調布廃屋-6
「土地は絶対売らない。これ以上、外者(そともの)が来るのを阻止したいから・・・」

 土着原理主義者であるのか、廃屋生き仙人さんはそう吐き捨て、組んでいた腕をキュッと硬く締め直す。
 
 以前は近所の人も皆、昔からの知り合いだったが、まず、バブル期に近隣で土地を売る人が相次ぐ。まぁ、それはこの辺りだけのことではなかっただろう。ここ十数年では、高齢化からやむを得ず、先祖代々の土地を手放し、老人ホームへ入所する人、はたまた、郊外の新築戸建てに息子夫婦と一緒に住むなど、そうして次から次へとかつての御近所さんが周囲から姿を消していったのだという。なるほど、近所にはわりかし新しい家ばかりである。すぐ隣はできたてホヤホヤの新築であり、「若夫婦がやって来たみたいだ」と、仙人さんは警戒心を露わにする。

『生き仙人さんは、この広大な土地を売り払って、そのお金を元に、自営業でも始めて、ゆくゆくは結婚でもというお考えはないのですか!?』と、喉元までこみ上がって来たが、今の今まで彼が独身を貫き通してきたであろうという考えは、僕の勝手な思い込みであり、過去に彼は結婚していて、子供だってもしかしたらいるのかもしれない。今日会ったばかりでそこまで踏み入った話には切り込みにくく、ご結婚や現時点での職業などは、あえて聞かないことにした。

「俺んところにだって、バブルの頃には銀行がさんざん来て、融資をするからアパートを建てろなんて、よく言ってきたもんよ」

 さまざまな甘い誘惑の声に、決して、首を縦に振ることのなかった、廃屋生き仙人。

「だって、嫌だろう、せっかく先祖が残してくれた土地に、外から見ず知らずの人間が移り住んで、好き勝手にされるのは。幼馴染の三軒先の警察署長までやったあいつも、何年か前に土地売って出て行ったけどよ、俺は最後までここにとどまるつもりなんだ。必ず、守ってみせる」

 僕には、彼が強がりを言っているようにも思えた。周囲の人間が要領よく高値で土地を売り抜けて郊外にプチ豪邸を建てて二世帯家族で幸せな生活を送っているに対し、ご先祖様の恵みを忠実に守りきっていることで、一般世間とかなり異なった生ける仙人のような生活を営まざるをえない、隠者のような現況。いや、それは後付けの理由かもしれない。こうなってしまった今さら取り返しのつかない自分の生き方をギリギリの線で肯定するために、ご先祖様からの恵みを死守しているのだというロジックを考えつき、悲しい目をしながら、僕に説明をしてくれたのか。いいや、先祖様を敬愛してやまず、土地を他からの流入者による穢れから守り抜くという、孤高の使命感を持っているのか。

 冷静になってみれば、住み続けながら例えば日雇いでもやっていれば、こうまではなっていないと思われるが、そこは人それぞれ、生き方があるというものだろう。

 僕が仙人の真意を計り兼ねて濁った疑念の目を無意識に彼に向けていると、それを感じ取ったのか、こう切り出した。

「外周でも見てみるかい?」

 廃屋生き仙人さんはまるで、ガイドのように、『こちらでござい~』とばかりに、ヒラリと誇らしげに腕と指先で僕を外周へと誘導するのだった。



調布廃屋-16
 圧巻の対比。

 放置主義ゆえ伐採はなく、遠慮もない伸びっぱなし空の隙間なし、原生林のたたずまい。

 ここは間違いなく、東京の市街地、誘(いざな)うは、廃屋生き仙人   



調布廃屋-15
 実は、今まで見ていた生き仙人邸の景色は、長方形で言えば、狭い縦の部分。つまり、建物は奥に横にずっと広がっている、いや、複数が繋がっている? とにかく、想像以上にでかいことは確かなようだった。

 ここで生き仙人さんがしゃがみ込み、数枚の落ち葉を拾い、ブロック塀の向こうの自分の敷地内へ投げ込む。

「毎朝、通りの掃除はみっちりとやってる。テレビでゴミ屋敷が社会問題になってるのは百も承知。変な難癖はつけられないように注意してるよ」

 廃屋生き仙人邸周囲の道路がやけに綺麗だとは当初から思っていた。この季節、これだけの森を形成するような木々を擁しながら、本来なら大量の落ち葉で道が埋め尽くされていてもおかしくないはず。新規の隣人を本来は良しとしないながらも、無用な軋轢を生むようなことはなるべく避けるよう、やることをきっちりとやる彼のひたむきな性格が垣間見えた。



調布廃屋-14
 ブロック塀の上に乗り出してカメラを構え、仙人邸の全貌を拝もうとするが、密集する木々に阻まれてうまくいかない。

 で、左に視線を移すと・・・



調布廃屋-13
 邸の横のず~っと左奥に目をやると、居間のような部屋が確認できた。縁側があって、六畳はありそうな部屋。敷地内は木陰状態で薄暗いから、昼なのに蛍光灯をつけっぱなしにしてある。

 一体どこで寝ているのやら、まさか庭にテントを張って?とでも思っていたが、表の門からは一番離れた場所の、瓦礫類から死角になっていて見えそうで見えない部屋に、どうやら生活実態があるらしい。

 手前の元診療室や東屋は朽ちで廃墟化してしまっているが、一番ずっと奥の六畳間だけが廃屋生き仙人さんにとって、IDKのような居住スペースとなっている模様。

 では、その生き仙人部屋へ行き来するには、どうするのか。自転車が横にして置いてあったあの瓦礫の山を乗り越えて庭に回り込み、樹海のような足元がおぼつかない中を進んで行って、毎度まいど、部屋へ到達する行程を辿るのであろうか。

 部屋への出入りの仕方を思い切って訊ねると、彼はその意外な方法を実技とともに、説明してくれたのだった   




つづく…

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