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 もういい歳をした成人でもある二十歳の兄貴と、まだ”いたいけな・・・”と言ってもかろうじて許される年齢の中学三年生のキョーコさんが、蹴っ飛ばされ叩かれの乱暴な兄弟喧嘩の大立ち回りを演じてしまう。もちろん、暴力の前に一方的に苦汁をなめさせられことになったのは、キョーコさんその人。

 振り返って冷静に考えてみると、以前は当然酪農を手伝っていただろうガタイの良さそうな兄貴が、肉体的な力を行使して中学の妹と喧嘩をしている光景を、親は見ていないはずがなかったとは思われるが、途中で止めるわけでもなく、キョーコさんがやられるがままになってしまったのは、どういうことなのか。

 酪農夫婦の朝は早いので、親が早々に寝静まった深夜、かねてから細かい衝突が続いてお互い近々、溜まりに溜まった怒りのエネルギーがいつか噴出するのだろうとは気づいていて、この際決着をつけるなら親が熟睡した今しかないと、どちらからともなく、行動へと移していったのではないかと、あの廃屋の二階の部屋で、実際にしばし宙を睨みながらたたずんだことのあるこの僕が、下の居間兼寝室との位置関係などを考慮し、可能な限りの推察を導き出してみた。

 バカ兄、クソだアホだと、叩かれて泣かされたわりには、心から鬼になれず控えめな罵り言葉で日記の中でさえも一線は越えないで、我慢をしてしまうキョーコさん。

 ガキ  .  バ  カ .  アホ ,   キチガイ マ  ヌケ    く る  く  る パ   

 せいぜい付け足した悪口もこの程度。読まれる方がどん引きをするまでもない愛嬌のあるものだ。

 キョーコさんの怒りと訴えは真剣そのもの。一生懸命我慢してきて、常に自分を抑えながらも、なんとか出した答えを、キョーコさんいわく「あんな風に思われ返され・・・」たと、兄貴に激しい怒りをぶつける。もう、耐えられんのだと。

 兄貴は自分だけが東京で辛かったり嫌な思いをしていると勘違いしていると、彼女は憤る。

 どこまで本気なのかわからないが、睡眠薬を用意して死んでやるとまで言い出す始末。

 ”あんちくしょう”をぶん殴ってやろうとさえ思ったとか。

 この「あんちくしょう   」だが、僕がすぐさま思いついたキョーコさんの引用先は、なんと十数年も後の映画であった。もちろん間違っている。

 そんな時、コメント欄より寄せられたのは、

>1976年の少女漫画で「年下のあンちくしょう」からの引用かな?と思いました

 というご意見。なるほど、どストライクの答えが来てしまったなと。少女漫画の好きなキョーコさんのことなので、殺伐とした文中に多少の和みを与えるためにも、好きな漫画の題名からオマージュされた言葉を選んて使用したのは、これまでの例を見るまでもなく明らかで、自然な流れといえる。

 僕自身も、さも真を得たりと、我が物顔でコメント欄にて答えていたものの   

>この日記から遡ること約1年前の1977年9月発売のピンクレディーのヒット曲「ウォンテッド」に「あんちくしょう」というフレーズがあります 

 矢継ぎ早にご指摘が来る。

 そういえば、ピンク・レディーの歌にそんな歌詞があったのを思い出す。実は「年下のあンちくしょう」はキョーコさんの愛読誌でもある「なかよし」の連載ではなかったのが気にはなっていた。彼女の家庭の経済状況は決して恵まれていたとは思えないので、少女漫画雑誌をそう何冊も買えなかったに違いない。過去にもピンク・レディーの新曲の歌詞や振り付けをすぐ覚えようと必死だったキョーコさんのこと。可能性としては「ウォンテッド」から引用したものと見ていいだろう。

 さらにそれらを補足するようなご意見が。

>「♪あんちくしょうに会ったら 今度はただで置かない」をいうフレーズが口をついて出ます。歌詞がぴったりですよね

 思わず”トン”と拳底で膝を打つ。キョーコさんと同じ立場、心情で歌われているような歌詞であったのだ。漫画の「年下のあンちくしょう」 は、『年下で若干気後れするけど、癪に障るほどアイツが好き・・・』の意味合いがあるが、ウォンテッドの歌詞は、兄弟なのでキョーコさんはおぞましいほどの罵声は浴びせられないものの、『はらわたが煮えくり返るほどのあの野郎めが!』といった、キョーコさんが共感できるセリフでもある。もっとも、作詞家の都倉俊一による歌詞は、キョーコさんよりもっと年上の艶っぽい恋愛に長けた女性を描いているので、そのセリフ部分だけを切り出しての見解ではあるが。

 キョーコさんなりに兄貴への恨みつらみを興奮しながらも書き綴ったつもりだったが、それでも怒りは静まらず、ページ数は三ページ目に突入。我慢に我慢を重ねて”その言葉”だけは言わないでおこうと思っていたものの、ついに、自分の境遇と引き換えに、兄貴が東京で好き勝手やっているその様(さま)を、彼女は書き吐いてしまうことになる。

 この  親の すねかじりめ  !   ちくしょうめ   

 キョーコさんからしたら、一番端的にあらわしている言葉だとは思っていた。”クソ兄貴”と呼んでもそこは目上の年長者。二ページ目までは自制が効いて押さえ込んでいたがもう限界だった。

 思いの丈をぶちまけたキョーコさんは「もう泣かん。泣く気にもならん アホ臭くて」と漏らす。悔しいやら悲しいやらで、その時点まで、目に涙を浮かべしゃくりあげながら中学三年生の女の子が日記を書いていたのだった。

 泣くのもアホらいいと言った直後、こんな時でさえ彼女はもう定例と言っても良い”金山愛”の自己点呼確認をする。しかも、今度こそ手紙を書くと宣言をする。以前にもそういったことを言っただけのことがあったので、今回も、窮地の自分を奮い立たせるために、その場しのぎで言ってしまった感はあるが。


 翌日の彼女はすっかり穏やかなり、まるで過去の甘い思い出に浸るかのごとく、金山君はもちろん、キョーコさんの中の恋愛ビッグ・スリーとも言ってもいい、他のあの二人への熱き想いも、後ろを振り返ってまるで夢の中を退行するかのように、懐かしき時代を述懐していく。

 殺気立っていたペンの乱れを補正しようとでも考えたのか、目に眩しいが心踊るよな蛍光ペンで、またまた書き始めてしまうことになる   



08a
1978 .   8月 8日   (9日)   1:  15

昨日 は.   た なばた なんだったんだ  って さ !  ???
金山君に おもい き  って 手紙を書こう か と 思っ て
いるの(ホンキよ).  たとえ*友彦*君に 好きな人が
いても いいのら .  アタックと いうより も 友達になりたい.
それだけでい いの ら  .  私 は 友 の  _姿  , をしっている
 だけ なのか  も し れない もの  .
ギターの うまい 友  . 高飛 び  の  勇しゅう な 友 .  足るのがはやい
い  .友  .   そん な  友彦君しか  知  らないのか もしれな い
BUt   ,修学旅行の時の友 か ら   いえ
もっと 前から   見 ていた のかも しれない  .  2年 の 時
バレーボール を男女とも体育館 で  いっ しょに やった*
その時, 男子の方で とても  コンビの  い い  , すごく
ピッタリ あ っ た 二人の人が い た  .   トス を  一人が
上げると  もう 一人 が まわり こんで  スマッシュ,
レシ - ブ する  ,  まるで  二人だ けの  バレーボール の
 ように  .  なぜ か   その一人の 人に 気 があ  った,なん と なく
気になった  .  その人は左 ききだった .   なんとなく 金山君,友
 だ ったような 気がす る  .卒業した人かもしれない   .
だけど友だったような 気がほんとにするのら  ,  やさしく  .
スポーツ  マン で   お も し ろ   お か しな  かんじ の人 

時は八月の八日であるが   

>昨日 は.   た なばた なんだったんだ  って さ !  ???

最後にはてなマークが三つもついていることから、いくらキョーコさんでも本気で間違えていたとは思えない。では、その年に何か特別な天文現象でもあったのかと調べても、これと言って何もないようだ。中国の旧正月ではないが、ある一時期だけ北海道の一部では七夕を一ヶ月遅らていたとは、聞いたこともない。

怒られた翌日に親と朝顔を合わせる時や、それこそ兄弟喧嘩の翌朝の兄との対面時など、非常にバツが悪いものだ。人にあまり相談事をしないキョーコさんは、日記だけが本当の自分を出せる場。昨日の大喧嘩での憤懣やる方ない思いを書き綴った昨日の今日。日記とて同じことで、気まずくもあり、頁と向き合って嘘の感情を書くわけにもいかないので、書き始めで、キョーコさんなりのジョークで、場の緊張を解いたのかもしれない。昨晩激怒した父親が朝一番顔を合わせると「今日は日曜日じゃないのか?」とおやじギャグを言い、子供の萎縮した心を和らげるように。

>金山君に おもい き  って 手紙を書こう か と 思っ ているの(ホンキよ).

前も同じことを言って実行しなかったので、誰も訝しるわけでもないのに、括弧で補足をして本気であると、実は自分で自分に諭している。

>たとえ*友彦*君に 好きな人がいても いいのら .

この場合の”まことちゃん”言葉は、嘘をついているという”やましさ”から、別人格を演じることで、それを言ったのはこの口では無いんだ    といった、罪を逃れたいという心理が彼女の中で働いているのではないだろうか。

>アタックと いうより も 友達になりたい.それだけでい いの ら  .

やれるだけのことはやる。手紙を書いて渡してそれで断られたら、それは自分でも納得ができるし、最低限、友達としての関係として繋がっていられる。

>私 は 友 の  _姿  , をしっている だけ なのか  も し れない もの  .

ギターや高飛びが上手だったり、足が早かったりと、金山君の表面的な格好良さしか知ることができていなかったのかもと、一石を投じる、キョーコさん。

>BUt   ,修学旅行の時の友 か ら   いえもっと 前から   見 ていた のかも しれない  .

そんなことはない、人気者だからといった軽薄なノリではなく、ずっと前から彼を見つめてきて、長きに渡り考えに考えあぐねた答えが、「金山友彦」その人なのであると。

>男子の方で とても  コンビの  い い  , すごくピッタリ あ っ た 二人の人が い た  .

日記を書き始める前のお話。

>トス を  一人が上げると  もう 一人 が まわり こんで  スマッシュ,レシ - ブ する  ,  まるで  二人だ けの  バレーボール の ように  .

まるで踊るような二人の男子のバレーボール・プレイに目が釘付けだったキョーコさんは、いつしか、その片方の一人を好きになっていた。これが初恋というものなのか。

>その人は左 ききだった .   なんとなく 金山君,友 だ ったような 気がす る  .卒業した人かもしれない   .

この先のどのあたりかわからないが、何気ないのこの一節に、実は重要なフレーズが込められているようなことがあったりするのかもしれない。



08b
 すく な く と  も   それ だ け は  私 に も  わかるのら
友の心が  し り たい  ,  その答 が  む ざ ん で  も  . ショック
でも 友の*  心が知りたい .
友達にして ち ょう らい  .  私に  .   こ ん な私に  気軽に
声を か け て ち ょう ら い   . *そういえば*修学旅
行 の 時に *声 か け てく  れた  なあ  バスの中で
うれしかった なあ  .   で も あの 時 は   ギターの うま
かった人   しかし らなかったのよね  . *みょうじ
さえ *   しらんか った の よ ね  お か しなもんよ
博君  ど うして るだろう   , 私にとっては友達よ  .
いまはどうで あろうと ね   .  山角君 は だれが好き
なのか なあ  .   小学 校の修学旅行の 時
ひ そかに 思ってしまった人  なのよ
今も少しだけね  .  .  .  .  。
松本君どうしてるか  な   .
彼は 私を  泣かせるほど  思って
しまった人なのよね .  今 会えた ら
やっぱりまた 好きに  ,昔の思いが
再び私の心にもどってくるか
松本  晃  .  私をかえた と思う人  .
松本  晃  . あなたが いなければ
私は ちがう 道を  あるいて いたと思う
  まけ るな  くじけるな オヤスミ

今の自分がつらい状況に置かれている時、ふと、小学校や中学校時代の友達や好きだった子が頭に浮かんできて、当時に想いを馳せたり、彼らは現在何をやっているのか無性に知りたくなり、居ても立っても居られなることがある。俺は現在こんな空虚だが、あいつらは幸せでやっているのだろうかと。

SNSの普及した現在では、フェイスブックを調べまくったりするが、ネット普及以前の旧友の場合、特に名字が山田や鈴木では、突き止めるのは至難の業。そもそも、フェイスブック自体をやっていないことがほとんど。

キョーコさんは昨晩の大喧嘩の反動からだろうか。過去の甘い恋愛とまではいえない愛の物語のそれぞれの序章を、語りだしていく。

>友の心が  し り たい  ,  その答 が  む ざ ん で  も  . ショックでも 友の*  心が知りたい .

こんなキョーコさんが、手紙を渡したりするのが想像できない。”もしも”の場合、今以上に勉強が手につかなくなる可能性があり、それはオーバーに言えば、この時期、身の破滅を意味することになるのではないだろうか。

>友達にして ち ょう らい  .  私に  .   こ ん な私に  気軽に声を か け て ち ょう ら い 

タケモトピアノのCMの財津一郎みたいなことを言う、キョーコさん。もっとも、関西ローカルのCMなので、当時のキョーコさんが知っているはずもないと思うが。

>そういえば*修学旅行 の 時に *声 か け てく  れた  なあ  バスの中でうれしかった なあ  . 

こんな純愛が今ありますかと。でも、昔を偲んで恍惚の表情をするのにはまだ若すぎる気も。

>で も あの 時 は   ギターの うまかった人

まだ恋愛感情を抱いての”男”としてはみていなかった。ギターが上手いというだけの、ただの金山友彦でしかなかった。

>しかし らなかったのよね  . *みょうじさえ *   しらんか った の よ ね  お か しなもんよ

今では毎晩点呼のように金山君の名前を深夜に呼ぶキョーコさんだったが、ほんの数ヶ月前までは名字さえ知らなかった。

>博君  ど うして るだろう   , 私にとっては友達よ  .いまはどうで あろうと ね   .
 
卒業式の答辞でしか一生のうち聞くことがない「走馬灯」とは、まさに今のキョーコさんの頭の中に見えている光景ではないだろうか。

>山角君 は だれが好きなのか なあ  .   小学 校の修学旅行の 時ひ そかに 思ってしまった人  なのよ

思えば初恋とは、好きになるだけのことなら、幼稚園時代でもおかしくはない。好きになったと言えず、”思って”しまったとは、今の金山君に遠慮をしているということなら、なんとも奥ゆかしくもいじらしいキョーコさん。

>松本君どうしてるか  な   .彼は 私を  泣かせるほど  思ってしまった人なのよね . 

今では金山愛に全てを賭けているような彼女も、松本君にはかつてそんな思い出があったとは。

>今 会えた らやっぱりまた 好きに  ,昔の思いが再び私の心にもどってくるか

金山君への手紙を出せないでいるあまり、昔の思い出に浸りすぎているような気も。

>松本  晃  .  私をかえた と思う人  .

>松本  晃  . あなたが いなければ私は ちがう 道を  あるいて いたと思う

未来へと導く、金山友彦君か。過去の残影の中で仄めく、松本 晃君か。 キョーコさんの明日は、どっちなのか   



 過去に逃避をしたような一夜。それとも、近々踏み出す前に、思う存分懐かしんだのか。

 キョーコさんは明るさを取り戻し、あるふたりの芸能人の名前をさかんに連呼し出す。お二人とも現在も現役でご活躍されている方々だ。二人のような職業に就きたいとも言い切る。

 特に二人のうちの片方の彼にはご熱心。金山君は憧れで、近くて遠い人。でも芸能人の彼はまた違うのだという。

 過激な愛情表現も彼女らしくなく飛び出したが、一体、彼の何がキョーコさんにそこまでさせてしまうというのか   



つづく…

「彼女が語る、二人のアイドル」 実録、廃屋に残された少女の日記.39