調布廃屋-4
 廃屋生き仙人こと、Iさんが不意の訪問者である僕に、比較的ためらいもなく心を開いてくれたのは、ある偶然に偶然が重なってのことだった。

 何しろ見ての通り、これなのだから、長年の経験を元に廃屋であるという判断を下してしまった、怪しげな僕を発見し、家主であるIさんに強い態度に出られたとしても、それは仕方のないことだっただろう。

 僕をある人と勘違いしたというのだが、失礼ながら見た目からは想像もできない、ある”人達”との関係にまず、思わず三度聞きしてしまうぐらいだった。

 
 右に見える平屋の日本家屋(本人いわく”あずまや”)は、その昔、彼を含む家族全員で住んでいた本宅であったという。

 二人してあずまやの玄関や縁側の木戸を開けようと試みるも、鍵をかけたわけでもないのに木枠の膨張でどのドアや引き戸も開けることはできなかった。

 では、彼は今、どこに住んでいるのかという疑問。

 もしかしたら部外者なのに勝手に居座っているのではと、最初は疑いを持ったほど。

 前回の下見での訪問時に、この二階建ての幽霊屋敷のような建物を見上げて、ここが廃墟であると、長年のカンもあって、僕は確信を深めていた。いや、深めるも何も、人の息遣いの気配も全くなく、これを見て疑いようもなかった。

 ところが、彼によって告げられた、枯れた蔦がびっしりとはびこり、それを髪の毛のようにかき分けた間から覗くような、黒目がちの瞳のような窓を望む二階建ての洋風建築物の本来の姿とは一体   

 NHKスペシャルで昭和天皇を扱う回を製作するにあたり、番組ディレクターが「お祖父様のお話をお聞きしたい」と、わざわざここまでIさんを訪ねてやって来たというのだから、後方にそびえ立つ二階建ての建物の正体を聞かされて、コクリとなるほどと、僕は深く頷いたのだった。
 


調布廃屋-41
 すぐ近所にある廃屋のドアはやはり閉められたまま。



調布廃屋-38
 ここら一帯、廃屋の連鎖が始まっているような気がします。



調布廃屋-42
 うねる大木に専有された庭は昼間でも薄暗い。

 沈み込むひと踏みに感じる、人が遠ざかってから相当の時間が経過をしているという事実と、木々の驚異的な旺盛さ。



調布廃屋-40



調布廃屋-39
 どう揺さぶってもこれ以上期待できない廃屋に見切りをつけ、いよいよ、本日のメイン物件に向かうことにする。



調布廃屋-12
 到着。

 伸びるがままの大木が、まるで人目を避けるかのような壁となって立ちふさがる。

 人との接触を意図的に拒んでいるような配置にも思えるが、事前に調査済みということもあり、臆することもなく、力強く、進み出てみることに   



調布廃屋-10
 ここまでは前に下見をしてあったので、かつて知ったる・・・のようなもの。

 倒木を越えて玄関らしき、襖のような戸の前まで行き、背中のカメラバッグを石段の上に下ろす。

これ重宝してます。ショルダー式だと塀や山を越えたりする時に邪魔なので、アクティブ派にはバックパックタイプが良いと思います。収納が多くてポケット類の配置がとてもよく考えられている。
その割には他社よりかなり値段が安い。

 正面玄関が障子とは、昔の家とはこんなのだったのだろうかと珍しげに眺めつつ、開かずの戸を前にして、下に置いたカメラ・バックパックから、カメラを取り出そうとした、その瞬間・・・



調布廃屋-1
 全くの背後から、というより指一本も入らないような背面から、想像だにしない人の声がした。

「どうもこんにちは」と。

 この時は、まさか住人のはずがないと思っていた。咄嗟に頭をよぎったのは、彼はどこか別の所に住んでいて、たまたま見回りにここへ訪れたら、不審な僕を発見し、声をかけてみたのではないかと。

 いや、どこかの定住者ということではなく、さまよい人のような人で、目をつけた廃屋を勝手に自己所有だと自己内宣言をし、訪問者があれば声掛けをして追い払いでもしているのではないか   
 
 兎にも角にも、ここには誰も住んでいないだろうという下見の時以来の妙な先入観が、そう思わせていたのだった。



調布廃屋-28
 どう考えても、敷地内には住めそうな場所、というか雰囲気がないため、そうとは思わないながらも、一応、聞いてみた。

「もしかして、この家にお住まいの人ですか?」

 聞けば、まだ周囲が畑だった頃に、お祖父様がここに移り住んだのだとか。しかし、家族の者は皆次から次へと死んでしまい、Iさんだけが何とかこの大邸宅を守り続けていると、話してくれた。

 まさかの、廃屋ではなかった   
 
 そして、僕のことを、新聞の集金と勘違いしていたらしい。ちょうど今日がその日だからだと。後で思い返すと、そう言えばこの時、彼は茶封筒を輪ゴムでガチガチに括って丸めて消しゴム大にした物を3つほど持っていたようだった。当然僕はそれを『なにこれ?』と訝しんだ。集金人とのやり取りは手渡しではないと言っていたので、そういうことなのだろう。

 新聞は三紙も購読中!

 ほんの今の今まで、Iさんを占有屋か乗っ取り屋とでも思っていたので、人の住む現役の家であるということにも驚いたが、まさか、新聞までとっているとは、失礼ながら、そのような余裕があるようには見受けられなかったので、口が半開きでポカンとしばし間を開けてしまって、言葉が出なかった。

 読売新聞に日本経済新聞、ときて、もう一つは言いづらそうにIさんは口を曇らせる。

「爺さんの関係もあり断れなくて、あとの一紙は産経新聞なんだけど・・・」

 産経新聞がそういう新聞であるということをIさんはじゅうぶん認識しているようで、そのような控えめな表現になったようだ。案外、常識人の様子。話してみても、極端に思想が片寄っているとかそういうことはなかった。お爺さんが関係するというのは、元の職業にあるが、そのことは後で話してくれた。

 僕はIさんに自己紹介をし、廃墟や廃屋を中心に写真を撮っているということを説明。

「あぁ、廃墟ね。工場とか流行っているんだろ。ゴミ屋敷なんかは社会問題になっているらしいから、そうはならないように、俺は人一倍注意しているんだよ」

 生き仙人のIさんがそういった気配り(反ゴミ屋敷化)をしているのにもまず驚かされたが、一部の人の趣味である廃墟や工場、ゴミ屋敷問題まで認識しているのを不思議に思い「新聞とかで読んだのですか?」と聞いてみる。

「テレビのニュースでよくやってるから知ってるよ。特にゴミ屋敷は他人事じゃないから、ああはならないように気をつけてる」

「えっ、テレビって、もしかして、この家にテレビあるんですか?」

 前のめりの興味本位丸出しで聞くが、失礼な質問だとわかっていたので、人あたりが良さそうに、照れ笑い風の柔和な顔で接する。

「テレビぐらいあるよ!4Kの50インチ、二十万ぐらいしたか。ノジマでな」

 ぱっと見、敷地内に横になって寝る場所も無さそうに見えるのに、最新の4Kテレビを所有し、それも50インチ!

 指で方向を示して「あそこのノジマでな」と言っているので、方角や車を所有していないことを考慮すると、駅前のパルコ内にある家電屋の「ノジマ」のことに違いない。

「僕でさえまだ4Kなんか買ってないですよ。凄いですね」

 後で振り返れば上から目線の重ね重ね失礼な発言であるのと同時に、ノジマの委託業者がテレビの配送と設置にここへやって来た時、どんな顔をしながら作業をやっていたのだろうと、さぞかし神妙な面持ちだったろう彼らを、想像せずにはいられなかった。

 4Kテレビどころか、電気ガス水道もないと思っていたので「水とか出るんですか?」と聞くと、

「ここのは出ないけど、向こうのはちゃんと出る。自炊やってるから」

 自炊まで・・・。

 って、一体、どこで・・・・・・



調布廃屋-18
「ところで、いいカメラを持ってるね。ちょっと見せて」

 というので、撮った画像を再生したりしたりして、Iさんの要求にできるだけこたえるように努める。

 僕の機種はニコンのフルサイズ機ではあるが、その中での位置づけとしてはエントリー機。でも重量感があり値段以上に立派に見える。あまり知らない人だと、「プロ用ですか?」とよく言われるぐらいだ。

「やっぱ、カメラはニコンだな。俺も昔は一万円ぐらいのニコンのデジカメを持ってたよ」

「えぇっ、ということは、パソコンやってるんですか?」

 地デジ完備だけでなく、高速インターネット回線までもしやあるのでは   

「ううん、ちっこいデジカメ。俺はパソコンは一切やらない」

 すっかり打ち解けて心を開いてくれた、廃屋生き仙人ことIさん。

 これ以外にも、敷地内を案内しつつ、人類が、いや、日本がリセットされるようなことが起こると確信している(オリンピック前に)など、驚くような話しをいくつも、披露してくれることになった。
 

 
つづく…

「外へ出た、廃屋生き仙人」廃屋生き仙人との友情.3

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