草”の部分のみを牧場の草と一緒に有機肥料にすべく”コンポ”に入れていれていたと思われる。

>いつも コンポ と 草 つみ ですごす こ の 毎日 ** !

夜なよな泣きそうになりながら『何をやろうにも何一つ行動に移せない・・・』と苦悩をしていたキョーコさんだったが、やはり都市部に住む中学生とは少し事情が違っていた。何という勤労女子中学生であるのかと。苦しい家計を慮ってのことか、親に不平のひとつもこぼさないで黙々と毎日過酷ともいうべき家業の肉体労働を手伝っていた。

>港 ま つ りもいかなかったし .

当時は賑わいを見せていたキョーコさんの町が、毎年八月の第一週の金、土、日曜日の三日間、更に熱く盛り上がる北の大地の夏の一大イベント。

コンポ作業に追われて港まつりにさえ参加できなかったキョーコさんの心中、察するに余りあるものがある。

>くそ  右手が 痛く て  のお   ,

彼女が顔をしかめて痛がっている様子が手に取るように想像できてしまう。家業の酪農を手伝わされて右手を痛めて凹んでいる女子中学三年生が、日本中に今、何人いるのかと。

>金山 ちゃん 今ごろ勉強 し て る だろう な あ .

金山・佳子カップルが港まつりに一緒に参加しているのではなかろうかと、そんな下衆な大人が勘ぐってしまう不順な猜疑心は全く持ち合わせていないキョーコさんは実に健気で真っ直ぐな子であった。



06a
06b
1978  ,   8月  6日     (7日) 1:30

何だろう .  この やるせないような気持
この 異様 な  感 じ
そして  .  この   せつなさ  .
いつも  , いつも 同じ思いを
 して  . くるしん で   いつも
一人 で ....  。
最後には,私のまわりには
なに 一つ と し て  のこるものは
なくて ,  ただ 一人  むなしい
気持ちを  いだ い て い る だけ
 この気持  ,  この 気持ち  ,

 つたえた い 気 も す る  .
BUT  ,   自分 が 自分 だ か  ら
何 と いって  とり え も な  い  し
美人 でも ないし 可愛 く も ないし
スマー トで も ない し カッコ ヨクも
ない ,   なに  一つ と い っ  て 自分 に
自身を 持てる所など ない
だから こそ  つたえるのが つ らく
そして   こわい  .  もし   きらわれたら  ,
ひど い シ ョ ッ クを  うけ た ら  と 思う と  ..... 。
そう思 うと  う つたえないて い た ほ う が  どれほど いいか
ショックを受けた ら  会うこともつ ら く考えることも
つらくなる  . だから こ そ  今のままで いいと 思 っている.
だけど  何かを つかみたい  ,  つたえることものぞんで
いる .   やる せ ない 気持   ,  たえ ない  よく 望  .
初めから  良い答えなど  返って来るなんて 思ってや
しない  ,  だけど   良い答*えが返ってく  るのを
まちたい ,   結果は  決まっているけど   きたいをしている
その”きたい  ”にこたえることもな く  いつも
やってくる .   そ し て   い つ も 感 じ る
この一人 の む なし さ を .  ... 愛するだけの*かなしさを....。
まけるな くじけるな  友 *君  おやすみ

>何だろう .  この やるせないような気持この 異様 な  感 じ

ここ連続して、内なる心の深層部を探り潜行してさまよい懊悩しているキョーコさん。

>そして  .  この   せつなさ  .

一方向から思い続ける”金山愛”の臨界点寸前まで迫ってきているかのよう。

>いつも  , いつも 同じ思いを して  . くるしん で   いつも一人 で ....  。

日頃は冗談ぽくおどけて『金山ちゃん・・・』と言ったりもするが、実はひとりで真面目に孤独と向き合い苦しんでいたのか。振り返ってみれば青春時代という通過点の一つの恋に過ぎなかったのかもしれないが、少女時代なら深刻になり時には絶望さえ感じてしまうのだろう。

>最後には,私のまわりにはなに 一つ と し て  のこるものはなくて ,

いろいろと受けとれてしまうので、言葉の意味をあらゆる側面から考えてしまう。

>この気持  ,  この 気持ち  ,

蚊の鳴くような振り絞るような声で『せつない、やるせない』が濃縮されてつぶやかれた言葉。

> つたえた い 気 も す る  .

山が動くのか。

>とり え も な  い  し美人 でも ないし 可愛 く も ないしスマー トで も ない し カッコ ヨクもない ,   なに  一つ と い っ  て 自分 に自身を 持てる所など ない

エネルギーはあると言っていたが、もしもの時に深傷を負わないように、すでに言い訳を用意しているのだとしたら、その苦痛さは伝播し読んでいるとこちらまで胃酸が滲み出てくるかのよう。

>もし   きらわれたら  ,ひど い シ ョ ッ クを  うけ た ら  と 思う と  ..... 。

今まで言及はなかったが、これは初告白というか自分の意思を異性へ今まで伝えたことがなかったと思われる。

>ショックを受けた ら  会うこともつ ら く考えることもつらくなる  .

日記の中で朗らかに”金山愛”の妄想を語るあの楽しげなキョーコさんを、もう見られなくなってしまうのか。ある意味、経験を経て大人になって行くということでもあるが。

>何かを つかみたい  ,  つたえることものぞんでいる .

例えそうでなくとも、それに打ち勝ち乗り越えていく覚悟が内包されているような言葉。

>やる せ ない 気持   ,  たえ ない  よく 望  .

こんな控えめな物言いは、欲望のうちに入らないと思うが、草原の中の一軒家に育った少女にしたら、伝えるということは人生を賭けた大勝負なのかもしれない。

>良い答*えが返ってく  るのをまちたい ,   結果は  決まっているけど   きたいをしている

”金山愛”を金山君に伝えてしまう。そんな大胆なことが今のこのキョーコさんにできるのか。

>この一人 の む なし さ を .  ... 愛するだけの*かなしさを....。

彼女を覆う閉塞感の根源は、自分の中で消してしまおうとして消せなかった未消化の”金山愛”。結果のいかんを問わず、それが晴れてできたなら、受験勉強も捗るのでなないだろうか。エネルギーはあるのに動き方がわからないとはそういうことだったのだろう。



 まるで憑き物がとれたかのようなキョーコさん。態度をガラリと豹変させる。ありったけの罵倒の言葉を並べてお兄ちゃんとの大喧嘩を殴り書く。兄貴の年齢や住んでいる都市でさえ恨み節に。

 表に出しては言わないが、酪農作業を自分だけがやらされていることへの不満が募っていたのか、ある言葉をもって暗に兄貴に対して憎悪を露わにする。

 深夜にオールナイトニッポンを聞きながら、瞬間的にだが激しい怒りを兄に向ける キョーコさんが顔を真っ赤にしつつ日記を書き終えたかにみえた時、怒りにまかして覚悟を決めた彼女は、最後の最後に補足して付け加えるには後世にも影響が残るような、ある決心を記述することになる。

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