廃屋生き仙人こと、Iさんが不意の訪問者である僕に、比較的ためらいもなく心を開いてくれたのは、ある偶然に偶然が重なってのことだった。
何しろ見ての通り、これなのだから、長年の経験を元に廃屋であるという判断を下してしまった、怪しげな僕を発見し、家主であるIさんに強い態度に出られたとしても、それは仕方のないことだっただろう。
僕をある人と勘違いしたというのだが、失礼ながら見た目からは想像もできない、ある”人達”との関係にまず、思わず三度聞きしてしまうぐらいだった。
右に見える平屋の日本家屋(本人いわく”あずまや”)は、その昔、彼を含む家族全員で住んでいた本宅であったという。
二人してあずまやの玄関や縁側の木戸を開けようと試みるも、鍵をかけたわけでもないのに木枠の膨張でどのドアや引き戸も開けることはできなかった。
では、彼は今、どこに住んでいるのかという疑問。
もしかしたら部外者なのに勝手に居座っているのではと、最初は疑いを持ったほど。
前回の下見での訪問時に、この二階建ての幽霊屋敷のような建物を見上げて、ここが廃墟であると、長年のカンもあって、僕は確信を深めていた。いや、深めるも何も、人の息遣いの気配も全くなく、これを見て疑いようもなかった。
ところが、彼によって告げられた、枯れた蔦がびっしりとはびこり、それを髪の毛のようにかき分けた間から覗くような、黒目がちの瞳のような窓を望む二階建ての洋風建築物の本来の姿とは一体
NHKスペシャルで昭和天皇を扱う回を製作するにあたり、番組ディレクターが「お祖父様のお話をお聞きしたい」と、わざわざここまでIさんを訪ねてやって来たというのだから、後方にそびえ立つ二階建ての建物の正体を聞かされて、コクリとなるほどと、僕は深く頷いたのだった。
すぐ近所にある廃屋のドアはやはり閉められたまま。
ここら一帯、廃屋の連鎖が始まっているような気がします。
うねる大木に専有された庭は昼間でも薄暗い。
沈み込むひと踏みに感じる、人が遠ざかってから相当の時間が経過をしているという事実と、木々の驚異的な旺盛さ。
どう揺さぶってもこれ以上期待できない廃屋に見切りをつけ、いよいよ、本日のメイン物件に向かうことにする。
到着。
伸びるがままの大木が、まるで人目を避けるかのような壁となって立ちふさがる。
人との接触を意図的に拒んでいるような配置にも思えるが、事前に調査済みということもあり、臆することもなく、力強く、進み出てみることに
ここまでは前に下見をしてあったので、かつて知ったる・・・のようなもの。
倒木を越えて玄関らしき、襖のような戸の前まで行き、背中のカメラバッグを石段の上に下ろす。
これ重宝してます。ショルダー式だと塀や山を越えたりする時に邪魔なので、アクティブ派にはバックパックタイプが良いと思います。収納が多くてポケット類の配置がとてもよく考えられている。その割には他社よりかなり値段が安い。
正面玄関が障子とは、昔の家とはこんなのだったのだろうかと珍しげに眺めつつ、開かずの戸を前にして、下に置いたカメラ・バックパックから、カメラを取り出そうとした、その瞬間・・・
全くの背後から、というより指一本も入らないような背面から、想像だにしない人の声がした。
「どうもこんにちは」と。
この時は、まさか住人のはずがないと思っていた。咄嗟に頭をよぎったのは、彼はどこか別の所に住んでいて、たまたま見回りにここへ訪れたら、不審な僕を発見し、声をかけてみたのではないかと。
いや、どこかの定住者ということではなく、さまよい人のような人で、目をつけた廃屋を勝手に自己所有だと自己内宣言をし、訪問者があれば声掛けをして追い払いでもしているのではないか
兎にも角にも、ここには誰も住んでいないだろうという下見の時以来の妙な先入観が、そう思わせていたのだった。
どう考えても、敷地内には住めそうな場所、というか雰囲気がないため、そうとは思わないながらも、一応、聞いてみた。
「もしかして、この家にお住まいの人ですか?」
聞けば、まだ周囲が畑だった頃に、お祖父様がここに移り住んだのだとか。しかし、家族の者は皆次から次へと死んでしまい、Iさんだけが何とかこの大邸宅を守り続けていると、話してくれた。
まさかの、廃屋ではなかった
そして、僕のことを、新聞の集金と勘違いしていたらしい。ちょうど今日がその日だからだと。後で思い返すと、そう言えばこの時、彼は茶封筒を輪ゴムでガチガチに括って丸めて消しゴム大にした物を3つほど持っていたようだった。当然僕はそれを『なにこれ?』と訝しんだ。集金人とのやり取りは手渡しではないと言っていたので、そういうことなのだろう。
新聞は三紙も購読中!
ほんの今の今まで、Iさんを占有屋か乗っ取り屋とでも思っていたので、人の住む現役の家であるということにも驚いたが、まさか、新聞までとっているとは、失礼ながら、そのような余裕があるようには見受けられなかったので、口が半開きでポカンとしばし間を開けてしまって、言葉が出なかった。
読売新聞に日本経済新聞、ときて、もう一つは言いづらそうにIさんは口を曇らせる。
「爺さんの関係もあり断れなくて、あとの一紙は産経新聞なんだけど・・・」
産経新聞がそういう新聞であるということをIさんはじゅうぶん認識しているようで、そのような控えめな表現になったようだ。案外、常識人の様子。話してみても、極端に思想が片寄っているとかそういうことはなかった。お爺さんが関係するというのは、元の職業にあるが、そのことは後で話してくれた。
僕はIさんに自己紹介をし、廃墟や廃屋を中心に写真を撮っているということを説明。
「あぁ、廃墟ね。工場とか流行っているんだろ。ゴミ屋敷なんかは社会問題になっているらしいから、そうはならないように、俺は人一倍注意しているんだよ」
生き仙人のIさんがそういった気配り(反ゴミ屋敷化)をしているのにもまず驚かされたが、一部の人の趣味である廃墟や工場、ゴミ屋敷問題まで認識しているのを不思議に思い「新聞とかで読んだのですか?」と聞いてみる。
「テレビのニュースでよくやってるから知ってるよ。特にゴミ屋敷は他人事じゃないから、ああはならないように気をつけてる」
「えっ、テレビって、もしかして、この家にテレビあるんですか?」
前のめりの興味本位丸出しで聞くが、失礼な質問だとわかっていたので、人あたりが良さそうに、照れ笑い風の柔和な顔で接する。
「テレビぐらいあるよ!4Kの50インチ、二十万ぐらいしたか。ノジマでな」
ぱっと見、敷地内に横になって寝る場所も無さそうに見えるのに、最新の4Kテレビを所有し、それも50インチ!
指で方向を示して「あそこのノジマでな」と言っているので、方角や車を所有していないことを考慮すると、駅前のパルコ内にある家電屋の「ノジマ」のことに違いない。
「僕でさえまだ4Kなんか買ってないですよ。凄いですね」
後で振り返れば上から目線の重ね重ね失礼な発言であるのと同時に、ノジマの委託業者がテレビの配送と設置にここへやって来た時、どんな顔をしながら作業をやっていたのだろうと、さぞかし神妙な面持ちだったろう彼らを、想像せずにはいられなかった。
4Kテレビどころか、電気ガス水道もないと思っていたので「水とか出るんですか?」と聞くと、
「ここのは出ないけど、向こうのはちゃんと出る。自炊やってるから」
自炊まで・・・。
って、一体、どこで・・・・・・
「ところで、いいカメラを持ってるね。ちょっと見せて」
というので、撮った画像を再生したりしたりして、Iさんの要求にできるだけこたえるように努める。
僕の機種はニコンのフルサイズ機ではあるが、その中での位置づけとしてはエントリー機。でも重量感があり値段以上に立派に見える。あまり知らない人だと、「プロ用ですか?」とよく言われるぐらいだ。
「やっぱ、カメラはニコンだな。俺も昔は一万円ぐらいのニコンのデジカメを持ってたよ」
「えぇっ、ということは、パソコンやってるんですか?」
地デジ完備だけでなく、高速インターネット回線までもしやあるのでは
「ううん、ちっこいデジカメ。俺はパソコンは一切やらない」
すっかり打ち解けて心を開いてくれた、廃屋生き仙人ことIさん。
これ以外にも、敷地内を案内しつつ、人類が、いや、日本がリセットされるようなことが起こると確信している(オリンピック前に)など、驚くような話しをいくつも、披露してくれることになった。
つづく…
「外へ出た、廃屋生き仙人」廃屋生き仙人との友情.3
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コメント
コメント一覧 (22)
喋りながら思いのほか動ごかれるのは想定外でした。おかげで、このような時は、シャッター速度を優先にして撮るのだと、また一つ学びました。
>では近々、生き仙人さんとお二人でビール片手に…の写真が見られそうですね
あと、これから寒くなるので、サツマイモを持って行って、庭で焼き芋とかも喜ばれそうな気がします。ちょっとした不始末で大炎上になりかねないので、バケツ持参で行こうかと思ってます。
昔は近所に、ライフルまではいかなかったですが、こういった謎の人がいたものでした。今思えば、小学生ということもありその人に随分酷いことをしたなと、今更ながら心が痛みました。
>実際は最初っから思いきりオープンハート
彼の人の良さもあるでしょうが、会話に引き込んだのが良かったのかも。世界各国、北朝鮮の国境少年警備兵ともやりあった経験が生きたようです。特に主張したかったことを咄嗟に見抜き、そこを掘り下げたことで急速に打ち解けました。生き仙人さんの警告にも近いお言葉に、ご注目下さい。
どうもしばらくぶりです。
廃屋や廃墟ばかりで頭打ち感のようなものを感じていたので、こういった攻め方があったかと、気付かされた出逢いでもありました。生き仙人の次の言葉にご期待下さい。
とても興味ある展開にワクワクしてます。
生き仙人殿とのやりとりに
期待がふくらみます。
飛び込みの僕に、こうも優しく接してくれるのだなと思う反面、密かに、人との接触を渇望していたのではと、感じたのも正直なところです。
>周りの木々をいくらか伐採し自然光を浴びた状態で見て見たいものです
これには、彼なりの哲学と言ったら大げさですが、ある考えからそうなっているそうです。外周を歩きながら、語られることになります。
>そんな中で4Kテレビとは驚きです
僕もまさかでした。人の良さそうな彼のことなので、店で必要も無いのに言いくるめられたかもしれません。
>生き仙人は半袖ですが、虫には刺されないオーラでも放っているのでしょうか
僕は杉並区の森での経験から、長袖の作業着ブルゾンに蚊よけスプレーという万全の態勢だったのですが、IさんはTシャツに半袖ですからね。当日は蚊が凄まじく多く、僕は露出した首や腕に何回もスプレーをするほどでした。脂肪の全くない、浮き出た血管に何か秘密があるのかも。
ご期待通り、暇を見つけては、訪ねて行こうと思ってます。
このような時を超越したかのような家が、東京に存在しているものだなと、僕も興味津々でした。
この敷地は木々に覆い尽くされているので、昼でも大変薄暗く、フラッシュが必要になるくらいの状況でした。生き仙人さんの自然な表情が欲しかったため、フラッシュは強制的にOFFにし、極端な低速シャッターで挑んだのが、透けた腕の原因です。浮世離れした世捨て人感が出ていたので、あえて消え入りそうなその姿を意図的に掲載したわけであります。
次回もよろしくお願いします。
彼は僕に何度も用心しなきゃ駄目だと、あれを買っておけと、忠告してくれました。腕は低速シャッターによるブレですが、その彼の思いは、本物だと思います・・・
これは低速シャッターが原因でブレてしまったのですが、いはちさんのおっしゃる通り、幻影的にも見えたので、掲載してみました。この屋敷の敷地内にいると、本当にタイムスリップをしているような感覚があります。
背後を取られた時には焦りました。音もたてずに、いつの間に、どっから来たのかと。
>でも、スマホ・タブレットは数台持ってて武装してたりして?
唯一の通信手段は、次にでも語られることになるかと思います。
>なんとなく、宇宙戦争に出てきたトムクルーズを匿う独りレジスタンスやってる地下室おじさんを連想しました
廃屋生き仙人さんと、似たところがありますね。最近の映画でいえば、「10 クローバーフィールド・レーン」のおじさんでしょうか。そのような、あることに備えて、準備をしているそうです。
是非、続きをご期待下さい(ハードル上げ過ぎ)。
これは、薄暗い場所でフラッシュを焚かずに撮ったため、低速シャッターになり、動いているIさんが残像のようになってしまったということです。
カメラが多機能過ぎてまだ使いこなせていないですが、今回は普段無いシチュエーションだったので、機能の把握の勉強になりました。
例の写真は合成なのか?!と思ったんですが、左端に家主さんのピントがボケた頭?が見えるので合成ではないのですかね?
このシリーズも俄然楽しみになってきました。
まるでタイムパラドックスに遭遇した(現実では無いのですが)
そんな感じに見えます。続きが楽しみです。
個人的には、周りの木々をいくらか伐採し
自然光を浴びた状態で見て見たいものです。
かなり湿度高そうですよね。
そんな中で4Kテレビとは驚きです。
生き仙人は半袖ですが、虫には刺されない
オーラでも放っているのでしょうか。
世間から自ら離脱しているのではなく、
新聞三社購読しているあたり、
高学歴?!っぽい雰囲気が、、。
1回の訪問で終わらせるのが惜しい気もします。
ロングインタビュー出来るほど
エピソードありそうですね〰。
勘も経験も豊富な管理人さんに気付かれず気配を消して登場とはただ者じゃない感じですね。
新聞3つに、ん十万の最新4KTV、パソコンはやらない‥‥。
でも、スマホ・タブレットは数台持ってて武装してたりして?
なんとなく、宇宙戦争に出てきたトムクルーズを匿う独りレジスタンスやってる地下室おじさんを連想しました。
続きお待ちしております。
茶室ですか。どうしても中を見たかったので執拗に開ける努力をしたのですが、無理でした。何年か前までは、正月に紙を張り替えていたとのこと。
>このオジサンいったい何者なのか非常に気になります!
本文中にも少し触れましたが、ちょっとした終末思想をお持ちのようでした。サイコパス的ではなかったのですが・・・
玄関はおっしゃる通り、時代劇に出てきそうな構えでした。
>玄関前の露地の遺跡?もそそられます!
見ようによってはそうも見えますね。倒木ですが、何年か前に倒れたものの、なるがままにという考えから、そのままにしているそうです。
>二階の窓が開いてるのは仕様なのか気になる
これについては、次に語られる予定です。
東京にお越しの際はお気軽にお声をかけて下さい。僕は年中暇なので、ご案内しますよ。
このオジサンいったい何者なのか非常に気になります!
二階の窓が開いてるのは仕様なのか気になるetc,。
ああ。。。叶うなら見たい触れたいお邪魔したい。(T_T)