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 キョーコさんの住む街で、一年の中でも最大のイベントでもある「港まつり」。毎年八月の第一周の週末三日間、市民総出で賑やかに『短い夏をここぞとばかり楽しめ』と開催をされているようだが、残念ながら彼女は今回参加をすることはなかった。大漁を祝い山車で市内をパレードしたり、時にはキョーコさんも好きなピンク・レディーの曲を演奏しながら踊りまくったりしていただろうこの行事。人一倍イベントが好きそうな彼女が、年に一度のお祭りに顔を出さなかったのはなぜだったのか。

 ちなみに、夏に網走へ行った時のこと。夏といってももう肌寒い頃。キョーコさんの街に負けず劣らずのゴーストタウン商店街の奥にくたびれたスーパーがあり、そこに網走市民の一部が祭りの法被姿で勢揃いをしていた。三十人前後だろうか。祭りを仕切っているのはなんと若い綺麗な女性で、とてもキビキビとしていて”出来る女”といった感じの人。統率力がとてもあり、さぁ練り歩くぞといった準備段階でも皆きちっとしていて列を乱す人はいなかった。しかし、見学している道外の人はどうみても僕ぐらい。地元の人でさえ二十人ぐらいしか集まっていない。夕方で寒風さえ吹き始めているのに皆短パンだし、指揮系統はしっかりしているものの観衆はまばらで、身も心も寒々となる光景であった。

 網走もキョーコさんの街と同様に過疎化に悩まされている地方都市なので、それはそれで仕方のないことだろう。

 キョーコさんの街の「港まつり」の当時と現在。常に歓声が巻き起こるような”血湧き肉躍る”ような催しであって欲しいものだ。

今日は つ かれた .   いつも コンポ と 草 つみ で   

 夏休みとはいえ、受験間近の中学三年生が毎日のように草つみをやり、同時にコンポ作業もやらなくてはいけない様子。この”コンポ”という草つみと同時並行のようにして行われているような仕事の内容。寄せられた大方の意見を総合すると、どうやら牧場でよく見かけるあの牧草を一箇所に集めてロールケーキのようにしてまとめることを指す造語ではないかということ。ロールケーキみたいな物の正式名は「麦稈(ばっかん)ロール」。

 今ではロールケーキを三分の一ぐらいにカットしたぐらいの大きさの纏められた牧草の集積体だが、以前は四角い状態だったという。そういえば「アルプスの少女ハイジ」で、四角に圧縮というか纏められた牧草を、お爺さんが爪の付いた酪農作業用のフォークで刺して持ち上げて運ぶ光景を何度も見たことがるような気がする。ただ、巨人の星でも、星一徹がちゃぶ台返しをしたのは実は一回だけだったというから、単に強い印象として残っているだけで、下手したら「おんじ」がフォークで牧草の塊を刺して右から左へと持ち上げていたような場面は一度かごく少ない回数だったのかもしれない。

 とにかく、四角い牧草の塊を「コンポ」と呼んでいたなら、言葉の意味合いや物の姿そのものからして、その可能性はかなり高そうである。

くそ  右手が 痛く て  のお   ,   

 牧場の草摘をして、それをひたすらコンポにする日々を過ごす若干十五歳の女子中学三年生。当時でも都会の女子中学生なら、夏の間に茶髪にしたりネイルを施したりと、キョーコさんとは全く違うような青春時代を送っていたはず。僕の中学時代だと、地域的なものかもしれないが、男はアロハシャツを着ると不良の仲間に加わるような決まり事みたいなのがあった。事実、僕は中一の夏休みに、団地を闊歩するある同級生を見たが、彼は真っ赤な派手で涼しげなアロハを着ていた。彼のポジション的には、いじめられっ子でもなく、かつ不良グループ寄りというわけでもない、中間に位置する人。人柄的に、パッションレッドのアロハと彼はかけ離れた人だったので、良からぬ予感がその時点でしたが、案の定、新学期になると彼は不良グループの末席に加わっていた。

 今だったらカニエ・ウェストのようなヒップホップ系の服を着て、首から鎖みたいなのを垂らし、日本社会において後先を考えない”オシャレタトゥー”でもしてしまうのだろうか。一時期アイドルだった後藤真希の弟は、首周りの鯉の入れ墨を全て消してしまったし、若気の至りとはいえ、この日本では彫ったりすると後々面倒なことになるから、しない方がいいのではと強く思う次第である。

 語尾をまるで年老いた農作業婦の悲哀を滲ませた嘆きのように「   のお   ,」と吐息とともに呟いた彼女。連日の酪農作業の手伝いにより右手が痛くてしょうがない様子。

 だからといって「港まつり」は夜もあるだろうから、疲労困憊でも行こうとしたら行けたのかもしれない。そこまでキョーコさんが祭り好きなのかはともかく。ではさぞ勉強に励んでいるかといえばそうでもなかった。

金山 ちゃん 今ごろ勉強 し て る だろう な あ .   

 草摘コンポ作業は褒め称えられるべき偉業(都会の人間からすれば)ではあるが、キョーコさんは勉強もしないで呑気に金山君の勉強の捗り具合を夢想でもするかのようにただ”金山愛”の定例報告を日記に書き込むのみ。

 やりもしないで、もう絶望的だと受験勉強を投げ出すかの振る舞いを見せる彼女。

 港まつりを拒否し、勉強も率先してやろうとはしない。でも金山君への愛だけは不変なのだという。かつて金山君と一緒の高校へ行こうと希望に満ちていた、あの輝いていた頃のキョーコさんとはまるで別人のようになってしまっている。

 前日に疑問だらけの矛盾した行動を見せたキョーコさん。次の日にはその理由を全て吐き出すことになる。

 やるせない。せつなさ。いつも同じ思いをして苦しんでいる   

 弱音ばかり吐く彼女だが、どうやら一貫して悩んでいるのは常に”一人”ぼっちであるということ。最後には取り残されて自分の周囲にはなに一つ残らない、とまでの泣き言を漏らすキョーコさん。まさかあの部屋で終局的なことを感じとってしまったのではないとは思うが、あまりの思い詰めたその様子に、そんな邪推な考えさよぎってしまう。

 自分の気持ちは伝えたいが、自分に自信の持てる所がなに一つなくて、伝えたとして断られることを何より怖れている様子。嫌われたらそれこそ酷いショックを受けてどうにかなってしまいそうだと。

 毎日悩み苦しむぐらいなら、いっそ伝えてみたい気もする。伝えないことがどれほど楽かということは重々承知している。今の宙ぶらりんの状態が傷つくこともなく自分を守れる。

 何かを つかみたい  ,   

 彼がどういう反応を示そうが、伝えることで今一人ぼっちの自分が何かを掴んでみたいのだと切望する彼女。

 結果は  決まっているけど   きたいをしている   
 
 一見すると卑屈な言葉ながらも、かすかな希望も持っていて、例え断られようが、その行為が全くの無駄ではないことは理解している。
 
 この一人 の む なし さ を .  ... 愛するだけの*かなしさを....。   
 
 気力が起きなかったのは、伝えることができず暗中模索のむなしい閉塞感が漂う中、ただ受け身になるだけで何も手がつけられなかったということだったのか。

 度重なる自身との対話を経て、遂にようやく動こうかと決意をしたかに思われたキョーコさんだったが、その前に、ここ数日の抑圧されていたもやもやが頂点に達してしまう結果に。兄貴とあることがきっかけで大喧嘩をしてしまい、そこは控えめながらもかといって激しくもある口調で、堂々三ページに渡り、兄への怒りを書き乱れ殴ることになる   
  


07a
1978  ,   8月7日   11:00

今日  , バカ 兄 クソ  と  アホ  (けんか) をした
あんちく しょう が 悪 い の  だ   !!!
私なんて  たのみごと とか なん て お  しつけ るような
 ことしたこと な い  い つ だ  って  あ い つだ  .
そして かならず  け っ と ば  し たり   たたいたり
あんちくしょう の くせ  し て ,  親のすね
を . かじ っ て 生きて る く せ  に  ,  20才  の くせ
 して  物  ごと の  見 わけが  つ か ないな*
んて.   ガキ  .  バ  カ .  アホ ,   キチガイ 
マ  ヌケ    く る  く  る パ     
と しか  言  よ う が  ない
私も  はらが  たつた  .  いつも
がまんに   がま ん  して
たえ て  ,た え て 生  きてきて
い っ しょう け んめ い おさえ
ながら   出 した 答に対して
あんな ふ う に 思わ*れ , 返され
ると  く そ頭にくる
もう  たえら れん

数日間は内に向けた対話に終始したキョーコさん。それを打ち破るような出来事が起きる。

>今日  , バカ 兄 クソ  と  アホ  (けんか) をした

前のめりになるあまり、本来なら「と」の後に「ケンカ」が入るはずだが、罵り言葉がフライング気味に先に出てしまい、修正もしないでなぜか”アホ”に括弧をして(けんか)と付け加えてしまったまではまだ感情的にもわかるからいいとしても、結局そのままにして記述して一行目を終らせてしまったキョーコさん。

>私なんて  たのみごと とか なん て お  しつけ るようなことしたこと な い

これほどの怒りの理由は、お兄さんが無理難題を彼女に押し付けたということなのか。

>そして かならず  け っ と ば  し たり   たたいたり

僕は男兄弟なのでよくわからないが、兄が成人年齢の二十歳(すぐ下に表記がある)で妹が十五歳の兄弟において、蹴っ飛ばしたり叩いたりのケンカをするものだろうか。世間的にはあまり宜しくないお兄さんのようである。

>あんちくしょう の くせ  し て , 

てっきり、キョーコさんは映画「シャイなあんちくしょう」を念頭に置いていると思ったが、映画の公開は1991年と随分後々の作品であった。「あんちくしょう」とはその語感から関東の方の言葉だと思われる。これだったり「~じゃん」を関西人の前で連発して話すと、彼らはニヤニヤして嘲りの表情を浮かべる。「東京出身なのに横浜弁を使うんですね~」と。首都コンプレックスのようなものが少なからず彼らにあり、関西弁以外の言葉に機敏に反応をする。東京でなら気にしないようだが、それ以外の場所、例えば僕はバックパッカー旅行中にインドなどで大勢の関西人と接したが、迂闊に彼らからみてちょっとお洒落に感じてしまう関東弁(東京出身者にはこういう概念は無い)を使用してしまうと、たちまち僕に向けられる白い目と、気取っているやつを村から追い出そうとする排外的な冷たい空気を都度感じることになった。打ち解けると動物がお腹を見せるように柔和になり人懐っこい人達だったが。

>親のすねを . かじ っ て 生きて る く せ  に  ,  20才  の くせ して

お兄さんの年齢が判明をする。と同時に、「脛かじり!」とキョーコさんは彼を糾弾する。どういうことなのか。兄貴が家に住んでないことはわかる。親の脛かじりということは、就職をしていないで学生ということなのだろうか。彼女の怒りはそれにより増幅されているとか。

>ガキ  .  バ  カ .  アホ ,   キチガイ マ  ヌケ    く る  く  る パ     

キョーコさんが思いつくだけの”ヘイト表現”が飛び出す。昔よく観ていたテレビの再放送で「巨人の星」や「アパッチ野球軍」では、よく音声の途切れが生じていた。音をカットしてあるというより、引っ掻いて音声が水面を切る石のように飛び飛びで断続をしているような感じ。当時でも古いアニメだったので『テープが擦り切れているのだろう・・・』ぐらいに思っていたが、後々になってあの一癖も二癖もある登場人物達が再放送の時点でさえ、テレビでは放送できないような酷い差別用語などを使っていたのだなと、今考えるとその理由がわかるような気がする。

>いつもがまんに   がま ん  してたえ て  ,た え て 生  きてきてい っ しょう け んめ い おさえながら  出 した 答に対してあんな ふ う に 思わ*れ , 返され

中三少女にここまで耐えさせたこととは。そしてその”出した答え”に兄貴が返した反応とは。よほどキョーコさんが腹に据えかねたに違いない。

>もう  たえら れん

あの一室で、夜中に「もう  たえら れん」と激怒する彼女だが、アイヌ民族がいて開拓者を経て、悠久の北の大地の歴史からすると瑣末なことであり、他愛のないことではあるものの、今のキョーコさんにとっては己の尊厳を賭けるような問題なのかもしれない。



07b
  あたま にきた  .  みんな  *
ひと の  こ と  なん  て   なん に も知
らないくせ に  自分  だ け が
いやな  思   い   ,   つ  ら  い 思いを し て る
んじゃ  ないんだ   ,   いいけげん に
すれば  い  い んだ   .   クソ   マ ヌケ
死じ ま   い た  い と思ったけど
死ねん .   すい み ん薬を
用意  してお  こ   う  っ  と
そして かならず 死ん で やる   。
薬  の  む  こ とく  ら   い  か んたん
 こわ  いと   お も わ  な  い ,
あんちくしょう  を ぶんなくって やろ うと
思っ た  .  あ  い つ は すぐ  行動 に
出る け ど  , 私 は  がまん して やったんだ
あのやろう  の  ため  に  な  !
あ りが たい  と  思  え     バ  カめ,
もう  , へんじ もして や  ら ん し .   なんに も
 してやら ん .   む  しし て や る  .  きらってやる
なに いわれても  む  し  して  やる  、あのやろうが
バカなまねをするからだ!さっさと東京に
かえってもう二度と返ってこなければいい!

方向性を失っていた”金山愛”に希望を見いだせずに、抑えつけられていたキョーコさんの鬱憤から発火した怒りは、とどまることをまだ知らない。

>みんな  *ひと の  こ と  なん  て   なん に も知らないくせ に  自分  だ け がいやな  思   い   ,   つ  ら  い 思いを し て るんじゃ  ないんだ   ,

なんの因果か、キョーコさんの日記を読んでしまっているだけに、家族以上にその思いは知ってしまっているという事実。

>死じ ま   い た  い と思ったけど死ねん .   すい み ん薬を用意  してお  こ   う  っ  と

物騒な言葉が飛び出す。女の子のわかりやすい典型的なブラフのようでもあるが。

>薬  の  む  こ とく  ら   い  か んたん こわ  いと   お も わ  な  い ,

これほど怒りを日記にぶちまけるのは、帰りの会で”公開処刑”をされた日以来のことだろう。

>あ  い つ は すぐ  行動 に出る け ど  , 私 は  がまん して やったんだ

妹に手を出すハタチの兄貴には親が注意しないといけない。兄弟喧嘩で殴る年齢でもないだろうに。

>へんじ もして や  ら ん し .   なんに も してやら ん .   む  しし て や る  .  きらってやる

全然大したことのない内容の報復処置であることが、彼女本来の穏やかさを物語っているようでもある。

>さっさと東京にかえってもう二度と返ってこなければいい!

喧嘩をすると妹に手を上げるしようもない兄は、東京に行っていることがわかった。就職か学業か。親の脛かじりと叫ばれていることから、学業の可能性が高いものの、会社に就職していて給料が安く、情けなくも仕送りをしてもらっていることも考えられる。



07c
この  親の すねかじりめ  !   ちくしょうめ .
さっさ とくたば っちまえ ば いい んだ   ,
 アハハハハハ   .
私 は   ふ み  つ けられ れは   られるほど
強くなり  . に* くしみ が   ふか く な  り
はん こ う   的  にな  り   .   にくみ
言こ とを.き か な く な る,   そうしたの は
おまえ だ   ,   なにを言われようと
  こ ろ されよう と  .   ぶたれようと   ,
ぜったいあのやろうの 言うことなぞ
きか  ないのだ    .   バ かめ   クソメ
足が  つ か  れ  た .   もう なか  ん  泣く気
に もな  らん   アホ  くさく て*
な!!!!アホ やろう め

金山君  .  私おもいきって
手紙書きます  。
もう へんな感じようなんて
いれんからな  ,高校らく
だい  バンザ    イ クソタレ!

> アハハハハハ   .

人は文章を書いていると少しは落ち着きそうなものだが、三ページ目に突入をしても治まることのないキョーコさん。

>なにを言われようと  こ ろ されよう と  .   ぶたれようと   ,

怒りに任して書いてはいるが、一体何を言われたのか、具体的な言及はされていないのが気になるところ。キョーコさんの進学とも関係があるのかも。

>足が  つ か  れ  た .

大胆な仮設を打ち立てると、彼女は正座をして長時間怒りに震えつつ記述をしていたのかもしれない。

>もう なか  ん  泣く気に もな  らん   アホ  くさく て

そうであったのかと。おそらくこの行までキョーコさんは目に涙を浮かべて泣きながら日記を書いていた。もう泣かないと自分に宣言をすることで兄貴に打ち勝つべく文字通り『まけるな くじけるな』と最後を締めくくると思いきや・・・。

>金山君  .  私おもいきって手紙書きます  。

前日の張り詰めた行間から読み取れていたものの、実は前にも言っていたことがあったが、今度こそはそれでもまだ控えめながらも、勢いに任せてではないだろうが、ようやく決心をしたキョーコさんだった。

>高校らくだい  バンザ    イ クソタレ!

”金山愛”を自分の納得する形で決着をつけ、いざ高校へと弾みをつけたい彼女であった・・・というより、そう向かってもらいたいとの切なる希望的観測を込めて・・・



 ここしばらく鬱屈して塞ぎ込んでいたキョーコさん。そんな中、洗いざらい兄へ、自分へ、怒りをぶつけて気も安堵をしたのか、次の日からまたもや蛍光ペンで日記を書き綴ることになる。およそ数十ページも続く。気分が晴れやかだと、心理的に身もはじけるようなPOPなペンの色で書きたくなるようでもある。

 その、視覚的に1978年に封印された書体を、再度、色変換をして、読み掘り起こす作業に取り掛かることになる   



つづく… 

 少女退行期」 実録、廃屋に残された少女の日記.38

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