調布廃屋-3
 廃屋生き仙人さんはそっと僕の耳元で囁いた   

「日本がリセットされるよ」と。

 僕へ対して執拗に警鐘を発し、来るべきその日に備えて、準備だけはしておけよと、具体的な商品名などもあげ、日本の行く先を憂う男が、今日もその日への準備に余念がない様子。

 数百坪はあろうかという、亜熱帯地方の原生林をそのままに封じ込めたかのような大邸宅を、東京の街の住宅街に持つその男が、これはもう選挙どころではないよと、リセットの意味について詳細に熱く語ってくれることになる。

 ちなみに、僕のお爺さんは農家だったこともあり、父が相続した家の土地は一般の家庭よりは結構な広さだとは思っていたが、廃屋生き仙人さんの邸宅はそれよりずっとでかそうだ。比較してみて、彼の敷地は500から600坪ぐらいあると思う。

 一部が洋風建築の廃屋然とした、大邸宅に纏わるルーツの秘密。そもそもリセットとは、何をしてリセットであるのか。通学途中の小中学生達との関わり。いたずらにこの邸宅を取り上げようとする、マスコミへの対処方法・・・・・・

 古き建物を次から次へと渡り歩いている経験上、朽ちる間際の儚い建造物の尊さについて、僕が熱弁を振るうと、呼応するかのように、この人なら全てを話せると信頼を勝ち得たようで、廃屋生き仙人ことIさんは、見ようでは奇っ怪でもあるご自身所有の緑に覆われた大邸宅の知られざるエピソードを、和やかに、オリンピック前のリセット問題については、時に険しく、でも全体的には、やっと話せたという開放感から、大抵は穏やかな口調で、それはもしかしたら、多難な人生の一部だけなのかもしれないが、とにかく、僕の問いにほんの少しも拒むことなく、ありのままを話してくれることになったのだ   



調布廃屋-8
 本宅が純然たる和風の造りであるのに対し、隣接するこの建物は、四角いニ階建て、縦開きガラス窓という近代的なデザインであるのは、どういうわけなのか。

「爺さんは元軍医。ここは昔、診療所だったんだ」

 なるほど。二階が病室で一階が診療室ということのようである。

 なんでも、生き仙人さんのお祖父様は、高名な軍医であったという。産経新聞を購読しているのは、軍医時代のしがらみがあるからだと。

 NHKスペシャルで昭和天皇の放送回を製作するにあたり、NHKのディレクターがお祖父様のお話を是非お聞きしたいと、わざわざこの邸宅までやって来たのだとか。

 NHKのディレクターをこの家にあげて話すのはさすがに自分でもどうかなと思ったIさんは、調布市役所の横にある、調布文化会館「たづくり」の会議室を借りて、そこで話しの場を持ったとのこと。

 生き仙人さんは誇らしくもある元軍医であるお祖父様の話しを、五時間もぶっ通しでNHKのディレクター相手に話し続けた。

 しかし、本放送では、それらの熱弁は全く反映されてなかったらしい。

「自分でもずいぶんと趣旨から離れていることを話し続けているという自覚はあったからね」

 NHKの放送には反映されなかったとはいえ、周囲がまだ畑ばかりの頃に、診療所を建てて、周辺では唯一のお医者様として尊敬を受けていたというのだから、高名な軍医であったということは、疑いようのない事実のようである。



調布廃屋-9
 僕がここを廃屋であると下した理由の一つに、この窓が開け放たれたままであるというところがあった。

 北海道の廃墟でも、窓が開いていれば、中で暖を取る人はいないだろうという仮定が成り立つので、その時は堂々と建物内へ入って行く。夏だろうが、大概の廃墟や廃屋の窓は開けれているものである。

 Iさんによると、これは意図的にわざわざ開けてあるのだという。それも、朝開けて、夜は閉めているのだと。

 廃屋探索人としては、どうもその理由がわからないので聞いてみると、

「廃墟と間違われないように、メリハリで朝夜と開け閉めしている」

 それはご近所の人にしたら効果があるのかもしれない。僕のようにたまたま通りかかった人だと、この姿なのだから、廃墟と見紛うのも無理は無いだろう。

 診療所の中を見せてもらえませんか?とたずねると、「駄目、駄目、危険だよ。もう崩れる一歩手前!」と強く断られる。



調布廃屋-21
 言われてみれば、なるほど、全ての窓が規則的に開けられてはいるが・・・

 ただ、この深緑ぶりと朽ち果て具合を前にすれば、まさか住人がいるとは到底思わないだろう。



調布廃屋-11
 背が高く、あまりにも生い茂っているので、野菜でも育てているのかと聞く。

「勝手に生えてきた雑草。倒木もそのまま。自分から極力手を加えることはしない」と、独特の哲学を披露。

 全てはあるがまま、成り行きということらしい。



調布廃屋-19
 愛車の自転車も立てかけるとかはせずに、庭にそのまま寝かせたまま。この広い土地だからこその、贅沢な停め方と言えるだろう。

 この自転車で調布から八王子まで行っても何でもないというのだから、小柄ながらかなり体力はあるようだ。

 自転車の購入の仕方がまた独特。

 一台二万円の自転車を、一気に二台同時に購入。合計四万円。

 片方だけを使い、使い古したらもう一台の方を使うというやり方で、画像にあるのは、二台目だという。枯れ葉に埋まっている車輪は、壊れた一台目からスペアパーツとして外した物だそうだ。



調布廃屋-22
 今にも崩れそうな物置。

 興味はあるが、今回は触れないでおいた。



調布廃屋-32
 僕が生き仙人さんの一言一句に、過剰とも思えるぐらいの反応を示すのに気を良くしたのか、やっと警戒心を解いてくれたのか、足取りも軽く、僕を敷地の外へ連れ出す。

「まず、外周を案内するから   

 そこでは、今までうかがい知ることのできなかった、廃屋生き仙人邸の、大まかな全景を側面より、垣間見ることができたのだった。



つづく…

「周遊する、廃屋生き仙人」廃屋生き仙人との友情.4

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