正面3
 今後の整理手続きとその間の従業員の法的な立場について一通り説明し終えると、弁護士は大きなかばんを抱えて逃げるように立ち去った。

 後には、倒産のショックも、失業という事実も、その唐突さに消化できずただ俯いて立ち尽くす、14人の無言の男女がいた。

「私の・・不徳の至り・・だ。」オーナーの門井が俯いたまま震える声を絞り出した。

 重苦しい沈黙を有田マネージャーの小さな声が破った。

「・・なまえ、決まりました。・・」


きつね
 たっぷり半分ほどもたって、やっとオーナーが顔を上げた。不審な顔の、目で問う。

 有田はオーナーの視線を受けて、もう一度、今度は少し大きな声で繰り返した。

「・・名前が決まったんです・・。ポテトくんの・・ガールフレンドの。昨日が応募の締切でした・・・」途中から言葉が止まらなくなった。

 オーナーの顔にほんのり微笑みのかけらのようなものが浮かんだ。

「昨日・・そうだったか・・。」

 配膳チームの女性たちが顔を上げて小声で話し始めた。凍てついた食堂がほんの少し明るくなった。


フレンド2
「ポテト・・『ポテトちゃん』です。」

 有田は誇らしげに開拓者の恋人の名を宣言した。

「ポテトくんにポテトちゃん、か。こいつはお似合いのカップルだ。」オーナーが微笑んだ。

「こんのヤロー!俺より先に彼女なんか作っちゃって!」

 ひょうきん者の昭夫が素っ頓狂な声でおどけると、皆がどっと沸いた。

 配膳チームのリーダー、おトキさんがオーナーの元に走りよって笑顔で小耳に何かささやいた。

 オーナーが黙ってうなずき返すと、おトキさんの采配の下、配膳チームが円卓カウンターに入り紙コップに酒を注ぎ始めた。


キリン2
 未成年の昭夫はお気に入りのキリンレモンだ。

 清掃チームはPOTATOKUNの窓の前に机を運び、オーナーを上座に招いた。
おトキさんがオーナーの手に銘酒「かどや」の紙コップを握らせる。

「それでは・・。若い二人の前途を祝福して・・。」(ここで番頭頭の徳さんの「あらオーナー、気が早いわよン!」の横槍)

 間引いた照明の明かりを笑顔が照らしたかどや最後の朝。乾杯の声が食堂に響いた。

 オーナーは苦手だったはずのわさび漬けにしきりに箸を伸ばして涙をごまかした。

「チャリン!」鈴のような音だと、一瞬暢気に、思った。

 目を追うと食堂横のガラス前にうずくまる門井オーナー。足元に散るガラスの破片が朝日を受けてきらめいている。オーナーが握り締めた右手から赤い滴が垂れているのが見える。


フレンド1
(あ、POTATE君・・?)

 窓ガラスから突然消えた親友の姿に呆然と「なぜ?」を繰り返す有田。

 社長の下に駆け寄るトキさんに押しのけられてその場にへたり込む。おなかが空いた。

 もう10時に近いはずだ。土足で乗り込んで所かまわず差し押さえ札を貼り付ける執行官に殴りかかった昭夫が警官に挟まれて連れられたのが確か9時少し前だった。

 長い黒いコートを羽織ったおトキさんがオーナーのガラスで裂けた手にハンカチを巻いている。何時も割烹着のトキさんの私服を見るのが新鮮だった。更衣の時間を惜しんで割烹着でマイカー通勤していたおトキさんだったから。。

 出血が多かった。

 執行官の親玉と思しき七三男が、とまどいながらオーナーに近づいた。

「・・病院、行きますか?」


割れ2
 オーナーに寄り添って止血していたトキさんが、鬼のような形相でにらみ返した。ガラスの破片を、不器用に急いで拾って、それを親玉に投げつけた。

 不似合いなキャメルの背広を羽織った徳さんが、二人の間に立って急いでその場をとりなした。トキさんには笑顔に隠した警告で。親玉には笑顔で隠した全力の押し出しで。

有田はゆっくり立ち上がると、割れずに生き残った左側の2人を、おずおずと指でなぞった。
POTATO君・・・POTETOちゃん・・・。。

 オーナーのむせび泣きが、物悲しく。長く。響いた。

 トキさんが子供をあやすように門井の頭を胸に抱きかかえている。


アーチ2
 天井のアーチ形状。。

(・・門井オーナー。まんまる丸まるの”丸井”に改姓したら??)

 あの日の徳さんのおどけた声が耳に甦る。

 今日も笑顔の元気なふたり。あいつらにはかなわない。へこたれ知らず。折れしらず。

・・・・あばよ、ポテ公!それにお嬢ちゃん!いつかもちっと明るい場所で会おうぜ!そんときゃ俺も、美味しい一杯、奢れるぐらいに、なってるぜ!

 あばよポテ公。お嬢ちゃん。道東は、ちょいと冷えるぜ。おっとそいつはあんたらの方が詳しいよな。

 あばよポテ公。空気は寒いけど、俺の心よりあったかいでやんの。・・お前さんたちに、それ、おそわったぜ。

 あばよポテ公。

 きっと。・・いや、きっと。。。

 そんときゃ・・・


ズーム
 芯まで凍えるほど、熱い、熱い、寒さ、だぜ!




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