椅子
「金城さんの本当の名前は、菊田達也。・・・つまり"小さいお兄ちゃん"ですね・・。」

 白河の言葉に、サブが思わず椅子を引いて立ち上がりかけた。

 金城は一瞬あっけにとられて白河の顔をまじまじと覗き込んだが、やがてふっとため息をつくと、すぐに先刻からの悲しげな笑顔に戻った。

「どうやらすべてご存知のようでごわすな。キョーコさんの家は菊田家の分家にあたります。我々菊田本家とともに、戦後岩手から移住してきた岩手組です・・。」

 金城は戦後から現在に至る菊田家の沿革と、分家との関係について、訥々(とつとつ)と語り続ける。

「それじゃあ、あなたがキョーコさんの日記を追っている理由は・・。」小さく震える声でサブが訊(き)く。


あに2
「そう、ただのパズルや謎解きではないでごわす。・・40年前、本家の我々にも知らせずに消息を消した菊田分家の行方を探すためでごわす!」

 興奮した金城の顔が夕日のように赤らんだ。

「・・・なんていう運命なの。廃屋に残された古い日記が、こんなに皮肉で哀しい運命のいたずらを解く鍵になっていたなんて・・。」俯(うつむ)いた澪が、力なくそう呟く。

 病室の落ち込んだ空気を、突然場違いな子供の大声が破った。

「おじちゃん!!治ったの!」

 それは、金城が湖で助けた幸子という名の小学生の女の子だった。


ベッド2
 幸子は金城を見るとベッドに駆け寄り、マットレスに這い上がってその広い胸に飛び込んだ。

「おお、もうすっかり良いでごわすか!?痛たたた、それ以上抱きつくと、今度は骨折で入院することになるでごわす!」

 金城は先ほどまでの暗い表情が嘘のような満面の笑みでおどけた。皆がつられて笑う。

 その時、病室の入り口から幸子の母親がいそいそと入ってきた。

「あの時は本当に・・・この子だけでなく私の命まで救っていただいて。」

 金城は真っ赤になって鼻の下をこする。澪が微笑みながら白河と視線を交わす。

「いやあ、あの場にいれば誰でもああしたはずでごわすよ。」金城は照れくさそうに言った。

「金城さんの言うとおり、私でもきっと飛び込んで助けたはずです。ただ、あの時の金城さんのように迷いなく真っ 直ぐ飛び込むことはできなかった。」白河が力強い声で言った。


天井2
 金城は病室の天井を見上げながら、感慨深げに口を開く。

「そうだ、ちょうどキョーコちゃんが池に落ちたあの日の記憶が重なって・・・まるであの時のように自然に身体が動いたでごわす・・。」

「きっとキョーコさんと金城さんの菊田家の縁が、幸ちゃんを助けてくれたのね。」

 澪の目には涙が光っていた。

 幸子が突然叫んだ。

「あー、おじちゃん、しのまい隊長の友達でしょー!幸わかっちゃったあー!」

 少女の無邪気な一言が、部屋の空気を凍り付かせた・・

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