仙台空港に到着したのが翌日の夕方。大事をとって踏査はさらに翌朝6月1日に持ち越すことにした。

 午前9時半、白河とサブは仙台駅前のビジネスホテルからタクシーに乗り込み、勾当台公園へと向かった。


[登場人物]

 キョーコ(菊田京子):道東の廃屋に40年前の日記を残した少女。

 しのまい:キョーコの姉。その心は常に世界を眺めている。

 白河:廃墟探検家。廃屋からキョーコの日記を掘り出したことから、これを本人に返すべく現在のキョーコの足取りを追っている。

 サブ:情報屋。キョーコを追うため、白河と行動を共にする。

 澪:廃墟好きが高じて白河の押しかけ弟子となった女子大生。

 金城:白河達と共にキョーコの跡を追う謎の男。その正体は菊田本家からの使者であった。


 [前回までのあらすじ]

 廃屋から掘り出された日記の少女「キョーコ」の足跡を追う白河とサブ。

 姉、しのまいが残した謎の言葉は、キョーコのクラスメート、山角良司との婚姻を示唆していた。真相を求めて仙台空港に降り立った二人は・・・。
 

mae-2
 理容室「シェーン」は、国分町通りから一本裏にはいった路地沿い、立体駐車場ビルの隙間に隠れるように看板を上げていた。

 最近になって建て替えたのだろうか、予想に反してサインポールも看板も比較的新しかった。大きな前面ガラスには「男性カットオンリー2500円」のカッティングが斜めに貼り付けてあった。

 サブは腕時計を覗き込んだ。自動巻きのセイコー5は9時50分を過ぎたあたりを指していた。

 店の看板には営業時間は9:00~と書かれていたが、ドアノブの裏側にガラス越しに蟹を擬人化したイラスト入りの“準備中”の札が下がっているのが見えた。白河はサブと顔を見合わせた。

「臨時休業かな・・。」

 つぶやくサブ。白河とサブは路地の向かい側の自動販売機の前に移り、怪しまれない程度に携帯電話をいじりながら、シェーンの開店を待った。
 

スナック-2
 シェーンの口コミ情報がないか携帯の操作に集中していた白河の肩を、サブがそっと抑えた。白河が目を上げると、サブが黙って目と顎で路地を示した。自販機横のスナックから白髪交じりの老女がゴミ袋を持って出てくるところだった。

 邪魔にならないようにシェーンの側に渡ろうとする白河とサブ。その背中に老女が呼びかけた。

「シェーン?午前中は戻らないよ。旦那さん、今日病院だョ。」

 恐らく先ほどから店の中から見ていたのだろう。サブが客を装って訊く。

「なんだよ、今日は休み?」

 老女は早朝に現れた雑談相手への喜びを抑えつつ、咳き込みながら答えた。

「だ、旦那さん、病院だよ。先月腰ひねってから、ずっーど調子悪ぃってョ。」

 白河もすばやく頭を回転させてサブに続いた。

「・・えっ、そうなんですね。いや、奥さんでもいいんだけど。きょうは無理そうかな?」

 噂好きの老女は、一旦スナックに戻って、ゴミ袋を入口の脇に置くと、白河とサブの間に入り込んで、少し声を落として話し始めた。


おとこ-3
「奥さん、て、あんた。あの人ずーっど、やもめだべや。」

 白河とサブが顔を見合わせた。サブが慎重に質問を続けた。

「・・・えっと、じゃあ、以前の奥さんは??」

 老女はニヤリと、満面に陰湿な笑みを浮かべた。

「以前もなにも、ずーっど独りもんよ。あの旦那さん。男ぶりァわるぐねーのにねェ。」

「一度も?・・・山角、山角良司さんですよね?一度も結婚されなかったんですか?」

 いつも冷静な白河が思わずどもった。

「ずーっど。何でも中学校の初恋の女子が忘れられねーとか、何だとかョ。馬鹿だぁね。ただ女の子に相手にされねーだけだっぺや、って、みんな言ってっけどョ・・。」 


婆-2
 老女は腰に手を当てて、ここぞとばかりに呵呵大笑した。

 白河とサブは混乱した視線を交わした。

 老女の話が本当であれば、キョーコは仙台には来ていない。それどころか、山角は消えた初恋の女性キョーコとの想い出を守るために、独身を通しつづけたことになる。

 笑い続けた挙句、ようやくその場の白けた空気に気づいた老婆は、もとの無愛想な顔に戻ると“たぶん、午後には戻るよ”と呟いてゴミの集積に戻った。

 キョーコはこの街にはいない・・・。 

 白河とサブにここで山角を待つ理由は何も無くなった。


どうして
“しかし、何故しのまいは、キョーコが山角と出奔したなどと示唆したのか・・”

 白河がサブにその疑問を口にしようとした時、携帯電話がバイブ音を鳴らした。

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