秘境駅 入江
 小幌駅からの崖を下り、ただひとり、地平線までこの眺めを独占できる権利を、たった今、得る。



秘境駅 崖
  好きな形の石を拾っても集めても良い。裸足になり、ズボンの裾を膝下まで捲り、波打ち際へ立ち、氷のような冷水を受け、肌の凍えからくる急激な皮膚の収縮による刺すような痛みを、ひゃっこいと称して、腰を崩して大袈裟に後ずさりをしても結構   

 『ひゃっこい』 とは、東京の言葉だと思い、今のこの歳まで使ってきたが、どうやら、福島と埼玉、静岡ぐらいでしか、使われていないらしい。両親は二人とも東京生まれの東京育ちだけれど、テレビドラマの影響でも受けた可能性が大きいのか。
 


秘境駅 コテージ風
  ちらちらと視界に入り、気にはなっていた、建物。

 構えとしては、人が住んでいてもおかしくはなさそう。 

 両足を擦るように、引きずりつつ、ローラーブレードの右・左の要領で、意図的に小石の擦過音を多少奏でながら、もし建物内にいるなら物音を聞きつけて、中から出てくるように差し向けるような絶妙な塩梅で、警戒心を抱きながらも、徐々に近寄って行った。



秘境駅 ハウス
『巌谷観音庫裡』とある。

 庫裡とは、お寺の台所にあたる建物。もしや短期滞在の家かもと思ったが、違うみたいだ。



秘境駅 横
 庫裡内に、人の息遣いは感じられない。

 レースのカーテンで、プライバシーを保護する必要性とは?

 遠くに見えるは、巌谷観音。手前が庫裡。山の上に小幌駅がある。

 無人駅から山歩きをし、辿り着いた先には、プライベート・ビーチがあり、時間さえあれば海遊びに興じることもできてしまう。

 僕が購入をした、JRの切符は、たった一駅のほんの数百円。

  買うたびに枚数が減り、厚みが薄くなり、面積が削られ、値下げされるどころか、値段は微妙に上がり続けるという、噴飯物の代表格でもある、スライスチーズを一例にとっても、この世知辛い世の中にて、JR北海道の経営危機、及びJR東日本との合併が囁かれる昨今、こんなにも少ない出費で、山に海に、お寺に、得体の知れない未知の施設の見学にと、しかも、個人の独占状態で、大いに満喫できる観光地が、他にあるだろうか。ちなみに、つい最近マルエツで買った大手のスライスチーズは、たったの七枚しか入っていなかった。ほんの、アベノミクスかリーマンショック前は、十二枚ぐらい入っていたはず。もう詐欺に近い。

 一時は廃駅さえ検討されたというのだから、北の大地の貴重な観光資産のすんでのところでの存続決定に、ほっと安堵の胸をなでおろしたのは、言うまでもない。



秘境駅 ベンチ
 不自然なまでに長いベンチがある。



秘境駅 ロング
 今まで何人の旅人が、ここで一夜を明かしたのだろうか・・・

 もし今が夏で、青春18きっぷで汽車旅行でもしていたら、僕もやりかねないので、彼らを一概に責めることはできない。



秘境駅 眺め
 ベンチに深く腰を下ろして眺める、至福のひととき。

 かつての鉄道少年だった自分を、今、ここへ連れてきたい気持ちになる。



秘境駅 桟橋
 寒いながらも、充足感からくるあまりの気持ちよさから、目をつむると”コクン”と眠りに落ちそうになったので、これはいけないと、ロング・ベンチからよろよろと立ち上がり、おぼつかない足取りで進もうかとしたその時、左足を角の尖った握りこぶし三つ分ぐらいの石に足を取られて、左によろけたその瞬間、ああ、こんな施設さえ設置してあるのだと、小さな驚きが湧く。

 それは、



秘境駅 トイレ
小幌駅にあったトイレより、遥かに立派なトイレが二基も。ご丁寧に風雪よけまで。

 もう、ここにはなんでも揃っている。夏には、サザエのつぼ焼きの屋台や、イカ焼きの屋台など、臨時で出店でもすれば、呼び物になりお客も増えるかもしれない。



秘境駅 観音様
 あれが、小幌洞穴遺跡。岩屋観音。



秘境駅 寄り
 ライトを用意しておらずとても心細いが、洞穴の中へ入って行くことにした。



つづく…

「もうひとりのやって来た彼」 秘境・小幌駅、冬のひとり滞在.5 

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