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 東京都港区虎ノ門、巨大廃墟集落の一丁目一番地   

 さま~ずや徳光和夫、高田純次などの名だたる街ぶらタレントがここへやって来ない理由とは。

 テレビメディアに大きな影響力を持つ「森ビル」が、古くからの住人の意向を汲み取らず、強引な地上げを敢行。地元の反発や不況のあおりを受けるなどした結果、一部に所有者が残ったままの、広大なゴーストタウンが、数十年間もの長きに渡り、港区の超一等地に存在し続けることになる。

 テレ朝の夕方のニュースの特集コーナーでは、昔からよく廃墟特集をやったりする。僕が行ったことのある「羽幌炭鉱」の廃墟団地も取材していたし、製作側にそういった趣味の人がいるのだと思われる。

 そのスタッフが企画したのかは不明だが、少し前、BS朝日で、廃墟のスペシャル番組を放送していた。「懐かしき昭和への旅 廃墟は物語る輝かしい時代の思い出」という番組名だ。

 三人の俳優や学者の人達が、それぞれ廃墟に赴いて、昭和の時代を振り返るという内容なのだが、前述の羽幌炭鉱も選出されていて、羽幌には「角野卓造」さんが訪れていた。

 ちなみに、朝まで生テレビでおなじみ、政治学者の「姜 尚中」さんは、愛知県東浦町の紡績工場へ。彼の名前を目にすると、必ず「岩下の新生姜」を思い浮かべてしまっていたが、あらためて書き記してみると、それもそのはず、同じ字だったようです。

 こういってはなんだが、今では、「羽幌炭鉱」で検索をすると、僕のブログ記事がウィキペディアの次に出てくる。上から二番目の位置。事実、番組の放映日には喜ばしいことに、アクセス数がグンと跳ね上がっていた。

【読んでおきたい】廃墟高層アパート戸別訪問、羽幌炭鉱跡

 ウィンウィンの関係で感謝しなければならないところなのだが、その放送された番組内容が、かなり僕の探索記形態のブログ記事に似通っていたのが、少し気になってしまったのだ。

 製作スタッフは、番組を作るにあたって、僕のブログを全く見ないといったら嘘になると思う。客観的資料として、検索順位の上位から数ページぐらいは、このネット全盛の時代、読まないはずがない。これは決して誇大妄想狂の戯れ言ではないはず。勿論、俳優の角野卓造さんも同様である。

 番組では、廃墟となった団地の空き部屋のひとつひとつを、角野卓造さんが見て回り、部屋にあるカレンダーや新聞などに、かつての往時に思いを馳せ、一言を添えていくという、僕のブログ記事のスタイルに極めて似た構成。角野卓造さんが床に落ちている新聞を拾い、「北海タイムスですか~」などと言いながら、当時の世相や迫り来る閉山の危機を住人視点で語るなど、着眼点がかなり似通っていた。

 まぁ、それだけならたまたま偶然であると受け流すこともできなくはない。僕が問題視し我慢できなかったのは、あきらかなやらせのような演出が加えられていたこと。

 僕はこの羽幌炭鉱の団地記事を探索するにあたり、全戸、完全訪問という課題を自らに課したのだった。

 そう、上から下まで、全ての部屋を見て確認するという縛りを、前もって設定した。

 しかし、『もはや何の意味があるのか・・・全戸訪問の縛り・・・』といった具合に、結局、全ての部屋を訪問しなかったことを、文中ではにおわせていた。

 が、それは万が一、ひと部屋でも見逃していた際の、極めてそれはないだろうけども、一応の担保であり、実際は、自信を持って、全ての部屋を見て回ったと断言できる。

 それなのに   角野卓造さんは僕より後に訪問したにもかかわらず、ある部屋では、茶色の光沢のある艶やかな立派なタンスと遭遇してしまう。それも複数置いてあった。

 あれはありえない。はっきり言って、あの団地の各部屋は、全てが開け放たれたままで、心霊スポット巡りの人達により、荒らされ放題で、ほぼ何も残っていない状態だ。せいぜいあったのは、太陽光で乾ききってカラカラになり、紫外線劣化で割れんばかりの、小さな仏壇。

 団地の部屋は強烈な陽の日差しと、荒ぶった訪問者の破壊行為により、角野卓造さんが目にした、ワックスでピカピカと輝いて、全く破損箇所の無い原型をとどめているようなタンスの存在は、極めて疑わしいのである。全てを見た僕があれを見逃さないはずはない。

 しかも、ご丁寧なことに、板の素材に潤いさえあるタンスの上には、トロフィーや盾まで揃えて置かれていた。そんな物があの団地の部屋内にあったなら、数十年も前に、ヤンキー達に弄ばれて、粉々になっていたことだろう。

 重ねて嘘くさいことに、タンスの傍らには、まだ使えそうで小奇麗な、スキーセットまで!

 トロフィーや盾は、そのスキーセットに絡んだ、記念品といった風に、いかにも軽薄そうなテレビの人が考えそうな、行ったことのある人ならわかる、ゲンナリとさえする、過剰演出に満ち溢れていたのだ   


 森ビルとは持ちつ持たれつの極めて親しい、廃墟好きのテレビ朝日が、大規模工事の開始となる前に・・・『大都会の真空スポットゴースタウン、大企業に翻弄された昭和の面影残る街!』といった内容で果たして取材に来るのだろうか。その気になれば歩いてこれる距離だ。

 あの羽幌炭鉱にある廃墟団地で、何も知らないだろう「角野卓造」さんが、「スキーセットかよっ!」と本家ばりのツッコミをいれそうになるほど、廃墟に心奪われる光景をテレビでみて、加担されて気の毒に思ったのと同時に、もしテレビ朝日のクルーがここへやって来て、虎ノ門ゴースタウンの荒んだ恥部をあけすけに紹介をして、強引な土地取引の問題を糾弾してくれるというなら、僕はそこまでやってくれるのなら、彼ら(テレビ朝日)を免罪してあげてもいいのではと、ふと、廃墟連なる薄暗い路地を入って行きながら、思考を巡らしていたのだった   
 

 
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 路地の奥へと行こうかとする前に見かけたハト。

 まもなく、ハトが安らげるような手頃な屋根のある家屋は一掃されてしまうことになります・・・



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 熱帯雨林化した葛飾区のよう。

 でも、ここは間違いなく、港区。



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 ポストはそのままにしていく人が結構多いですね。

 転送のことを考慮してでしょうか。



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 足首以上に堆積する落ち葉。落ち葉に埋もれた廃屋。



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 都会のホーンテッドマンション。巡回なんか見かけませんでした。



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 横には   前に下町の小岩で「ピンクハウス」と呼ばれる廃墟を見たが、港区では「グリーンハウス」を発見。



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 やっかいそうな、環境活動家のお宅だったのか。



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 もしそういう人だったなら、最後まで抵抗する気概を見せてほしかったような気も。



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 気分は廃村探索レベル。



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 無尽蔵にさえありそうな、廃屋。その頭上には、ヒルズ族の集う未来的なビル。



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 毎度のことになりますが、閉まっていました。



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 廃墟芸術が極まってます。見たい人はお早く!



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 旧式の家でよく見られる、便所下の明かり窓。

 以前忍び込んだ家では、家主が同様の戸の隙間に金属タワシを挟んでクッション及び、こじ開けるための微妙な隙間作り用として、いかんなくアイデアを発揮されていたが、敷地内にはテニスボールばかり数十個もあるという、僕の訪問が十年前後ぶりらしい、身も引き締まるような廃屋があった。



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 奥多摩や秩父の廃集落ではない。テレビでは映さない真実が、ここ、テレ朝の眼下にはあった。



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 昭和の深みに足元から引きずり込まれそうな路地を、一旦出る。



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 反対側の路地へ。虫食いのように、まだ人の気配のある家も僅かながら残っている。



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 真珠の家。廃アパートらしい。

 壁の上から・・・・・・お邪魔します・・・。



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 アパートだったにしては、庭が広大。

 港区のど真ん中で、果樹園でもやっていたのだろうか。



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 排水用の塩ビ管の損傷具合を見ても、住民がいなくなってから、相当の年月が経っていることがわかる。



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 板で打ち付けられた各ドア。

 錆だらけの看板がある。



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 アパートの住民用の公衆電話を案内する看板だったようだ。

 携帯が普及する前の痕跡。



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 過剰ともいえる防御。



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 当時は比較的貧民層向けのアパートだったと思われるので、新聞配達の苦学生でもいたのでしょう。



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 パールハウスの見学を終了し、目と鼻の先で催されている、テレビ朝日の「六本木ヒルズ 夏祭り SUMMER STATION」より大いに見応えのありそうな、さらなる、廃墟密集路地への潜入を試みる   



つづく…

「廃屋密集地帯の始まり」 港区虎ノ門、廃墟集落を行く.3

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