澪は、サブの気勢に怯えたしのまいの肩に手を置き、安心させるかのように優しく微笑みかけた。


皿-2
「保護地である昭島市長の嘱託により、新たに彼女の戸籍が編製されました。
 青木今日子・・・名である”今日子”はもちろん彼女の本名を使いました。もっとも、日記では“キョーコ”とカタカナで表記されていたため、漢字の綴りはわからなかったのですが。」


 [前回までのあらすじ]

打ち捨てられた廃校舎にて35年前のキョーコを襲った悲劇を語りはじめる澪。しかし、なぜ澪が・・?

[登場人物]

 キョーコ(菊田京子):道東の廃屋に40年前の日記を残した少女。

 しのまい:キョーコの姉。イノセントなこころの持ち主。

 白河:廃墟探検家。廃屋の日記を本人に返すべく現在のキョーコを追う。

 サブ:情報屋。キョーコを追うため白河と行動を共にする。

 澪:廃墟好きが高じて白河の押しかけ弟子となった女子大生。その正体は・・?


「彼女は過去を失いましたが、その空隙を埋めようとするかのように、新しい町で、新しい人生を、精一杯に生きました。
 思い詰めていたであろう失踪時はとにかく、元来彼女は前向きで明るい性格でしたから、彼女の周りには自然に多くの人が集まりました。彼女は誰からも愛されました。
 あるとき彼女は、周囲の人たちと違った特別な意味で自分を愛する青年の存在に気づきました。そして、いつしか今日子も、三田慎一郎という名のその青年に同じ気持ちを抱くようになりました。」

 『三田』という姓を聞いて白河ははっと目を見開いた。『三田』とは・・・。


暗闇スワン2-1
「・・その後の細かい経緯は省きましょう。青木今日子はめとられて三田今日子となり、二人の間には一人の娘が生まれました。その娘が・・」

 ここで澪が言葉を止めて白河の目を見た。

「・・・その娘が、三田澪、つまり君なんだね。」

 白河が続きを引き取った。澪は静かに頷いた。

 澪がキョーコの実の娘であった・・。サブは大きな溜息を吐くと、震える背中を背後の壁にもたせ掛けた。

「それは今日子・・母にとって幸せな日々でした。私が5歳の年、父、慎一郎が50代の若さで亡くなるまでは・・・」


煙突-1
 澪の濡れた目は、白河の頭上を抜けてどこか彼方を見つめていた。

「父親の死後、母は稼ぎに出るようになりました。私は幾分か寂しい日々を送りましたが、それでも母と一緒に暮らせるだけ幸せだと思っていました。母を助けるために食事の準備や洗濯など、できることは何でもやりました。
 それから15年、母と私は互いに労わりあい、寄り添うようにして生きてきました。
母が身体を削って入学金を捻出してくれた大学に通いながら、私は少しでも生活費の足しになるようにアルバイトを掛け持ちしました・・」

 肩で息を継ぐ澪に、白河が未開封のペットボトルの水を差し出した。澪は笑顔を搾り出しながら丁重に断った。

「・・そして今年の3月。ようやく貯まったお金で少し遅い母への誕生日プレゼントとして、4泊5日の札幌旅行を贈りました。母娘の二人旅。私にとっては初めてのプレゼント、母にとっては父の死後初めての旅行でした・・」

 澪の目が暗く沈み、次の言葉をためらうかのように唇を噛んだ。たっぷり十秒が過ぎてからその口がようやく開いた。


ふげん-2
「・・そしてあの3月30日・・」

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