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 白河たちは金山の店を後にして薄暗い通りを並木駅へ向かって歩いた。路地の街頭は雑草に浸食された古い町並みを寒々しく照らしていた。

「・・すると“妹は、もう三角ちゃんだから”という言葉の意味は・・。」

 俯いたサブの問いに白河が答えた。

「ええ、姉は今では山角家だから、つまり山角家に嫁いだから実家に来ることはない、という意味でしょう・・。」

 卒業とともに仙台に移り住んだボーイフレンド・・・。

 一家夜逃げの先に、あるいはその途中に年頃のキョーコが家族と残酷な現実を捨てて、かつての恋人のいる仙台を目指したというのも飛躍した推理ではあるまい。

 そしてその見知らぬ町で、古里を捨てた若い二人同士の寄り添うような恋が培われたとしたら・・。


hotel
 ビジネスホテルの白河の部屋で、ノートパソコンのディスプレイが白河と澪の顔を青白く照らしていた。サブは傍らのテーブルで新しい手がかりを探すべくキョーコの日記を繰り続けている。

 インターネットの検索では仙台市内に「山角」を商号に含む理容店は見つからなかった。続いて厚生労働省の理容師登録簿を閲覧すると、仙台市内に唯一、山角姓の責任者登録が見つかった。

『山角良司』。白河が澪と視線を合わせ、黙って頷いた。

 澪が理容店への経路を調べる間、白河は少ない手荷物をまとめはじめた。

「澪、明日の天気を調べておいてくれ。」

 折り畳み傘をカバンにつめながら、白河が訊いた。

「・・大雨かもよ。気をつけたほうがいい。」

 サブが日記から目を上げずにつぶやいた。

「天気予報?」

 不審に思った白河が思わず手を止めた。自分の言葉にはっと気づいたサブが、照れくさそうに日記から顔を上げた。

「いや、少なくともこの年の今日、5月30日は大雨だったから。」

手の甲で日記を軽くたたく。

「・・翌日31日の天気は記述が無いけど、きっと雨の日だったんだろう。キョーコさんのお爺さんが亡くなった日だからかな。何となく文脈から、そんな気がするよ。」


日記2
 白河が笑顔に戻って、いや仙台の天気のことだよ、と続けたのを尻目に、突然、真剣な表情の澪がサブの元に駆け寄って日記を覗き込んだ。

「・・30日?31日ですか?」

「いや、大雨は30日なんだけど、31日には天気の記載は無いんだ。で、6月1日には前夜が仮通夜と書いてあるから・・・。」

 澪の気迫に戸惑いがちにサブが答えた。澪は日記のページをめくりながら食い入るように紙面に目を凝らしている。

 その時、白河の携帯電話に着信があった。前日に退院したはずの金城からだった。白河は金城に簡単な経緯を伝えた。サブも自分の手荷物をまとめに部屋に戻った。

白河が電話を切ると、滴が待っていたかのように話し始めた。


飛行機2
「白河先生、急な話でごめんなさい。私、明日一度東京へ戻ります。友達からメールがあったんだけど、大学の先生のご都合で保留になっていた授業の補講が、急に明日に決まったんですって。」

 昨年単位を落とした科目で、今年ばかりは本当に留年の危険があるから。舌を出して笑いながら言った。

 白河は、突然の報告に何か腑に落ちないものを感じながらも、控えめな笑顔で頷いた。

「単位だの留年だの話を聞いていると、大学生活なんていつの時代も同じなんだなって。当事者の君たちには悪いけど、なんだかあの頃が懐かしくなってくるよ。」

 澪はネットで白河とサブの航空券を手配してから、部屋に戻った。


ベッド2
 白河は靴を脱いでベッドに仰向けになったものの、目を瞑っても眠りはなかなか訪れてこなかった。



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