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『私くるっている・・・』を連呼したりと時折端々に情緒不安定さをみせる彼女が、どうにか笑顔を保っていられるのは、「タモリと所のおかげ」だと弱々しくも儚げに日記に訴える。

 思えばこの一ヶ月の夏休みの間、一応受験生であるという手前もあり、世間体を気にしていたのか、キョーコさんはろくに外出もせず、自主的な監禁状態へと自分を追い込んでしまっていた。

 そこで勉強に励むならまだしも、ペンを握るのは一日の締めである日記の執筆の時ぐらい。

 他の時間はどう過ごしたかというと、二十四時間テレビの手塚アニメを思いのほか堪能してしまったり、施設通いの姉とだべったり、従来の金山愛に加えて、前言の所・タモリへの愛を日がな一日繰り返し妄想し続けたりと、怠惰とひたすら無益な日々を新学期の前日まで繰り返してしまうことに   

 内地よりひと足早い新学期を迎え、いきなり”あの”夏らしい授業をすることになり、キョーコさんの不安定だった精神状態は落ち着きを取り戻していく。

 夏季休暇の頃の精神の危うさは、金山君を間近で感じることができないという不満がつのっての、禁断症状がもたらしたものであったのか。

 憑き物が取れたかのようなキョーコさんは、実行(勉強)をする前であり根拠はないながらも、絶対高校へ行ってみせるぞと、固い  もう何度目かの  決意を表明する。

 名指しで、あの高校へ絶対行くのだと・・・一度は、下位の方の学校でいいやと開き直っていた時期もあったが、勉強は何ひとつやろうとしない身でありながらも、とりあえず、諦めてはいないのだという闘争心の炎が内にいまだ消えずにくすぶり続けていることを、暗に示してみせたのであった   



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1978 ,  * 8月 28日   11: 57
 明日は プ ール だっ て  ’   いややな  あ   .
  卓球 の練 習 は つかれ るなあ
いやになるなあ 、  ももがいたいなあ
 タモ リ大好き  ,  会いたいなあ
結婚 しても い いなあ (私って くるってる
みたい ?) それ で は みなさんタモリ好き
  大好きタモ リ おやすみ のキス です  チュ !
            おやすみ

 1978 年  8月 29 日  (火)  11 : 45

今日ですね  .   水 永が あ った の れ すよ  。
小 学 生と  いっしょ だ  っ  た ので す 。  AND  ,並木の
 中学生も  な んです ね  ~~  。  ニタニタ タ リ   ンコ   ,
金山君が い たんで す よ  .  およげ る  ん で す よ  .
宮脇 さんも いたねえ .  うまいよ 彼 。 山角君 も
まあ うまい よ 。  妹さん の佳子 ちゃんは 来てな か っ た なあ .
とにかく  ひさ しぶ りに たの し か っ た  。  今年 . 初め ての 水 永
 だ っ た  んだ も ん ,  私 には 。   た のしか っ た うえに つか れ た  ,
それに 金山君  の  姿も バ ッチ シ  見たし  .  およぎも 見たし. 顔も見た
 いや~~  じ つ に う れ しい  . た のしい  .  しあ わせ じ ゃ ~~~~~   。
 BUt  今日 は ま た  卓球が あ ,て  。  水永に 卓 球 あ  ~~  も う
 つか れ て  つ か れ  て 今  も う ねむ くて まぶ た が  コ ン ニ チワ**に なり
 そう .  今 日 は た ぶ ん オールナイトニ ッ ポ ン 聞 けんだ ろう 。
せ っか く 所 ジョージ な の に  ,  くや しい なあ 。  聞き たい けど
 もう  げんか い だ し なあ  ,  あ ~ つ  ら  い  。  今日は あ き らめ る
 明日 の タモ リ の  だ けは聞こう , だ って 金山君 見 た もん  。
(さ っきか ら 同 じ ことば っ か しね) 家での 勉強 は ぜ んぜ ん
 し てな い し  これじ ゃ高校は  む りか  ,  ぜ っ たい「ろしょう 」 を 見ざすぞ
*おちこんだ っ て  い い  せ いいっぱ い ガ ンバ っ て みせ る では
         きたいを せ お っ て   お や す  み

軽妙な韻を踏みつつ「なあ、なあ、」を連発させ、それの帰結するところは、大方、水泳をやりたくないばかりに、その病欠の理由を編み出そうとしているのではと思われたが、答えはまたもや「私、くるってる?」アピールであった。

姉の史之舞があんなだから、血筋を心配しているのか。それとも、受験勉強に失敗した時のために、今から予防線を(相当手の込んだ)張ろうとしているのか。

あるいは、タモリさんが好きだという女子中学三年生の異常性を、狂人だからしようがないよと、自分を納得させるためであるのか。

いずれにしろ、ここ最近のキョーコさんによる狂人アピールには、思春期の中学生にはちょっと見られない闇が、見え隠れしているようでならない。

>大好きタモ リ おやすみ のキス です  チュ !

中三の女の子が、タモリをここまで愛してしまっていることに、羞恥と説明を自分に問うたとしたら、それこそ「狂人だからしょうがないでしょ   」と自虐的になるしかないのかもしれない。

狂ってなきゃ誰がダチョウやハイエナの物まねをやっているような芸人のファンになるものかと。それを考慮すると、自分の非現実性を受け入れるために、まるで道化者にでもなって身を落としてまで、タモリさんへの愛を叫び続ける勇気と意思の強さは、褒められるものであるし、その熱意を少しでも受験勉強へと持ってこれたとしたら、まだまだ進学のチャンスは残されていると考えられなくもない。

内地よりひと足早い新学期   

八月の最終週を十一月の頭に持ってくるという、キッズウィークなるものができるようだ。道内の小中高はどうなってしまうのか。ただでさえ少ない現在の夏休みを更に削って冬の休日を一週間増やしたとしても、キョーコさんのようにますます引きこもってしまう人がただ増えるだけだと思われる。

>今日ですね  .   水 永が あ った の れ すよ  。

>小 学 生と  いっしょ だ  っ  た ので す 。  AND  ,並木の 中学生も  な んです ね  ~~  。

周辺の中学だけではなく、水泳の場合は小学生まで一緒に授業を合同でやっていたらしい。こういった現象は、東京の都市部の学校でもそう遠くない将来、やって来るのではないだろうか。大量の移民でも受け入れれば別だが。つまり、東北や北海道を特区として、移民解禁をやっていたなら、現在のような農業の衰退や過疎化は防げていた可能性がある。車でアメリカの南部を旅行していた時、ど田舎の道を走っていると、ヒスパニック系の人が本来禁止のヒッチハイクをしている光景を何度も目にした。車が必需品のアメリカで中古車さえ買えない人達がいることにまず驚かされ、そんな大量の低賃金労働者が先進国アメリカの農業を支えているという合理性に感心さえした。かつての黒人奴隷の代替手段ではあるが。

>山角君 もまあ うまい よ 。  妹さん の佳子 ちゃんは 来てな か っ た なあ .

この日記の連載が長く続くとは思わなかったので、初期の頃は人間関係のメモを全くとっていなかった。もしかしたら初出ではないかもしれないが、キョーコさんもいまだ微かに想いを寄せる山角君の、その妹が、金山君の恋人である佳子さん(キョーコさんいわくお似合いのカップル)だったとは、三者三様に複雑な思いがあるのではないだろうか。山角君の家の前で、佳子さんが一緒になってバレーボールに興じるという謎の現象は、当初、中学生はまだ子供だから友達感覚で遊んでいるだけだろうという声が多かったような気もするが、妹なら、それも当然のことである。

コメント欄で、「そういえば、初めの頃にお守りをしているような子供はいませんでしたか?」という質問を受けたことがあったが、メモをとっておらず、すっかり忘れていたので、「ネコの子供のことではないですかね   」とおざなりな返答をしてしまったことがある。よく読み返してみると、漢字一文字のそれらしき子供がいたことが判明。当初、訳あって「リョウ」と記述したはずだったが、現在は「豊(ユタカ)」と記している。

>ひさ しぶ りに たの し か っ た  。  今年 . 初め ての 水 永 だ っ た  んだ も ん ,  私 には 。

廃人のような夏休みを過ごしたキョーコさんが、久しぶりにはじけるような笑顔と、その一言。

>まぶ た が  コ ン ニ チワ**に なり

現在でも学校の先生が使っていそうなギャグ。この頃から存在していた様子。赤塚漫画の影響だろうか。

>家での 勉強 は ぜ んぜ ん し てな い し  これじ ゃ高校は  む りか  ,  ぜ っ たい「ろしょう 」 を 見ざすぞ

清々しいまでの、二律背反する言葉の流れではあるものの、まだ心は折れておらず、キョーコさんの狙う二つの高校のうちの、金山君も行く予定の上の方の高校を掲げてみせた。

>きたいを せ お っ て   お や す  み

現状では両親は酪農を手伝ってもらいたいようにも見受けられるが、実は進学をしてもらって、毎月決められた給与をもらえるような会社に就職して欲しいと、願っているのかもしれない。



 目標だけは失っていないキョーコさんの所へ、また史之舞がやって来て、今度は悪態のようなものをついて邪魔をしていく。その嗜好により、キョーコさんはかなりの迷惑をこうむることに。

 ネコの妊娠報告をするような暇はありながら、「あの言葉は何でしょうね・・・」と自分への戒めの発言も飛び出す。一向に勉強をしようとしない彼女の本意は、一体どこにあるというのか   



つづく…

「姉の精神と運命」 実録、廃屋に残された少女の日記.48

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