白鳥湖ホテル カーペット
 うねって黒カビが繁殖をしたカーペットに隠れてはいるものの、床板は多数至る所が崩れていると思われ、場所によっては、カーペットの張力にみに支えられて足が中空状態の箇所もあったりして、身の危険さえ感じるほど。

 なので、こんもりと盛り上がっている、基礎部だろう一本の木材が通っているらしき中央の小山の安全地帯を、バランスを保ちながらゆっくりと進んで行く。



白鳥湖ホテル 22
 廊下の真ん中の僅かな安全地帯で、体の均衡をとるために腕をぐるぐるとせんばかりに、右に左にとくねりながらも部屋をのぞくと、室内の状態はそんなに悪くなさそうなので、入ってみることにした。



白鳥湖ホテル 女優
 苫小牧に本店がある着物屋さん「まつうら」のカレンダー。

 写真の女優さんは「紺野美沙子」さんでしょう。



konno
 紺野美沙子さんの女子高校生時代の写真です。今でも通用するようなかわいさ。

 泉ピンコのように怪しげなパチンコ屋営業でもやっていたら、ツイッターからその告知ポスター画像を探し出してきて貼ってやろうかと思っていたが、現在彼女は国連開発計画(UNDP)親善大使をやっているということもあり、心配されるような醜聞は見当たらなかった。経歴をみるとめちゃくちゃ育ちが良いので、それも納得できる。

 昔、自宅前の民間駐車場が竹藪だった頃、そこで二時間サスペンスドラマの撮影が行われたが、やって来たのが泉ピン子だった。沢口靖子も来ると聞いていたが、彼女は近辺にある古い民家での撮影だったので、直にお目にかかることはなかった。

 泉ピン子は終始不貞腐れたような仏頂面であり、マネージャーらしき若い女性に向かって「メイクー!!」と怒鳴り散らし、撮影の合間に化粧道具のセットを持ってこさせていた。アゴで人を使うというのは、まさしくあのことなのだろう。

 沢口靖子がそれをやっていたなら驚くが、泉ピン子の場合はテレビで受ける印象とほぼ変わらなかったので、特段気にすることもなかったが、その後、僕はバックパッカーとして色々な国へ行くことになり、その先々で、例えば特に、マレーシア、インドネシア、キューバ、イラン、の各国で、当時それらの国をほっつき歩いているアジア人は日本人ぐらいということもあり、僕の方へ指をさしながら彼らは「おしん!おしん!」と叫ぶのだった。

 日本での「おしん」の放送はもうだいぶ前のことだったが、テープが時間差で世界を巡回しているのか定かではないものの、大ヒットドラマによる洗礼を各国で受けたのである。

 僕としては、おしんなんて今さらで時代遅れ感も甚だしいったらなかったが、今だに韓国人に対して「ヨン様、ヨン様」言っている人は確実にいるだろうし、そこはぐっと堪えて、大人の対応をみせることにして、笑顔で彼らにつき合ってあげることにしていた。
 
 そんなこともあり僕はコミュニケーション手段として、拙い英語で、「おしんの母親役の女優を直に見て知っているが、実際もあんな感じで冷酷なんだよ」と話のとっかかりとして話すのだけれど、彼らはあそこまで虐待を受ける日本人の少女に興味津々なのであり、女優としての泉ピン子のパーソナリティーには全く興味を持っていないということが判明。途中からそのネタは封印することに。


白鳥湖ホテル スワン
 白鳥湖ホテル内に、「スワン」という名のホームバーがあった痕跡。

旅のおつかれをおつくろぎ下さい   

 正確には「おくつろぎ」である。まず、日本語としての文章からして間違っている。

 かれこれ数十年、従業員はおろか、先人の潜入者達でさえこれらを指摘してあげられる者はいなかった様子。



白鳥湖ホテル タンク
 現在タンクの中味は空かもしれないが、当時からのことだと考えると、なんとも危険な配置と管理体制であったのかと背筋が寒くなる。



白鳥湖ホテル 肩たたき
 直線と平面で構成され、そのやぼったい厚みゆえ実際の質量以上の重厚感がある。昭和の遺物のような電動肩叩き椅子。

 全室標準装備ではないだろうし、ここはVIPルーム的な部屋だったのかもしれない。



白鳥湖ホテル 掃除機
 今やレア度三倍増しぐらいか。サンヨーの掃除機。



白鳥湖ホテル 歯ブラシ
 22号室を出て少し歩いて別の部屋へ入ると、そこは倉庫としていた利用されていたらしき部屋。

 壊れたけど修理もされず置きっぱなしのテレビが二台。撒き散らされた歯磨きセット。記念に持って行きたくなる物は何ひとつ無し。

 ホテル内は広大で階段が至る所にある。思いついたようにまた地下へと   



白鳥湖ホテル 自販機
 今だったら誰もお金を入れなさそうな、タオルの自販機。二百円とはお高い。



白鳥湖ホテル 調理場
 鍋や食器類が結構そのままになっている厨房。

 廃墟白鳥湖ホテルの中では、珍しく当時のままの状態を保っている。



白鳥湖ホテル 段
 振り返ると、厨房後方壁際には、畳が縦に二畳ぐらいの余剰スペースが。コックさん達の休憩場として使われていたようだ。



白鳥湖ホテル クローク
 クローク・ルームがある。お客の荷物を預るようなサービスまでやっていたらしい。

 ここもまた、中を拝見させてもらうことに。



白鳥湖ホテル テープ
 これといってめぼしい物はない。カラオケ用の8トラック・カートリッジの残骸くらいか。

 8トラックは1970代後半以降、性能の良いコンパクトカセットにおされて衰退。しかし、巻き戻し不要といった特徴から、カラオケ用や路線バスのアナウンス用として、一部で1980年代後半まで使用されていた。

 よってこの残骸は1980年代の痕跡だと推測される。

 クローク・ルームを後にして、本館への階段を駆け上がる。



白鳥湖ホテル ロビー
 ホテルの顔とも言える、フロント横のロビーへと。

 しれっと飾られた丸太風の枠に囲まれた大型ミラーだが、かつてガラスケース内に並べられていた商品の万引きセキュリティー用として使われていたとものに違いない。



白鳥湖ホテル まんじゅう
 市役所の受付前にあるような質素なソファー。

 今では知る人も数えるほどの湖だけれど、白鳥湖まんじゅうなんていうのも売り出していたようだ。



白鳥湖ホテル ドア
 これが白鳥湖ホテル、本来の入り口。

 湖から土肌の山を登り、森をかきわけて来て侵入を果たした僕からすると、地上への入り口ということになる。

 成吉思汗コーナーからは瓦礫で塞がれていて外へ出られなかったが、この正面入り口からはどうなのか。

 あわせて、夥しい従業員の痕跡が残るフロントまわりも、入念に調べていくことになる   



つづく…

「地上へ脱出」 幻湖、森の上の廃墟「白鳥湖ホテル」.4

こんな記事も読まれています