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 少女漫画雑誌の”付録日記帳”の最終ページに、キョーコさんが記したある行為への言及。

 何かをやってしまったのだという。自分しか読まない日記帳であるのに、敢えて”それ”は伏せ字にされたままであった。

・・・・を また して し ま  っ た。 3 . 4 回 目 かなぁ  。 バカ な私  。

 年頃の女子中学三年生が頬を赤らめんばかりに、反省をしつつも、してしまった行為とは・・・ズバリ、おねしょだろうと僕は考えた。

 頭に問題を抱えている人が家族内にいるという事実。同じ遺伝子を受け持つ影響が、キョーコさんにも少なからず、影響を及ぼしているのではないかという、僕なりの推測でもある。我ながらよく導き出したなという、ドヤ感さえ文章中に滲ませてみたぐらいだった。

 ところが、コメント欄より、少なくとも、僕にとっては予想だにしない、ある意見が寄せられることになる。

すぐにジー行為を連想してしまいました(^_^;) 年頃の女の子ですし、いくら個人の日記とはいえ濁して書くのではないかと。

 彼女の中で深まる後悔の念。言われてみれば、文中には、やめようとすればやめられるのに、繰り返して犯してしまう再犯の罪の意識のような様子が窺われる。おねしょなら不可抗力であるので、抗えないゆえのどうすることもできない憤りを、もっと激しく文中へとぶつけることだろう。

 そんな、成長期における通過儀礼のようなしおらしい行為を、恥じらいつつも自己反省してみせながら、青春時代を疾走真っ只中、少女から女へと変わろうかとしているキョーコさんに、体だけではなく、心といった、精神性の面からも、成長が感じられるような、ある転機が訪れることになる。

 カバー裏を見ると、お値段の表記がなんと七百円もする。あの”ファンシー蘇我”でも、比較的高価格帯と思われる値付けの商品を、迷うこと無く選び出して、大枚をはたいて「もう安易に放棄できないわよ」と、自分を追い込み自分へ鞭振るうことで、強い精神面からして、大人の女性へと変わりつつある自分の様子を、さりげなく自己演出してみせた、彼女。

 少女漫画雑誌の付録に子供っぽい戯言を書く時期ではもうない。この”真”の日記帳に、数十年後の立派に成長を成し遂げた「自分」へ向けた、それまでの格闘をした日々の備忘録、北の大地で切々と歩んだ軌跡の過程の言葉を届けるのだと、キョーコさんは、意気込んだかに思える。

 ”真”日記帳の背表紙には、キョーコさんの肉筆で、こう書かれていた。

「First Diary   .」と。

 つまり、今までのノート冊子の日記は、あくまでも、肩慣らし的な、試走段階のものだったのよという意図が含まれているようなのである。

 値段表記の横には、なぜか、英語の筆記体でキョーコさんのフルネームも添えられていた。せっかく習った筆記体を、ここぞと披露したかったに違いない。

 加えて、表紙カバーを捲った、余白の台紙部分には、彼女の第二弾自作ポエムで  堂々、丸々一ページも  埋め尽くされていた。

 近い未来さえ見通せない今の彼女なら仕方ないのかもしれないが、書かれているその詩の沈痛な思いが溢れる内容に、僕は思わず言葉が無くなり、じっと眺めていることぐらいしかできなかったのだ   



2
一 日  が  *  始 ま り
一 日が    過 ぎ
一 日 が   終 る

人生 に  始めと  終 り が  あ る よう に
すべ て の  も の に  初 めと  終  りが ある だ ろ う
人生は つらく きび しい
人間  一人 でたえてい くに は か な し い  . . .
かなし すぎる 人生 だ
人間 は  孤独 だ
人間 は  一人 だ  .
か なし す ぎ る  . . . さびしすぎ る . . .. あまりに も つらい  ..  .
一人 で 耐え る こと が出来 な い ことも ある  .
あって も  当 りまえ だ
人間 は  い つ も  一人で 孤独 だ から ...
フッ と  大きな あたたか い  ぬく も り が ほしく な る
 ささえ てく れ る何か が ほ し い  と 思う  . .. .
でも  人間 一人 だ  .
孤独 だ  .  そんな
人生は つ ら い
私 た ち  みんな   ... 人間等 は  孤独な人生 を過ご して
いる  .
孤独 な 人生 だ . . . さび しい  人生 だ
いつも  一人
だれも  い な い . . .  _ . . . .  .  ..  か な しい  人生 だ
 


3
ようく覚えておくんじゃよ・・・・・・
未来は過去によってきまるんじゃ・・・・・・
だから過去のことには十分気をつけることじゃな・・・・・・


 いかにも知ったふうな格言を述べているが、過去に何をしたら、廃屋の瓦礫からこの日記が掘り出されるような運命になってしまうのかと、言いたくもなる。キョーコさんはこの部分を、読んだのか、読まなかったのか。



06a
1978年  9月  6日  (7日)  2: 0 3   (水)

この日記 は  私が はじめて 持 っ た  DIARY なのだ 。
うれしい こ と じ ゃ .  ウシシシシ ~ ~  ~   !
 今日 ですね  .   水 曜日 で しょ  .   集合 体育 あった
のよね 。 金 山 君 を チ ラ ッ と 見 て しま ったよ 。
雨 , 降 っ て てね  やんだり ふ ったり  . 降る時は  もう
すごい  いき よい で  大つぶ の 雨 が ザ ー ザ      。
 やんだら  やんだ で  太陽 さん が  テ ッカ テカ . どうなって
んだい .  い ったい 。  女子はね !  中1 の教室 で
いりいろ やった の ら .   ざつだん も あって ね  . 種村先生が
松山 千春 の こと に つ い て  い っぱ い 話 てもらっ て ね  .
おも しょ か った ,  BUt 5時 間目 で 並木 は 終 り
 だったので  いつもより 1時間 く ら い 早く ””帰って
来 て 卓球 をした 。 今 . タモリの オールナイトニッポン
を 聞 い て るの  ウシシ  タモリ 大好き . 所 大好き  .
金山君も 大好 き !  なぜか 山角君も 好き .
あ~~~ 勉強 しなく ていいのか ね  .   アホ に なり
そう 。 ギター を ひき たい  .  うたい た い 。

キョーコさんが新たに購入をした日記帳は、Tom Wilson作の「Ziggy(ジギー)」という、アメリカの新聞漫画のキャラクターもの。

たかだか日記帳に、七百円もの決して安くはない出費。自分の足元をしっかりと見据えつつ、未来への自分へ、もんどり打って奮闘しながら生きた青春の証を、伝えるべく、彼女なりの自己伝承の一環だったはずだが、それは、東からやってきた、一介の廃屋探索人の手に、いつしか、委ねられることになる。

>この日記 は  私が はじめて 持 っ た  DIARY なのだ 。

彼女の意気込みは本物だ。もう、前二冊にあったような、蛍光ペンを使用した、お絵かきのようなページは存在しないようである。初めての日記だと言い切る。

>大つぶ の 雨 が ザ ー ザ      。

>太陽 さん が  テ ッカ テカ . 

言葉の表現力も、三割増しで高まったような気も。

>種村先生が松山 千春 の こと に つ い て  い っぱ い 話 てもらっ て ね  .おも しょ か った , 

今まで、女子中学生らしからぬ、タモリだ所だと騒がしかったが、ようやく、ここに来て、種村先生の口添えもあり、大本命?の、松山千春への興味を仄めかす、キョーコさん。
 
>勉強 しなく ていいのか ね  .   アホ に なりそう 。 ギター を ひき たい  .  うたい た い 。

こんなにも勉強をやらないのなら、相当アホになりかけているような気もするが、『   なりそう』と本人が言っているということは、投げ打ってしまっているということではないので、まだ進学の望みは微かにでも自分の中に持っているということに違いない。



06b
とにかく  私の 字 は こ き たな い  のれす のよ 。
だれか この 私 と  文通 し て く んな い か ね  。
 タモリ  みたい な 人 っ て い い よ ねえ 。
も う そ ろ そ ろ  やめ ます か ?  タモリ ちゃん 。
 金山君 の ギター を 聞き たい ,歌を 聞き たいよ 。
だって 好き なんですもん 。 どうしてかしらねえ  。
タモリ さん  って ほん と に 大好 き 。  大大好 き 。
せ こい ?  セコイ  っ て お もしろい ことば ねえ 。
明日 は よい 日 だ と い い で す ね 。
 もう そ ろ そ ろ ねます か ?  金山君  。
タモリ の 放送 おもしろい の よねえ  。
さてと まじめな 字 か けない の 私 っ て  。
一 ぺ ー ジ 書 くの って  つか*れ るのね 。
「死 にま し ょ う .」 ためいきまじりのじょうだんに .
「死ねないよ」 年月 だけが とうざ か る  .
まいひめ  . まいひめ とかいのよるを今かけめぐる恋と
いうなのぶとう会 ,  まい ひめ  きみは 手足が  まいひめ
そうおれるまで おど り つづける  つ も り なのか  ~~~ 。
もう ねます おやすみ な さ い  。

未来で一つだけ確かなことがあるよ・・・・・・それはな・・・人生の残りをそこで過ごすってことじゃよ・・・・・・

孤独で淋しくて、今にでもを消えて無くなりそうな鬱屈としたポエムを披露したばかりだというのに、日々の生活では割り切って、明るく振る舞うように努力する、健気なキョーコさん。

>金山君 の ギター を 聞き たい ,歌を 聞き たいよ 。

最近口にするようになったのが歌を歌うということ。金山君の歌は勿論のこと、彼女自身も歌いたいと前述で言っている。どういった心境の変化なのだろうか。

バンド仲間にでもなれば、金山君と近づける口実が出来て、あわよくばと思っているのだとしたら、これほど想っているのに、積極性が無さすぎるというものだろう。本格的日記帳を使用しだしたとはいえ、本人が激変するようなことはないようだ。

森鴎外の小説「舞姫」の一節か。突如、脈絡もなく「まいひめ、まいひめ」と唱えだす。心機一転、新しい日記帳での高揚感も手伝って、日記における様々な表現方法の可能性を模索しているようにも見受けられた。



 >未来で一つだけ確かなことがあるよ・・・・・・それはな・・・人生の残りをそこで過ごすってことじゃよ・・・・・・

 意味ありげを装い、ことごとく外している、Ziggyの今日の一言。実は、キョーコさんは二日後にこの「一言」について言及をし、彼女なりの考察をする。過去を振り返り、怠惰であった自分を反省しながらも、未来への明るい抱負を語っていく。

 訪れることになるあまりにも相違ある現実の世界との乖離。

 せめて、日記内で流れていた時間の中では、幸福な時はあったのだろうかと、廃墟となった家からサルベージした日記帳を、今一度、手に取って、見つめ直してみる   
 
 ・・・最終ページを見ると、メモ欄に、いろいろ興味深い情報が記述されていたが、その他に、愛用アンケート葉書にまで、キョーコさんは律儀に書き込んでいた。お買上げ店の欄を見ると、あれほど僕は決めつけておきながら、実はファンシー蘇我ではなく、別の店での購入であったようだった。



つづく…