小幌駅 トイレ
 秘境駅ブームでもなければ、待てど暮らせど一日の乗降客は存在しなかったのかもしれないのに、ご丁寧にも立派なトイレが設置してある。

 接続列車のことを考えると、小幌駅の滞在は最低でも一時間は必要になってしまう。真冬の寒い中、例え訪問時には体調が良かったとしても、寒空の下、暖房施設もないような場所で、身もすくむような寒風に小一時間も吹きさらされれば、ゴロゴロとお腹が悲鳴をあげてきてしまう人もいるのではないか。
 
 神経性の下痢で年中腹痛に悩まされている鉄道ファン。日本中の観光地は行き尽くして”さて何処へ行ったらよいものか”と秘境駅に狙いを定めはじめた高齢の旅行者。

 そんな方々にもお勧めできるのが、秘境でありながら最低限の設備は整っているこの「小幌駅」。何処へ行っても人の姿を見ないことのない日本において、次の列車が来るほんの一時だけでも、静寂とともに寂寥感に浸れてまるで絶海の孤島の住人のような気分が味わえる駅。しかもこれがJRの公共の駅なのだという。



小幌駅 けものみち
 それともう一つ。オプショナルツアーというわけでもないが、崖を下ってプライベートの専有のような入江に出られるとか。

 方向としては海側。けものみちがあったので早速進んで行ってみる   
 


小幌駅 看板
ウニ 禁密漁 

 人が来ないのをいいことに、密漁の温床にでもなっているらしい。

 北海道の海沿いを旅行していると、よく地元の人に「ヤン衆にキレられると何をされるかわからないから、海岸付近では勘違いされるようなことはしない方がいい」としばしアドバイスを貰うことがある。つまり、浜辺に打ち上がっているカキでさえ好き勝手に取って食べるなということ。

 秘境駅の海辺だからといって、くれぐれもハメを外すようなことはしないのが賢明だ。
 


小幌駅 案内表示
 まるで観光地のような看板。周囲にもちろん人影は無し。無音。一日にひとり見るか見ないの貴重な看板。

 今いる場所がおそらく絶壁の崖頂上部。木々が生い茂って視界を尚更塞いでいることもあり、下の入江までの道が目視できないばかりか、到達地点もここからは確認できない。一体、下の”小幌洞穴遺跡”とやらまではどのぐらいの所要時間がかかるのか見当がつかず。

 一種の賭けのようなものだ。崖下までは十分か、十五分か、はたまた三十分、一時間なのか。

 次の列車を逃してしまったとすると、そのタイムロスは後々に影響を及ぼし、その結果、今日だけで数時間を無駄にしてしまうことになる。

 もっとも、僕は行き当たりばったりの比較的ゆとりのある旅行をしているが、それでも一本の列車を乗り過ごすことで、本来周る予定だったはずの名所へ行けないわけだから、スケジュールをこなす旅人にとって辛いところ。

 仮に列車を一本逃してしまい、冬の小幌駅に軽装で三時間以上滞在してしまうことになったらもうそれは苦行に近い。

 崖を下るのか。おとなしく引き返して次の列車を確実に待つという面白みの無い安全策を講じるのか   



小幌駅 崖
 意を決して前に進むことにする。 

 崖を下るといっても、急峻な岩肌の崖を岩にかじりつきながら直下へと降りて行くのではない。

 左右に行ったり来たりの多少傾斜がきつくて荒れてはいるものの、狭いながら山道が用意してあった。でも間違ってもハイヒールでは来ないほうが良い。せいぜいクロックス。

 深い山の中。周囲の視界が全て木と草で覆われ不安が増大していく中、どのぐらい歩いただろうか。十分前後か。霧が晴れるようにして林の間から下界が望めるようになる。

 そこには、僕のためだけに用意されていたかのような、外界から隔絶された個人専用でもあるかのような入江が出現をした。

 まるで、映画「ザ・ビーチ」でディカプリオが幻のビーチを発見した時のような驚きと興奮。当時、特大ヒット作の後に、もう映画史に残るようなスターへの道が確約されたも同然であるのに、次回作になぜこんな安っぽい青春映画を選ぶのか不思議でしようがなかったが、実際映画を観たところ、バックパッカーをしていて皆が抱くような幻想を忠実に映像化した、カオサンの独房みたいな宿も詳細に調べ上げてあるような(撮影はプーケットのゲストハウス)、細かいところまで作り上げられている見応えのある映画だった。

 この空間を・・・ひとりで独占できてしまうのかと。



小幌 ザ・ビーチ
 かえってこの狭さが個人としての独占欲を満たしてくれ、かつそれは秘境のたたずまいを最高潮に演出してくれる。



小幌駅 専用
 ここへ立つとそれはもうディカプリオではなく、バブルの頃、広大な入江を望める景勝地を買い占めてそこに豪邸を建てた時の五木ひろしの気分。映像で見た記憶があるが、こんなものではなかった。絵葉書に載っているような観光名所の岬から岬の湾全体を個人所有としてしまった五木ひろし。あの頃の日本は芸能人にも野心があり生き様にロマンがあった。今では芸能人でもトップクラスに稼ぐ松本人志などは、神保町のカレー屋の値段やコンビニのコーヒーに文句を言ったり、裏では実際相当貯め込んでいるのだろうが、そのせせこましさは日本を覆う閉塞感を自ら率先して体現しているかのよう。金を有り余るほど持っている人間が、貧乏時代を決して忘れていないようなコンビニコーヒーにあえて言及するこの俺のこの行為が、優雅さであり粋であり心憎いというものなんだよ、と内心思って達観しているのかもしれないけど。



小幌駅 鍋
 錆だらけの大きな鉄鍋。

 中をのぞいて見ることにする。



小幌駅 中
 なんてことはない、壊れた船外機に一斗缶のヤマサ醤油。

 醤油はバーベキューにでも使用したのだろうか。夏にバーベキューをやったにしても、せいぜいPETボトルの醤油でじゅうぶんな量と思われる。なにゆえ巨大な業務用の一斗缶の醤油。状況的に使い切りだろうし、醤油を大量に使うようなこの地域の名物料理にでも用いられた可能性が大きいのか。



小幌駅 コテージ
 見どころは海岸と洞穴遺跡、観音様ぐらいかと思っていたが、人の住んでいそうな別荘風コテージらしき物もあるようだ。

 

つづく…

「崖の下の占有空間」 秘境・小幌駅、冬のひとり滞在.4