豪徳寺-17
 日のアクセス数が五千を行ったり来たりで、閉塞感の漂う現状を何とか打開すべく、新規読者を増やそうと、新しい切り口は無いものかと、常日頃試行錯誤を繰り返している。

 少し前になるが、元都知事の舛添さんが政治資金の不正疑惑でマスコミからバッシングを受けていた時、彼の自宅や自家用車の写真をあらを探すように何枚も撮って検証をすれば、関心を呼ぶのではないかと思い付き、わざわざ自宅まで行ったことがある。

 舛添さんの自宅の所在地はは小田急線の「梅ヶ丘駅」から徒歩数分のところ。グーグルマップに「舛添政治経済研究所」として表記されているので、場所に迷うことはなかった。

 梅ヶ丘駅の駅前や近くの大きな公園には、住人と思われる外国人の姿が大勢見受けられ、いかにも”洋物かぶれ”の舛添さん好みといった、国際色豊かな住宅環境。


 背中のカメラバッグにカメラをしのばせ自宅前へと。

 まず、ストリートビューに今でもある通り、自宅敷地内に簡易の詰め所が設置され、その中には警官が常駐していた。休日の昼過ぎなのに、見晴らしの良い舛添さん宅前は、人通りが僕だけ。しかも、舛添さんの自宅から数メートル先の路上には、警察の覆面パトカーと思われる、エスティマが駐車していて、中からじっくりとこちらを監視中。
 
 ここでカメラを取り出して自宅を撮るということは、完全に職質を受けることになり、それはもう自殺行為でしかないと、 撮影を一旦はあきらめる。脇道に入って、上着を脱いでから、初のお通り然とした自然な装いで再度試すも、やはり警察のマークはかなりのもので、結局写真は撮れずに、記事はボツということに。


 他にも、女性週刊誌に、元巨人軍監督の長嶋茂雄さんの生家が”廃墟”になっていて、近所の人が迷惑をしているという記事が掲載。『これを写真に収めるのは勿論のこと、できたら中も拝見してみよう・・・』と考え、千葉県の佐倉市まで、本当に出掛けて行ったのだった。


 長嶋さんの生家の最寄り駅は、こんなことでもなければ、一生来なかっただろう、「京成臼井駅」。そこからさらに二十分ぐらい歩く。

 長嶋さんの生家を覆うようにして林があり、その前には広大な草むらがひろがっていた。道路から肉眼では生家は見えず。草は相当生い茂っていて、かき分けていくと汚れそうなので、反対側の住宅街から行けないものかと、そっちへ移動してみる。

 が、反対側には一般の住宅街が隙間なく並んでおり、長嶋さんの生家へは辿り着けそうにない。

 結局、元の草むらに戻る。ちょうどジョギング中の高齢男性が通ったので、

「長嶋さんの生家って、あの林のところですよね?」と聞く。

「えっ、いやぁ、そうなんですか??」

 地元が産んだ国民的スターの長嶋さんの生家であるのに、全く知らないどころか、関心も持っていない様子だった。

 千葉の山奥まで来て、手ぶらでは帰れるはずもなく、意を決して、多少のズボンの汚れは覚悟をし、草むらに入って進んでみることに・・・

 しかし、1メートルも行くと、地面が湿地のぬかるんだ状態であり、くるぶしまでスニーカーごとズボッと入ってしまった。片足泥綿棒状態という、悲惨なことになってしまう。もう、肩を震わせ嗚咽一歩手前。京成の臼井駅のトイレで、靴と足首を洗うハメに。

 ちなみに、西新宿で、十年以上履いたコンバットブーツの右のソールがごっそりと削ぎ落ちてしまい、悪い事と認識しながらも、ゴムソールを電柱の脇に投棄。右足はブーツの革の裏地のまま帰途についたが、ブーツの底の革を留める金属ピンが、アスファルトの路面と擦れて”カッチャカッチャ”しながらも、途中、全く人にばれずに、家まで帰ることができた。いかに街中の人々が周囲の人間に無関心であるかということを、思い知らされた一件   

 トイレでの荒洗いぐらいでは、ぬかるみでの汚れは落ちなかったが、片足のブーツがソール無しでも誰にも気づかれないのに、片方の靴の多少の汚れぐらいでは、振り返る人もいるはずもなく・・・

 安くないお金を投じておきながら、この記事もボツ入りへと   

殺人事件があった公売物件を見に行ってきた

 同じ千葉くんだりまで行った記事でありながら、こちらは大好評を博し、今でも大勢の方に読まれている、名作と誉れ高い、廃墟殺人事件事故物件探索記事である。

 おくびにも出さずに陽気に振る舞いつつ、ボツ記事の山で成り立っているこのブログに、近頃停滞感が忍び寄ってきて、それなら、あれこれ見境なくやってやろうかと、芯を失いかけていたその時、一通のメールが届く。

 なんでも、以前にこのブログで開催をした「廃墟交流会」にいたく共感をしたようで、是非とも私も参加させて下さいとの申し出が。

廃墟交流会、廃アパート

「あの村石スカイハウスにも負けない廃アパート物件情報を持ってます。私はどちらかというと、積極派です。率先して廃アパートのドアを開けますよ   

 普段、コメント欄での書き込みなど全くない人で、素性を窺う手立てがないので、実際会うのはリスキーかなと迷ったものの、ページの質向上には外部の血を入れることが必須と考え、ありがたくもある申し出を受け入れることにした。



豪徳寺
 小田急線の「豪徳寺駅」前のファミレスでまずはコーヒーを。

 ご挨拶代わりに、例のタイ製ビンテージTシャツを僕が手渡すと、待ってましたとばかりに、ひろげてみせる、Nさん。

 Nさんは狛江では誰もが知る病院で働いている。

 彼の職場の先輩LGBTの人(おネエ系)から、独自に仕入れた廃墟情報なので、ネットなどにもまだ紹介されていないとの説明を受ける。

 職場のそのおネエ系先輩曰く、

「ある日、廃墟のアパートの割れたガラスが一斉に取り替えられたけど、一夜にしてまた全部割れたわよ!」

 先輩のおじさんは、その廃墟アパートを霊的な場所と捉えているとか。

 心霊的要素はともかく、豪徳寺のすぐ近くにあるという廃墟アパートへ、二人で向かってみることにした。



豪徳寺-42
 駅から歩いて豪徳寺を過ぎ、ほどなくすると、世田谷城阯跡がある。

 世田谷城阯跡は公園になっている。その城阯公園と隣り合っているのが、今回の目的、廃アパート「メゾン・ド・レイ」。



豪徳寺-40
 かなり規模の大きいアパートが、公園と隣接しているという子供が集うシチュエーションでありながら、そのままに、朽ち果てるがままに晒された姿を保っているのは、都内では貴重。

 豪徳寺なんていう固有名詞は、今回数十年ぶりに聞いた。

 少女漫画の「Let's豪徳寺! 」以来だと僕がNさんに話すと、知らないという。三田寛子主演の映画版「Let's豪徳寺! 」なら知っているだろうと思いきや、それも聞いたこともないとか。ジェネレーションギャップに驚く。

Let’s 豪徳寺 [VHS]
三田寛子




豪徳寺-15
 確かに、ほとんどのガラスが割られている。



豪徳寺-16
 かつての、オーナーの妻か、娘さんが、「レイ」さんだったのか。



豪徳寺-38
 一階の踊り場付近。

 バリケードもなく、自由に出入りできるという、廃墟探索者には大変優しい、廃アパート。

 放置車かどうか判断がつきかねる日産の軽自動車のワゴンが駐車してあった。三菱のOEM車なので、目茶苦茶古い車両というわけではない。



豪徳寺-13
 ビニテが、一箇所だけ貼られていない。

 もしや、ここもかつての「都会の森に埋もれた廃アパート」のように、幽霊のような住人が、息を殺してひっそり、隠れるようにして、住んでいるのだろうか。

【読んでおきたい】都会の森に埋もれた廃アパート

 テープの粘着力が弱り、次第に剥がれていったようにも見える。



豪徳寺-11
 盗んだスクーターを乗り回し、廃アパートへこっそり置いていった公算が大。



豪徳寺-3
 Nさんが意欲的に各ドアの施錠を確認していったところ、妙な熊のペイントのあるこのドアは、無施錠だった。



豪徳寺-4
 グラフィティーアーティースト「バンクシー」もどきの熊の絵。

 バンクシー同様に、何らかの社会風刺を表現しているみたいだが、いまいち意味が伝わって来ず。



豪徳寺-7
 垢すりタオルが掛かったまま。

 浴槽に死体はなかったです。



豪徳寺-9
 混合栓ではない。バブル期ぐらいの建物か。



豪徳寺-6
 ぶら下がったお玉と泡立て器。



豪徳寺-5
 雨戸か、遮光カーテンか。ほぼ明かりの無い部屋。視界のきく手前の箱には、服やカーテンなどが。

 最近になって生物の捨てられた形跡はなく、無臭。



豪徳寺-10
 DJの不法投棄。ターンテーブル。



豪徳寺-18
 上へと   



豪徳寺-19
 今のところ、人の気配はない。



豪徳寺-21
 開いている部屋がありました。窓も。



豪徳寺-22
 目の前は緑の多い公園。環境は最高なのに、ここが廃墟になった理由とは   



豪徳寺-24
 補修をすれば、部屋はまだ使えそうだ。オーナーが何らかの理由で、失踪でもしたのかも。



豪徳寺-25
 早起き散歩爺さんと、挨拶を交わすような人もいたはず。



豪徳寺-26
 新聞は比較的最近のだ。



豪徳寺-27
 お気づきだろうか   

 割られているガラスの破片が、全て内側へと散らばっていることに。

 風呂場の方へ行くと、人の痕跡を発見する。屋上へと進み、さらに、怪しかった一階の物で溢れていた部屋へ、ライトを用意して、再探索を試みる。

 

つづく…