ツイン
 ひしめき合う住宅街に、突如ひらけた、見晴らしの良い広大な敷地の駐車場。

 地上げしたてか。下町ならではの昔からの工場を取り壊し、更地にしたばかりなのか。

 敷き詰められたアスファルトは真新しく、まだ黒々とした艶を放ち、強く足で踏み込むと、深く沈み込みそう。

 駐車場奥に取り残されたようにたたずむ、双建の廃屋を訪問してみることにする。



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  向かって左側の建物。

 人の気配はないようなので、一安心。

 蚊には過度に注意を払っていた、ご主人。お手製の網戸で、隙間という隙間を執拗に覆う。



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 基礎部が他より真新しい。庭へ無理に設置した違和感。

 当初は風呂なしであったものの、時代の趨勢、ご主人の賃金の上昇とともに、自家風呂が後付されたものと推察。



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 米屋に米を自宅まで配達してもらい、ついでにプラッシーも断れずに受け入れていた、まぎれもなく、昭和からの義理人情に厚いご主人が住まわれていた、痕跡。経済成長期の働き盛りの頃だったら、プラッシーの十本や二十本、どうってことなかったろう。



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 会社人生を全うし、暇を持て余した孤独なご老人が、メダカでも飼い、一日中眺め続けていた、自由だが後先の無い生活。今、やれることをやる。やりたいことをやる。老後に後悔をしないためにも。

 洗面器素材の樹脂の劣化具合から、およそ二十数年前後は経過中。



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 軒先の並び。

 僕は東京生まれの東京育ちとはいっても、西の郊外なので、このような下町風情には昔から憧れがある。



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 隣からの自由な侵入を阻止するために、家中にある重量のありそうなガラクタをかき集めて、勝手口前に置いた様子が窺われる。

 ご近所のご老人同士、最後は口もきかなかった仲だったのか。



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 空中にロープを張り巡らせ、戸を立たせることにより、境界線の主張を殊更誇示しているかのよう。この線から先は来るなよ、跨ぐなよと。余生に繰り広げられた、ただ虚しいだけの境界線争いがあったのか。



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 漆喰か、目下流行中の、珪藻土か。



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 家と家の境界線の終端。

 昭和に遡って、下町の路地を徘徊しているかのような錯覚に。



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 行き止まりだったので、引き返して、外側から回ってみることに。
 


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 二軒とも、表玄関はこちら側からだった。

 この界隈において、この二軒だけが際立って古い。退廃感はある。



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 冬でも陽の光が暖かい、縁側のある昔ながらの木造家屋。誰にも使われずに放置されたままだとは、実に惜しい。

 障子の破れは一箇所だけ。最後のご在宅まで過去数十年間は、子供の存在は無かったと見ていい。



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 銅板部分に厚盛りされたパテのようなものが、浮き出た錆と混ざり合い変色。



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 かまぼこの板に、既製品のフェルト切り抜き文字。POST。

 ガムテで塞いで拒んでいないということは、いまだにご老人へ、かつてのお知り合いが何も知らずに手紙を送ってくるのだろうか。託された近所の世話焼き婆様あたりが『銀次さんはもう、お亡くなりになりましたよ~』などと、返信を続けているという、下町ならではの絆(きずな)。

 そんな勝手な妄想をして感傷にふけっていると、背後から「撮っているのを見ましたよ!」と声を掛けられる。女性の高圧的な声だ。

 まさか、これは悪かったと思いつつ、こんなのに住み続けるのは、一体どんな老いぼれ婆さんなのかと振り返って見ると、老人ではなく、五十後半のどこにでもいそうな主婦だった。

 老朽化して崩れかかった家とはいえ、いまだ現役にもかかわらず、興味本位で撮影をしているこの僕に、失礼極まりないと、激しく叱責したものだと思ったが、話しをよくよく聞くと、違うみたいだ。

 僕を責め立てるおばさんの文言の中に『盗撮』という言葉が何回も出てくる。

 はて?と。これだけ堂々と撮影をしているのに、盗撮という事件性のある濡れ衣をかけてくるのは、どういった魂胆があるのだろうか。

 あばら家でありながらも、訳あって現在も住み続けている家を撮影されるのは、スラム街を冷やかしで写真に撮る、先進国からの無神経な観光客と一緒だと見なされたのか。

『これでは気が収まらない。やられた以上のことを、やり返してやる。この盗撮犯が!』

 立場の弱い僕には、これを仕掛けられたら、どうすることもできない。

 

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 おばさんから罵声を浴びせられたのは、これを撮影していた時。

「こういった古いのが好きで、趣味で撮っているだけなんですけど・・・」

 反論すると、今まで「盗撮だ!」と勢いが良かった喋りに、一瞬の怯みが起きる。『あれ、そっちなの・・・』といった具合。

 どうやら彼女は、二軒並ぶ廃屋住まいではなく、番地標識越しの奥にある、新し目の一般的な住宅に住む、主婦であるらしい。番地標識の背景をぼかすために、僕が目一杯の望遠で覗き込んでいたため、奥にある自分の家の干してある下着でも撮られていたのだと、勘違いしたのだろう。

 ただ、主婦は間違いを認めることなく、一瞬の間をあけただけで、語調を更に強め、

「これは廃屋ですけど、周囲一帯は全て人が住んでいますから、勝手に撮られては皆に迷惑がかかりますよ!」

 狡猾に論点ずらしをし、わかりきった当たり前のことを、自身のミスとそれに伴う動揺を隠すために声高に叫び、『あなたの付け入る隙は無い。自分の優位性は揺るぎない』と、勝ちを印象付けるために僕へ捲し立て続ける。

 負けん気の強いその主婦は言うだけいって、肩を震わせつつ、錆びたホーロー製の旧番地標識が掲げられた門柱の門を開き、静かに敷地内へと入って行った。

 大変な目にあったが、唯一の救いは、この二軒並びの空き家が、『退廃、空き家ファイル』のNo.002に、めでたく選出されたということか。これはもう、決定といっても良い物件。

 隣人リスクがあるものの、都内で昭和の流れに体を委ねてみたい人などに最適。


No.002 「双建の空き家」【退廃、空き家ファイル】

訪問困難度 ★ 小岩駅から比較的近い

荒れ果て度 ★★ 古いわりには奇跡的に保存状態が良い 

付加価値度 ★★★★ 二軒並びの妙が味わえる。路地が醸し出す昭和の薫香

退廃度 ★★ 周囲から疎まれるほどではない



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 「双建の空き家」から、わずかばかりの場所に、今まさに崩れんばかりの、趣のある「空き家」が姿を現す。

 ここ、小岩は、もう歩けば空き家へと突き当たる。

 塀を引っ張っている角材を外したら、パタンと手前へ一斉に倒れそうだ。



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 空き家か、ご在宅の家であるのか、その判別方法である、窓に映し出されている内からほとばしり出る、生命の気の躍動感の判定を。

 死んだ貝のよう。廃屋が濃厚。



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 東京都の家屋調査証に、東京瓦斯(登記上の表記)の旧プレート。



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 水分を吸いつくし、膨張し歪んだ木枠。ここ数十年、開かれた形跡はない。



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 塗料は剥げ、外壁の一枚一枚を、放置された間に繁殖してしまった蔓が支えているという、皮肉。



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 内部は、ネコ王国にでもなってやいないか。



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 民泊、留守家庭児童教室への転用、若い夫婦への格安貸与。味わいのある廃屋が、取り壊される前に、是非とも。



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 街中でカメラを振り回す僕に、近所のおせっかいおばさんが、掃除をするフリをして視線を向け、並々ならぬ警戒感を抱くのは、もういつものこと。



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 いい風合いですね。鑑賞にも堪えられてしまう。



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 塀脇に落ちていた壺。スーパーの駅弁祭りでよくある、定番の駅弁だろうか。

 最後まで迷ったが、大変残念ながら、「退廃、空き家ファイル」入りは、見送りに。オンリーワンが見いだせず。その場のノリで突き進んでしまうのが、質の低下を招く原因でもある。

 次はいよいよ、情報提供者の”えっちゃん”さんより伝え聞いた、地元の同窓会でも毎回話題にあがるという、ナウシカの”王蟲(オーム)”のような、空き家へと赴く   



つづく…

「住みたくない繁華街2位の”寸前ハウス”」 下町、空き家巡りの旅.3