キョーコの実姉しのまい。しのまい隊長。名字は菊田。行間辺で牛ぽいをしていてた菊田家の遠縁である。その名が40年の時を経て幼子の口から語られた。しかし・・・・・・


椅子
「失踪?」

 金城が思わず叫んだ。いつも冷静な白河も思わず椅子を引いて立ち上がる。

「ええ・・。子供たちには急な引っ越しだと伝えてあるのですが・・。」

「それはいつ頃のことでゴワス!?」

「今年の3月の末・・本当に30日か31日でしたわ。明日はお休みを貰って、実家に遊びに行くんだって。食堂の皆さんもそう聞いていたと思います。」

「それで・・急に行方がわからなくなった?」

 白河の質問に、母親は戸惑ったように続けた。

「え・・え・・。・・・休暇の次の日が土日で、食堂がお休みだったので。そうですわ、確かに30日、3月30日でした。月曜に出勤しなかったのではじめて失踪が発覚したようなんです。」


ソファー2
 ガタン、と音がした。

 振り返ると澪が椅子に手をついていた。なぜか顔色が真っ白だ。大丈夫だったというしるしに、皆に軽く手を振を振る。母親は気を取り直して続けた   

「聞いたところでは、警察でも事件性はないと・・。そのう・・自発的な失踪だと考えたみたいです・・・。荷物も寮からご自分で運び出したようですし。」

「失踪前、いつ頃しのまいさんにお会いになりましたか?」白河が訊く。

「それが、本当に前日なんです。食堂の入り口で子供たちにお菓子を下さって。その時、しのまいさん、明日はお休みになるとお伝えになったんですわ。」

「その時は・・」

「いえ!まったく失踪するようなそぶりはありませんでした。寧ろいつもよりご機嫌がよいようでしたよ。本当に数十年ぶりにご実家に帰られるのだとか。・・ただ、ご両親はとっくにお亡くなりになっていたと聞いていましたので、”実家”とは少し妙だとは思ったのですが・・。」


残骸
  白河には、その時のしのまいの気持ちが理解できる気がした。”実家”とはかつて住んだあの廃屋を指しているのではないだろうか。

  数十年ぶりに地元に戻ってから半年。その間、思い出の場所でありながら、同時に全ての悲劇の発端となったあの廃屋を訪れることができなかった、彼女の相克した想い。それは、察するに余りあるものだった。

  おそらくその日、しのまいは持てる限りの勇気を振り絞って過去との対峙に踏み出したのだろう。

「それで、そのとき何か覚えていらっしゃいませんか?何でもいいんです。しのまいさんとお話になったこと。」澪が急き込んで訊いた。

「・・・そうですねえ。ただ、久しぶりだと喜んでおられて・・。いえ、そう言われましても・・。」

 目を閉じてこめかみに手を当てるしぐさは幾分芝居じみて見えたが、古い記憶を探ろうとする彼女の努力を誰一人として疑う者はいなかった。

 長い沈黙に諦めかけた白河が病室の窓に向かおうとした時、母親が小さく叫んだ。


母3
「そうですわ!」



つづく

【第5話 トライアングル】小説、少女が残した日記『交錯のMEMORY』

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