35年の時を経て再び記憶を失ったキョーコ。それは世にも悲しい運命の悪戯が引き起こした事件だった・・・。

[登場人物]
 キョーコ(菊田京子):道東の廃屋に40年前の日記を残した少女。

 しのまい:キョーコの姉。イノセントなこころの持ち主。

 白河:廃墟探検家。廃屋の日記を本人に返すべく現在のキョーコを追う。

 サブ:情報屋。キョーコを追うため白河と行動を共にする。

 三田澪:廃墟好きの女子大生。その正体はキョーコの一人娘だった・・。


でんわ3
「デパートの医務室に医師は常駐しておらず、看護婦が母を応急診断しました。明らかに母は記憶喪失の症状を表していました。
 動揺して泣き崩れた私を、店員さんが廊下のベンチに連れ出して慰めてくれました。看護婦は近隣の病院への連絡のために、母を独りベッドに残して隣室の電話を使っていたといいます。だから、ほんの五分ほどの時間だったことになります・・。
 その間に・・母は消えていたんです・・。」

 澪は唇を噛んで涙をこらえていた。

「・・警察へは翌日に通報しました。その晩、私は一睡もせず独りホテルで母を待ちました。何事も無かったかのように母が戻ってくるのではないかという甘い考えに逃避して・・。その時の私は、現実を直視する勇気を失っていたのです。
 警察の方に言わせるとその20時間の通報の遅れが捜査には致命的だったようです。母の捜索が緊急手配されましたが、その時には既に母の足取りは完全に失われていました。」

 館内に暫し重苦しい沈黙がたちこめた。室内に迷い込んだアブが窓ガラスに体当たりする小さな音がカンカンと響く。

「・・その後、私は二週間ほど札幌に滞在して警察に通いましたが、捜査は何一つ進展しませんでした。そして資金面や様々な事情から、一度東京に戻らざるを得なくなりました。でも埼玉の実家にも東京の私のアパートにも、母が戻った様子はありませんでした・・。」


窓3
 アブに興味を惹かれたしのまいが遠まわりに窓辺に歩み寄った。かつての学び舎の窓を通して見る荒れ果てた景色は、しのまいの心に一体何を訴えかけるのだろうか。

「・・その頃でした。友人から、母と同じキョーコという名の女性が書いた古い日記のブログについて聞いたのは。
 サイトを見て驚きました。日記の字は若いですが明らかに母の字でした。それにキョーコという名前。そして決め手は、母が幼いころの私を励ますために口癖のように言ってくれた言葉・・・『まけるナ!クジケルナ!』でした。
 その口癖だけは、母の記憶の底に刻まれていたのでしょう。」

 ここで澪はうつむいていた顔を上げて白河たちの顔を見据えた。

「そうです。あの日記を書いた菊田京子は、間違いなく私の母、三田今日子でした。」

 菊田京子が三田今日子・・つまり澪の母親だった・・・。先ほど澪に示唆されたばかりなのに、改めて事実として告げられるとやはり驚愕を感じずにはいられなかった。

「・・ブログで日記を読みすすめる中で、私はある記述に衝撃を受けました。日記のある記述、修学旅行の日のある記述が、あの日母が記憶を失った原因を明らかに示していたからです。」

「原因!?」

 白河が鋭く訊いた。


台所-2
「・・ええ、母が記憶を失ったのはただの偶然ではありません。原因があったんです・・・。」

 感情の高揚を抑えかねて澪は思わず言いよどんだ。
 



つづく

【第16話 再生】小説、少女が残した日記『交錯のMEMORY』

こんな記事も読まれています