その人の深夜ラジオを聴き逃しただけで、悔しさのあまり、三十分間も震える拳で枕を叩き続けた、彼女。
住む世界が違う芸能人とはいえ、恋い焦がれるばかりに、勉強もろくに手がつかずに、心の奥が締め付けられるかのように、悩ましく、ただひたすらに、悶々とした日々を送るということが、誰しも、青春時代に一度や二度は、あったかもしれないが
キョーコさんは大変まずいことに、長風呂でのぼせでもしたかのようなアイドル熱に、受験の数ヶ月前にかかってしまうことになる。
テレビやラジオでの、所ジョージの一挙手一投足に、受験勉強も忘れて、病的といってもいぐらいに夢中になってしまっている、彼女。
夏の終わりという、ひとつの節目を迎えるにあたり、所熱の傾向は益々高まってしまうのか。あるいは、先の長い人生を見つめて、無益なアイドル熱を封じ、勉学に精を出そうとするのか。
北の大地の草原にたたずむ、とある一軒の木造家屋の二階で健気に暮らす少女へ、本人がうかがい知ることないままに、人生の分岐点がまもなく訪れようかとしていた
1978 . 8 月 17 日 10 : 35
昨日 も また タモ リの オールナイトニッポン
を 聞けなか っ た . そう , 所さんの
時と 同じこと を し たの だ .
1:00 何分前かまでは 起 きていた の
だけれど ねてしま った の で す .
そして 起 きたの は 3:00 時 すぎ
だったの よ , またも グヤジ
なんで い っ つ も こ う な っ て し ま うの ?
頭に きちゅうも う, 来週聞 きたいけど , い や!聞くけど
次の日 は学校だし勉強 に ひびく のようね .
大変ね . でも それ く ら い ガマン して 聞くぞ う
所さんのため なら オールナイト ニッポンを聞くために は
金山 君 , 私は見てるだけ で いい , BUt,BUt
BUt ! なぜ こうなってしまったのかしら .
あの修学旅行の時 , その時 ギター をひいた
彼を 「 いいなあ . ギターうまくて うらやましいなあ .
うまいなあ カッコイイ なあ 」 その よううな 気** もち
でしかなかった この 私 , そのあと バスで 声をかけて
****くれた 彼 に だんだんひか*れて
深夜に響き渡った、そば殻枕の乾いた打撃音。翌日、またもや同じ過ちを繰り返す。
>タモ リの オールナイトニッポン を 聞けなか っ た . そう , 所さんの時と 同じこと をし たの だ .
当時のタモリのオールナイトニッポンに、「思想のない歌」というコーナーがあった。そこで紹介された”さいたまんぞう”の曲「なぜか埼玉」が話題になったというが、キョーコさんに、サブカル的要素を楽しめるような、偏屈した感性があったとは思えない。所ジョージはまだしも、タモリのどこにそんなに心惹かれていたのかは、文面だけで知り得ることは難しい。
>そして 起 きたの は 3:00 時 すぎだったの よ , またも グヤジ!
酪農を手伝っているといっても、朝から晩までではないだろうし、勉強はほとんどやっていない。一日の主目的がオールナイトニッポンを聴くという生活になってしまった、この夏休み。一生後悔するようなことに、ならなければいいが。
>あの修学旅行の時 , その時 ギター をひいた彼を 「 いいなあ . ギターうまくて うらやましいなあ .うまいなあ カッコイイ なあ 」
何度目の回想なのか。僕も定期的に、この日記シリーズの中で、まとめ的に、キョーコさんの廃屋を発見して、日記を持ち去るくだりを、繰り返し意図的に記述している。最新の日記から読み進めようとしている人には、どのような経緯からこんな古い日記が連載されているのかという、説明が必要だろうとの、考えからである。多少文体は変えているし、そういった趣旨のもとにやっているので、『また得意げに同じこと書いてるよ・・・』と、くれぐれも思わないで欲しいもの。
ブラジルのサンパウロにある日本人宿、「ペンション荒木」に泊まったことがあるが、なぜか短期滞在用の別館に僕はいれられてしまった。ドミトリーは、一日二日で去っていく人ばかり。ただ、窓の横のベッドの人だけは、ブラジルに移民した日本人の人で、もう、数十年も、ドミに住んでいるのだという。その日本人のお爺さんが、立派な写真集を僕に見せてくれて、「これは私がブラジルへ来るきっかけになった、ニチア移民少年団なんです。巻末に名前もあります」と説明してくれた。以降、十日ほど滞在したが、彼は毎日その写真集を取り出し、同じ説明を繰り返した。時には、一日に二度も。貧しかった頃の日本から、ブラジルに夢と希望を抱いてやって来たものの、その結果が、ドミトリー住まいで、しがないバックパッカーに、毎夜同じ話を繰り返す、痴呆の症状がある、悲しき独り身の日系人のお爺さん・・・。
キョーコさんの過去の生暖かい栄光に浸っているばかりの、その様子を見ていると、あの、サンパウロのドミトリーのお爺さんを、ふと、思い出して、悲しい気持ちになってしまった。
もちろん、キョーコさんの場合は、これから様々な選択肢や出来事があり、移民のお爺さんのようなことにはならないと思う・・・というより、そう願ってはいるけれど
しまって いった , で も 声を か *けられた時は
まだ * ただ ギターがう まくて .声のきれいな カッコイイ
金山君 で しか なかった , だ から私 も かるく 返事をした
「ギター うまか っ た よ . カッコイイネ ・・・・」*など など
と言ったの だ , つ い で に ピ*コット というチョコ
まで 手の上に お い て や っ て いたの で す よ .
今の私には と て も 信 じ ら れん 行 動力だった
と言 きれる のだ , ふしぎ ,ふしぎ ,ふしぎ じゃ
思えば あの 中二 の 時 から金山君を 知ってい たの
かもしれない . バレーボールの 時 の彼 .***
左 ききだった のはよくわかっ て いる .BUt **
名前は しらない .それが も し 金山君 ならば
私は 中二の 時 か ら 彼 に こうい
を持ってい たと 言って *****
いいのら! だけど そのときの彼が
修学旅行の 時 の彼 だ と は その時
全然 知 ら なかっ た の よ . どうなってんのか
ね , とにかく もんく の つけようのない
金山君ね . 背はふつうぐらいだし
やせてるし ,ギターはうまいし , 声はいいし(高い)
高飛びは 一番だ し 走るのははやい し
顔は いい と思うし もう しぶ んの ない金山君好き
まけるな くじ け る な お やすみなさい
>で も 声を か *けられた時はまだ * ただ ギターがう まくて .声のきれいな カッコイイ金山君 で しか なかった ,
これも、何度も聞かされたフレーズ。よっぽど気に入っているらしい。ギターとともに出くわした、この何気ない出逢いは、最良の思い出となり、ただ懐かしむだけのエピソードとなってしまうのか。それとも、新たなる次章はやって来るのだろうか。
> 私 も かるく 返事をした「ギター うまか っ た よ . カッコイイネ ・・・・」,
恋を意識していなかったキョーコさん。今では考えられない大胆さが・・・というより、社交辞令として軽く流す余裕があった。
> つ い で に ピ*コット というチョコまで 手の上に お い て や っ て いたの で す よ .
アポロチョコみたいなのを片手に乗せて、曲芸のようにギターを奏でていたのかなと思ったが、「ピコット」というのが不明であった。当時ならギターを弾けるだけでもモテるのに、あわせてお菓子を使った技まで見せてつけてしまえば、キョーコさんのような恋愛耐性の低い女の子は、ひとたまりもなかったのだろう。
>思えば あの 中二 の 時 から金山君を 知ってい たの かもしれない .
中二の時に心ときめいた彼のこと。深くは気にとめなかったものの、今思い返してみれば、金山君であったと。運命づけられていた。昨日今日の金山愛ではなかった。これも彼女のお気に入りの部分で、想いを馳せるたびに、何度も引用されていく可能性が高い。
>とにかく もんく の つけようのない金山君ね .
まるで彼氏自慢をするかのよう。その堂々とした物言いに、普段の煮え切らない意志薄弱さは微塵もなかった。
金山君と所さんだけが、現在のキョーコさんの生きるモチベーション。寝ても覚めても、頭の中は彼らのことばかり。勉強など全く手につかない。
そんな中、隣の街のデパートまでわざわざ赴き、所さんのある物を、ショーケースのガラスに額と両手を押し付けるようにしてファミコンソフトを羨望の眼差しでぞき込む、まるで少年のように、物欲しげにキョーコさんは眺め続けてしまうことになる
つづく…
「夏の総括と憎悪」 実録、廃屋に残された少女の日記.44
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コメント
コメント一覧 (12)
僕はあまり記憶にというか、印象に残っていなかったのだと思います。CMは普通にみていたのだろうけど。例えば、芸人で言えば「バイきんぐ」小峠の相方のような存在というか。普通の顔で無難なことを言っているような。西の住民さんが説明するような、個別包装に特徴があったようなので、特殊なフレーバーがあるわけでもなく、味での記憶が薄いのが原因かもしれません。
細長い箱入りで個別に包装してありました。
当時16個入りで150円位だったと思います。
この日記の翌年昭和54年もTVCMやってたはずですがそこまでマイナーだったのでしょうか?
今の時代だったら、ネコを飼うとツイッターやインスタに毎日のせたりしますよね。でもそれは、他人に見てもらいたいという目的があるので、閉じた世界の日記とはまた違うと思います。キョーコさんの場合は、自分の夢や希望を語っているので、日常の風景と化しているネコはあまり眼中にないのかもし。
ピコットはかなりマイナーな存在だったみたいですね。マッシュボンのような運命を辿ったのでしょう。今では、マッシュボンを検索すると僕のブログ記事が一番上に来るので、うれしいやら、メーカーには申し訳ないやら・・・。
どうも見当たりません。
~併せて読みたい「不人気菓子『マッシュボン』を泣きながら食べ続ける理由」~
http://honoguraiosanpo.blog.jp/archives/1045750524.html
家庭科室のおばさん様もいろいろ行かれているんですね。マナウスから河下りをした後で、体がボロボロで、宿のおばさんの問いかけに生返事をしていたら、短期滞在用にいれられました。コレクトコールをしようとしたら、「誤魔化す人が多い」と言われ、電話中マンマークされたのを思い出しました。
>異臭を放つ謎の自炊をするパッカーとお互いに言葉の通じないまま自国語で喧嘩したのはいい思い出
僕のところは自炊施設はなかったです。当時ブラジルは固定相場制で、割高の外食ばかりしていました。
>あ、ちなみに金山君にあげたチョコは明治のピコット
良く覚えてますね。調べても有名店らしきパン屋さんしか出てこなかったです。北海道専売とかでは無いと思いますが。
>あまり話もしない仲なのにかなり勇気のいる行為だと思いますが、お菓子が介在するとなんとなくうまく行くものですね
糖度の高いお菓子と異性の部屋という異環境により、酩酊感のような気分の高揚がキョーコさんの中に熱くみなぎって、大胆になれたのかもしれませんね。
読みづらいところもある中、最後までありがとうございます。
初期のおもりというのは、ネコのことではないですかね。そういえば、ネコが生まれたと日記に書かれてから、以降、まったく触れていないのは気になりますが。
>日記が最後どのような形で終わるのかすごく気になります
小気味よいテンポで更新していこうかと思っていいるので、これからもよろしくお願いします。
そういうことですね。解釈違いをしていたみたいです。
>キョーコさんが金山君に「ギター うまか っ た よ 」と、まるでお駄賃でもあげるように手の上に置いてやったんだと思います
芸をやった動物に調教師が角砂糖を与えるような光景ですが、単なる友達として接していたからこそ、笑いの要素も取り入れて、大胆なコミュニケーションができていたようですね。
リベルダージの日本人宿では有名でしたねーもう一軒あった(もう少し安めのとこ)は
一時期営業していない様子とちらっと聞きましたがねぇ(遠い目…
本館のほうが長期逗留者向けでしたっけ 異臭を放つ謎の自炊をするパッカーとお互いに
言葉の通じないまま自国語で喧嘩したのはいい思い出
あ、ちなみに金山君にあげたチョコは明治のピコット(たしかチョコスナックみたいな感じ?)
だと思います あまり話もしない仲なのにかなり勇気のいる行為だと思いますが、お菓子が介在するとなんとなくうまく行くものですね
以前コメント欄でキョーコさんの兄弟の話になったのを拝見したのですが、20歳の兄、しのぶさん、キョーコさん、やっちゃんという話だったのですが、初期の頃おもりをする弟が居ませんでしたっけ?弟ではなかったのでしたっけ?ちょっと気になってしまいました。
日記が最後どのような形で終わるのかすごく気になります。また更新楽しみにしています。