[登場人物]
キョーコ(菊田京子):道東の廃屋に40年前の日記を残した少女。
しのまい:キョーコの姉。イノセントなこころの持ち主。
白河:廃墟探検家。廃屋の日記を本人に返すべく現在のキョーコを追う。
サブ:情報屋。キョーコを追うため白河と行動を共にする。
澪:廃墟好きが高じて白河の押しかけ弟子となった女子大生。
白河は慌しく携帯電話のパネルを開いた。着信は澪のパソコンからのメールだった。
“白河先生
本日の調査に参加できなくてごめんなさい。
先生、実は先生とサブさんに折り入ってお話しなければならないことがあります。
大変ご足労なのですが、北海道にお戻りになり、明後日午後1時に行間辺の藤淵町郷土資料館にお越しいただけませんでしょうか。
お疲れのところ無理申し上げて大変申し訳ありません。
でも、これはキョーコさんと私にとって非常に大事なお話なのです。明日私のお話をお聞きいただけば、この不躾なお願いの意味が先生やサブさんにもきっとお解かりいただけると思います。
澪”
いつもの澪のメールからは想像がつかない切羽詰った文体が白河を戸惑わせた。選択の余地を与えない強引な呼びつけも、常に控えめで礼儀正しかった澪らしくなかった。
「・・・今回の踏査の結果には、全く興味を持っていないみたいだね。」
メールを見せられたサブが、怪訝な表情でそう指摘した。
確かにサブの言うとおりだった。今までの彼女であれば、何よりまず、キョーコが山角家に嫁いだという推測が事実であったのかどうか、その調査結果について質問したはずであった。
“まるでこの仙台にキョーコさんが居なかったことを知っていたかのようだ。”
それに、この文面から判断するに東京に戻って補習を受けるという話は、全くの嘘だったことになる。
その時、メールに一件のPDFファイルが添付されていることに気づいた。
それは、道内の地元新聞紙の地域欄の切り抜きだった。小さな一行記事が手書きの赤枠で囲ってある。
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[札幌市] 観光中の女性が失踪
3月30日午前10時頃、札幌市内で、埼玉県から長女と共に観光に訪れていた50代の女性が失踪する事件が発生した。女性は長女と共に市内の商業施設で買い物中に突然意識を失くし、医務室で治療を受けているうちに姿を消したという。長女には女性の失踪の原因や失踪先に心当たりはなく、警察と医療関係者は心神喪失による一時的な失踪の可能性が高いとして市内を中心に行方を調査している。
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サブが液晶表示の欄外を指差した。新聞の発行日付は今年の3月だった。
サブが言おうとしていることが、白河にもわかった。
今年の3月30日・・それはまさにしのまいが失踪したといわれる日だった。だが、記事を読む限り、明らかにこの観光客はしのまいとは別人と思われた。しかもこの記事は札幌市内の事件だった。
二つの失踪事件がたまたま同日に起きた。ただそれだけの事実が、それ以上の何を意味するのか。白河にもサブにもまったく理解が出来なかった。
「なぜ澪はこんな記事を送ってきたんだろう?」
サブが不満げにつぶやいた。
「とにかく彼女に会って直接話を聞く以外、選択肢はないようだね。」
白河は静かにつぶやくと、折りたたんだ携帯電話をポケットに押し込んだ。
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事実と虚実のはざまに、うっかりとした真実が練り込まれているとか。