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 人や勉強といった束縛から逃れ、開放感に思うがまま浸りきる。ともすれば、一生後悔することになるかもしれないこの夏休みを、傍目には満喫してしまっている、まだまだだこれぐらいと、平静を装っている風の、キョーコさん。

 スターとしての憧れ、所さん。現実社会での、等身大の愛、金山君。入試までにはまだじゅうぶん日がある。親の仕事だってしっかりと手伝っている。もしかしたら、キョーコさんは僕が思う以上に、物事を使い分け計算することの出来る大人だったのかもしれない。

 僕が中一の時、二回目ぐらいの北海道旅行でのこと。ローカル線のボックスシート対面に、僕よりはあきらかに背格好が良いが、大学生まではいかない、高校生らしき男が着座した。透過率0%と言ってもいいぐらいの、目の色を全く窺えない、真っ黒のサングラスをかけている。深夜に徘徊をしているヤンキーならまだしも、東京でさえ、昼間から威圧感のある黒いサングラスをかけている高校生など、見かけたことはなかった。

 地方の学生はませているとよく聞いてはいたが、こんな大胆な高校生がいるものかと、北海道は凄いところだなと、驚きの目で彼を、見ないふりをしながらも、視界ギリギリの端の方で、一部始終を逃すまいと、注目し続けていた。

 驚いたことに、彼の傍らにあった、ガラの悪い街金の債権取り立て屋が持っていそうな、ジッパー製のミニバックをガサゴソしたかと思うと、その中から、当時中一の僕には輝いて見えた、「週刊プレイボーイ」を取り出し、おもむろに読み始めた。

 今思えば、週プレなど、アイドルグラビアに少し政治ネタがのっているような、他愛もない雑誌だが、中一の僕にとっては、店頭でギリギリ恥を忍んで買える雑誌でありながら、読む際は当然、密室で一人きりの時に限られた、チョイエロ雑誌。

 北海道の高校生は、あの、エロさ漂う(当時の僕の視点で)週刊プレイボーイを、粋な真っ黒なグラサンをかけつつ、列車内で人目をはばからず堂々と、読むことができるのだなと、唖然とし感心するのと同時に、僕が中一だとはいえ、埋めることのできない、圧倒的な精神年齢の大きな開きを、見せつけられたのだった。

 振り返って思えば、場違いなサングラスをし、エロ本を列車内で読むという、羞耻心を抱くことさえ気付かないような、ただ背伸びをしたかった勘違い少年の、消したくもある黒歴史にしかすぎないが、東京などの都会ではまず見られない、大人びた行為であったことは確かだ。

 この一件により、僕の日頃思っていた「地方の少年少女は都会とは違う諸条件などにより、精神年齢が高くなる傾向にある」といった一般でも言われるこの現象は、目の当たりにした体験により、確信として捉えられるようになった。

 キョーコさんも中三でありながら、都会と違った開放的な環境や、監視の緩い人間関係により、実は僕が思っているより、幾分も、大人なのではないかと、この日記を読み進むうえで、感じてきていることではある。

 そんな大人の世界を垣間見る、サブカルチャーを学ぶ第一ステップが、当時の深夜ラジオ放送のオールナイトニッポン。

 しかし、所さんやタモリさんのオールナイトニッポンは大騒ぎをしながら聴いているものの、北海道民のスーパースターでもある、こと松山千春に関しては、

まあ  おもしろ い ようだ   

 それほどでもない様子。今では信じられないが、当時の松山千春の写真をみるとかなりモテそうなベビーフェイスなので、どちらかというといかつい顔好き傾向のあるキョーコさんの好みではなかった可能性も。

 松山千春が道民によりいかに愛されているかは、こちらの記事が大変詳しい。

松山千春のコーナー

 キョーコさんが周囲の中学生より、大人にならざるを得ない必然的な理由として、史之舞とのコミュニケーションがある。

 放おっておけば、ネコや豚のモノマネを夜通しやり続けてしまう、年上の兄弟、史之舞。親は酪農で忙しいからか、キョーコさんは街にある史之舞が入院している療養所へ、ことあるごとに通っている。

 何もそれは気苦労だけではなかったようで、実は職についていた史之舞にボーナスが九万円もあり、チャーハンをおごってもらうという、ささやかな喜びもあったりした。

 僕の地元でも、市がそのような枠を用意していて、パン屋さんの従業員でよく見かけたりする。

 JAコープのスーパー内。それらしき人が、指導員に指図されて、焼き立てのパンを並べていたが、そのうちの一個を彼が床に落としてしまった。僕が至近距離にいて横目でしかと目撃していたのだが、一瞬ためらったものの、彼は落としたパンを商品棚のトレイにのせてしまった。指導員は僕の気配と態度を察し、「こういうのは駄目だよ!」と叱っていたが、僕にしたら、正直過ぎていいのではないかという感想を持つ。普通のパン屋であっても、裏に行ってから何食わぬ顔をしてお盆にのせるだろうし、裏で落としたとしても、同様だろう。彼は素直であっただけなのだ。

 差し迫る新学期。

 左手を痛めたりしつつ、家業の酪農作業を手伝い、史之舞の世話をし、疲れきった夜には、楽しみはオールナイトニッポンを聴くことぐらい。そのラジオでさえ、疲労から寝過ごして、聴けずじまいのこともあった。

 告白はもういい。キョーコさんは当時にありがちな、現実路線へ舵を切ろうと、あの方法を思いつく。

 もうひとつ。金山君の特徴でもある、あの仕草を真似ることで、彼と人身一体になってやろうかと、青春時代の取り返しのつかない貴重な時間を、無益な労力に彼女は費やしてしまうことになる   
 


16a
 1978  ,  8月  16  日  (17日)  0:10

グヤジ    !  グヤジ    !
もうちょっとだ った の に  .  .  .  .  . 。
昨*日  (**)  所 ジ ョ ー ジ の  オ ー ルナイト
ニッポン 聞 こ ** う と思って が まんして
 1:00 15~ 20 く ら い 前まで  起き て て
そのうち  うと うと と  ねむくな っ てきて
ね てしま っ たの だ   !!   気が ついて 起き て見ると
 3:15  ご ろ だ  っ たの  だ   ,   なんて ひにくなことなの
 その あ と  30 分 くらい  く やしが   っ  て まくらをぶったた
いていた の だ  .  ぐやじ ~~~  ぐ やじ  ~~~
来週まで また  また なく て は いけなく なった
せっかく *  昨日  とい う 日 を  大へんたのしみ に
 してい た の に   ,   なんて こと なの  !所さん
くやし ~   い   もう  泣けちゃ う  !
今日は  タモリ だけど 今日 こそ は  ガ ンバルぞ!
なんで すく ねちまう んだろう  !
もう少しで学校も  はじま っ ち ゃ  う  し
あんまり 今年 の 夏休みは おもしろくなかった
もっと  たのしい  こと あれは よかったのに!
金山君 . . .考えれば考える ほど わすれられなく 

病人のように気だるそうに喋る、岡村隆史のオールナイトニッポンを聴き逃し、悔しがる人は果たしているだろうか。僕もかつてはヘビーリスナーだったので、キョーコさんの発狂するほど残念がるその気持は、痛いほどよくわかる。

現在のオールナイトニッポンをたまに車の中で聴いたりするけど、その昔、呪文のように唱えていたスポンサー名が、今ではたったの一社か二社!もはや深夜ラジオ自体が風前の灯火か。

>所 ジ ョ ー ジ の  オ ー ルナイトニッポン 聞 こ ** う と思って が まんして 1:00 15~ 20 く ら い 前まで  起き て てそのうち  うと うと と  ねむくな っ てきてね てしま っ たの だ   !!

典型的な深夜ラジオあるある。ネットが普及するまでは、皆、こうだった。

>その あ と  30 分 くらい  く やしが   っ  て まくらをぶったたいていた の だ  .

人気のあるテレビのスターだと、テレビ番組のエピソードとかを話すので、生放送の「噂のチャンネル」レギュラーだった所さんなら、少年少女は裏ストーリを追認すべく、ラジオにかじりついていたはず。旬のネタを聴き逃しでもしたら、次は一週間後。その失望は大きい。

>今日は  タモリ だけど 今日 こそ は  ガ ンバルぞ!

鉄壁の、「所さん」「タモリ」のツートップ。

いろいろな状況証拠から、やがては松山千春にたなびくような気がするのだけれど、それは、数年後なのか。

>もう少しで学校も  はじま っ ち ゃ  う  し

もうすぐ学校だというのに、さして変化のない毎日を過ごす彼女。東京だと、夏休みには朝にラジオ体操をやらされたりした。形式張った行事ごとはむしろ地方で強制的にでも行っていそうだが、キョーコさんの町は過疎すぎて、人が集まらずに、開催ができなかったのかも。

>あんまり 今年 の 夏休みは おもしろくなかったもっと  たのしい  こと あれは よかったのに!

旅行は学校でキャンプに行っただけ。零細酪農一家に、旅の思い出は存在しないのか。厳しい北の家族の小さな夏の物語がここに、ひっそりとあった。



16b
なって しま うのよね   .  せ つなくなってし ま うのよね
か え って だんだ ん  好きに なって * い って る み た い
金山!  お い 金山 * 私と 友達に なってくれ
私と文通 し て もら お うかな  .
金山 君 . 私 の こ と  き ら わ ない  で  よ  ,
おねがい で  ~~す  .  同じ 左 きき の よしみ
 じゃないす  か ね !   君に 好き な 人  が  い るのを
知 って て 言ってる の よ.  おねが いし てんのよ.
文通 し て も ら お  か なあ  ,  字は へ ただ けど
 こ の 字  み て も  わ か る  で  し ょ   .
今ね 左 で 字 を書 く** 練 習 し てんの
きた ない 字 で しょ  .  金山 君 の 字っ  て どんな
かな . こんなに きたなくないよ ね .
 よし決 めた 友と 文通 し て
も ら お う .  たとえ 結果が
悪くても それ で  じ ゅう
ぶんに  まんぞく しよう
それ以上 の ことは  のぞまない
ことにしよう ・ 自分の ききて*で書いた
字って 右手 より  きたないのね !
まけるな  くじける な  おやすみ 

電波の中の「所さん」をアイドルとして崇めつつも、時には汽車の中での密室空間に二人で存在することがありながら、声さえかけられない、近くて遠い金山君に、益々惹かれていく、キョーコさん。

>金山!  お い 金山 * 私と 友達に なってくれ

金山君と学校内で顔をあわせられる機会は、もう、一年も残ってない。こうなったら、友達でいいと。別々の高校になってしまったら、学園のスターである金山のこと。行った先の高校でよりどりみどりだろう。そうなる前に、友達でいいから、キョーコという異性を、末席にでもかまわないから、置いておいて欲しいのだと、切なる願いを深夜に吐露する、彼女。

>私と文通 し て もら お うかな  .

文通恋愛事情はよくわからないが、好きでもない女の子と、男の子は文通などするのだろうか。双方、下心がないと、そんな七面倒臭いことはやらないと思うけど。

>今ね 左 で 字 を書 く** 練 習 し てんのきた ない 字 で しょ  . 

大変なありがちなことではあるが、普段よりかえって字が上手くなっているという現象。

>よし決 めた 友と 文通 し ても ら お う .  たとえ 結果が悪くても それ で  じ ゅうぶんに  まんぞく しよう

恋人なら駄目でも、文通ならいけると踏んだ、キョーコさん。あきらかに下心があって文通を申し込んでくる女の子に、金山君にその気がなかったら、文通だけを良しとする決断をするのだろうか。



 新学期になり学校へ行かないことには、勉強も金山愛もただただ夢想を繰り返し、一切実りのない脳内議論をひたすら続けてしまうばかり。

 壊れたテープレコーダーのようになってしまったキョーコさんは、またもや、かつての輝きし日のあの瞬間、修学旅行での金山君との衝撃的な出逢いを思い出し、恍惚の表情を浮かべ、良かった・・・良かったと、黄昏れてしまうことになる   
 


つづく…

「最後の夏の回想」 実録、廃屋に残された少女の日記.43